枢木スザクには、現在の自分と同じ、そしてまた同時に違う自分の記憶があった。
その中では、今彼が騎士として仕えている第3皇女ユーフェミアが、エリア11にて“行政特区日本”を宣言し、その式典の日、突然、乱心したかのように日本人虐殺を命じて、仮面のテロリスト、黒の騎士団の指令であるゼロによって殺されていた。
しかし今現在、エリア11はそのもう一つの記憶の中にあるように、クロヴィス総督が暗殺された後、第2皇女コーネリアが総督に、その妹である第3皇女ユーフェミアが副総督として派遣されたが、その先が違っている。コーネリアの指揮の下、ゼロや、彼が指揮する黒の騎士団などというテロ組織が現れることはないままに、テロリストはほぼ一掃され、エリア11は大人しく、ほぼ平安になった。
コーネリアはそうなったエリア11を、妹のユーフェミアを総督として後を託したかったのだが、本国からその許可は出ず、コーネリア自身は新たにEUの戦場に向かい、ユーフェミアはエリア11滞在中に知り合った、名誉ブリタニア人であるスザクを自分の選任騎士として任命し、共に本国に帰還した。
今、スザクはユーフェミアが役職無しとなったために、選任騎士ではなく、彼女の私的な騎士として傍にある。
スザクは自分の中にあるもう一人の自分の記憶との齟齬に悩みながら、日々を過ごしていた。
一方、第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアはわけが分からずにいた。
いつしか自分の中にもう一人の自分がいて、その中では、死亡した第3皇子クロヴィスの実弟である第11皇子ルルーシュが、自分と同母の実の兄であり、母が殺された後、二人して日本に送られ、自分たちがいるにもかかわらずブリタニアは日本と開戦し、どうにかその中を生き延びて、ヴィ家の後見だったアッシュフォード家に庇護され、エリア11で一般人として生きていた。
しかし現実では、今現在もマリアンヌは健在であり、自分は母の一人娘で兄はいない。
自分の中の記憶の齟齬に、あれは夢だったのかとも思うが、それにしてはリアルすぎる記憶に、一人悩んでいた。
そんなスザクとナナリーが、ある日宮殿の一角で出会った。
「ナナリー?」
「スザクさん?」
お互いの記憶の中にある人物との出会いに、思わず互いの名を呼びあった。
「本当にナナリー?」
「ええ。スザクさんも本物、ですよね?」
「ああ。今はユフィの騎士としてここに来ているんだ」
「ユフィお異母姉さまの騎士? じゃあ、そこは同じなんですね」
二人は互いの持つもう一つの記憶を突き合わせていった。
「ルルーシュは?」
「ルルーシュお兄さまは、亡くなったクロヴィスお異母兄さまの実の弟なんです。第11皇子であることは違いはないんですけど」
「そうか。でもいるんだね」
「はい。それにしても、これは一体どういうことなんでしょうか?」
「ルルーシュに記憶は?」
「それは確かめていません。あまり会う機会もないので」
「そうか。……これはあくまで僕の推測だから、正しいかどうかは分からないけど、僕たちは逆行してるんじゃないかと思う」
「逆行?」
「そう、前の記憶を持ったまま、同じ人生をやり直している」
「それにしても状況が違いすぎます。記憶の中では、お母さまは私が7歳の時にテロリストに殺され、私はその時のショックが元で目が見えなくなり、撃たれたために足も動かなくなりました。でも、今はお母さまはご健在ですし、何よりルルーシュお兄さまが私の実のお兄さまではありません」
スザクは顎に手を当てて考え込んだ。考えるというのは正直スザクには苦手なのだが、考えなければならない。今起きているこれがどういう状況なのかを。
「SFとかでパラレルワールドっていうのがあるけど、それかもしれないね。だから厳密には、同じ人生を送っているけれども、今いるのはその時とは微妙にズレた世界なのかもしれない。実際、僕が持っている記憶と違ってユフィは生きているし、エリア11はテロが平定されて平穏になった」
「お兄さまには、記憶はあるのでしょうか?」
「ユフィにはないみたいだった。でも僕とナナリーに記憶があるなら、ルルーシュに記憶がないとは言い切れない。あるとも断言出来ないけど、確かめてみる価値はあるかもしれない」
「そうですね。私一人の時はどういうことなのかわけが分からずに悩んでいましたけど、こうしてスザクさんに出会えて、スザクさんにも同じ記憶があるなら、確かにルルーシュお兄さまにも記憶がある可能性はありますよね」
そうして二人はルルーシュに記憶があるかどうか確かめるためにどうするか、その計画を立てた。
ナナリーがユーフェミアとルルーシュをお茶会に招待して、その場で確かめてみることにしたのだ。ただ一つの不安は、そのお茶会にルルーシュが出席してくれるかどうかだが、特に断られる理由も見当たらず、大丈夫だろうと考えた。
そして数日後のお茶会の日、既にユーフェミアとその騎士であるスザクが待っているところに、ルルーシュが訪れた。
「ナナリー、招待ありがとう。でも珍しいね、君が私を呼ぶなんて」
「お兄さま、ようこそ。今日はユフィお異母姉さまとその騎士であるスザクさんも呼んでいるんですよ」
「こんにちは、ルルーシュ」
「こうして直接顔を合わせるのは久し振りだね、ユフィ。元気そうで何よりだ」
そう言ってユーフェミアには声を掛けたものの、スザクに対してはルルーシュは何の反応も示さなかった。
その日のお茶会で菓子として出されたのは、いちごのタルトだった。
「ルルーシュはいちごが好きだったよね」
出されたタルトを見て、スザクが何気なく言葉にした。それに対して、ルルーシュの眉が寄せられる。
「お兄さまを呼ぶならお兄さまのお好きなものがいいだろうと思って、いちごのタルトにしたんですよ」
「私がいちご好きだって、よく知っていたね、ナナリー」
「だって、昔からそうだったでしょう?」
「そんなふうに言われる程、君と付き合いがあった覚えはないのだけどね」
そう答えたルルーシュに、ユーフェミアがとりなすように間に入った。
「そんなふうに言うものではなくてよ、ルルーシュ。きっと何処かで聞いて、貴方の好きなものを用意してくれたのだろうから」
「……そうだね。でもユフィ、一つ忠告させてもらっていいかい?」
「何かしら?」
「さっき、君の騎士は私のことを呼び捨てにした。仮にも皇族である私をだ。これが異母兄上や異母姉上たち、ユフィ、君ならともかく、名誉如きに呼び捨てにされる謂れはない。そんな態度を他の皇族たちに見られでもしたら、君の評価にマイナスが付いてしまうよ」
「ルルーシュ、君には記憶はないのかい?」 言われたばかりにもかかわらず、スザクはルルーシュを呼び捨てにして尋ねた。
「記憶? 何のことを言っているのか分からないな。それより、呼び捨てにするなと言ったばかりなのに、おまえは人の話を聞く耳を持たないのか!」
「お兄さま、私とスザクさんには同じ記憶があって、その中ではお兄さまは私とお母さまを同じくする実の兄妹なんです。そしてスザクさんとは、送られた日本で知り合った幼馴染の親友で。だから、今日はお兄さまにもその記憶があるかどうか確かめたくて……」
「それでわざわざ私を呼んだというわけか。ナナリー、生憎と私は君と母を同じくしていた、などという記憶はないし、そこにいる名誉のことも知らない」
「お兄さま……」
ルルーシュの冷めた言い方に、ナナリーは悲しくなった。
ユーフェミアは信じられないまでも、前もってスザクから聞かされていただけに、ルルーシュ程の反応は示さなかった。
「ルルーシュには二人の言う記憶はないのね? 私もだけど」
「ユフィも聞かれたのかい? こんな馬鹿げた話を」
「ええ。でもスザクだけならまだしもナナリーもそうだって言うし、実際私がエリア11に副総督として派遣されて、スザクを騎士に任命したのは同じだったから、もしかしたら有り得る話かしら、と思ったの」
「有り得ないよ、こんな馬鹿馬鹿しい話は。こんなことのために私を呼んだのなら、私はもう失礼するよ」
「お兄さま、本当に覚えてらっしゃらないんですか?」
「覚えてるも何も、私は君の同母の兄ではないし、そこにいる名誉と会うのは今日が初めてだ。こんな馬鹿げた話に付き合う気はない。失礼させてもらう」
「ルルーシュ!」
「お兄さま!」
二人が何処か寂しげで悲しげな表情を見せるのを取り合わずに、ルルーシュは席を立った。
「じゃあルルーシュ、私を離宮まで送ってくださる?」
「ユフィ?」
「スザク、貴方はナナリーとつもる話もあるでしょう? 今日はゆっくりしてていいわ」
そう言ってユーフェミアも立ち上がり、ルルーシュに手を差し出した。
「喜んで、ユフィ」
ルルーシュは微笑みを浮かべてユーフェミアの手を取った。
テーブルの上には手つかずの紅茶とタルトがあり、後には、ルルーシュには記憶はなかったのだと、記憶があればと思ったのは、自分たちの勝手な思いよがりだったのだと、互いのすれ違いを思い知らされた、スザクとナナリーの二人が残されただけだった。
── The End
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