その日、宰相府ではTVメディアも入り、後見人である三人の皇族列席の元、宰相補佐を勤める第11皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアによる騎士叙任式が行われていた。
「ジェレミア・ゴットバルト、汝、ここに騎士の誓約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか」
床に片膝をついたジェレミアがその問い掛けに応じる。
「イエス、ユア・ハイネス」
「汝、我欲を捨て、大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか」
「イエス、ユア・ハイネス」
ジェレミアは腰に差した剣を抜き、ルルーシュに差し出した。
それを受け取ったルルーシュは、ジェレミアの右肩、そして左肩と、順に剣先を当てる。
「私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、汝ジェレミア・ゴットバルトを騎士として認める」
剣を返されたジェレミアは、それを鞘に納めると立ち上がり、ルルーシュの右手前に立った。
最初に拍手をしたのは、ルルーシュの後見人の一人であり、上司でもあるシュナイゼルだった。それに続いて、同じく後見人である第1皇子オデュッセウス、第1皇女ギネヴィア、そして彼らに従う者たちが拍手を送る。
これで正式にジェレミアはルルーシュの選任騎士となった。
シュナイゼルが、ジェレミア・ゴットバルトがルルーシュの騎士になりたがっていると、ルルーシュに話をしたのはほんの数日前のことだった。
それに頷いたルルーシュに、早速ことは進み、ルルーシュの許可が出たと知ったジェレミアは、シュナイゼルの手配もあって、エリア11から早々に本国に帰還した。ルルーシュがシュナイゼルの補佐を勤める宰相府にて面談し、最終確認を取った後、それでは、とシュナイゼルが万端を配して、早速に騎士叙任式となった次第である。
ジェレミアはルルーシュの母親であるマリアンヌ皇妃様をお守り出来なかった分も含めて、ルルーシュ様にお仕えいたしますと、感極まっていた。
スザクはユーフェミアと共に、TV中継されたルルーシュの騎士叙任式を見ていた。
自分がユーフェミアの騎士に任命された時と同じことをやっているはずなのに、どこか違うと感じていた。
自分の叙任式はエリア11政庁内の式典用大ホールだった。今回のルルーシュの叙任式は、宰相府内の一室であり、列席者の数でいえば自分の時よりも圧倒的に少ない。
なのに、負けている、と思った。
それは今のスザクの立場からの思いなのか、それとも列席者の数は少なくとも、上位皇族三人をはじめとする、その列席者の身分から感じる思いなのか、スザク自身にも分かっていない。
ただ、ルルーシュが認めたのは映像の中にいるジェレミアであり、自分ではないのだと、自分はルルーシュからいらないと捨てられた、見放されたのだと、自分からユーフェミアの騎士になると決めたことを忘れて、身勝手にもそう思っていた。
それからはことあるごとに、宰相であるシュナイゼルがニュースに出る時は、その横にルルーシュがおり、その傍らに選任騎士として誇らしく控えるジェレミアの姿を見る度、離宮に籠りきりになっているユーフェミアについて、離宮の外に出ることも殆どない自分との差を思い知らされるようで、スザクは心をもやもやとさせていた。
そんなある日、宮殿を凶事が襲った。
その日、時間になっても起きてこない皇帝の様子を訝しんだ侍従長が皇帝の寝室に入ると、皇帝がベッドの上で眠るようにして息を引き取っていたのだ。
侍従長は皇帝が前日まで元気でいただけに信じられず、奥医師を呼び、改めて死亡の確認を取った。しかし玉体にメスを入れるのは躊躇われ、結果、死因解明のための解剖は行われず、外傷などもないことから、死因は心不全ということにされた。
突然の皇帝逝去の知らせに、宮殿内は上を下への大騒ぎになり、その一方でやるべきことをやるべき人物は、正しく自分の為すべき仕事を行った。すなわち次の皇帝を決めるための皇室会議の開催である。
会議の議長を務める枢密院議長は、集まった上位皇族たちにお伺いを立てた。
「皇位継承順位からいけば、第1皇子であられるオデュッセウス殿下が次の第99代皇帝となられることとなりますが」
「いいや、私は皇帝の器ではない。私は第11皇子のルルーシュを推すよ」
オデュッセウスのその言葉に、会議室内が大きくざわめいた。
「シュナイゼル殿下は?」
巷では次期皇帝候補一番と言われているシュナイゼルに議長が尋ねる。
「私も異母兄上に同意だ」
「妾たちがルルーシュの後見になったのは、ルルーシュを次期皇帝とするためじゃ。次の皇帝はルルーシュで決まりじゃ」
シュナイゼルに加えギネヴィアまでもがルルーシュを推すという事態に、他の皇族たちは自分が、とも、他の皇族を推すことも出来なかった。
ギネヴィアの言葉が正しければ、上位の皇族三人は揃って、最初からルルーシュを次の皇帝とするために彼の後見人となり、選任騎士の叙任式に立ち会ったことになる。ほかの皇族たちもそうだが、そのそれぞれの皇族の後見である貴族たちもまた、そう簡単には納得はしないだろうが、第1皇子、第2皇子、第1皇女までが揃ってルルーシュを推しているのである。否やの発言は出ないだろう。いや、誰も出すことは出来ないだろう。
結果、会議は紛糾することもなく、何事もなかったかのようにあっさりと次期皇帝をルルーシュとすることで決まり、散会となった。
ルルーシュがそのことを知らされたのは、第11皇子という立場であるにもかかわらず、母である亡きマリアンヌが庶民出いうことから、あえて会議に出席することなく、宰相府で仕事をしている時だった。
「前に言ったとおり、君が次の皇帝だよ」
シュナイゼルからあっさりと告げられた事柄に、ルルーシュは開いた口が塞がらなかった。
確かに言われてはいた。言われてはいたが、本当に自分を皇帝にする気なのかと、ルルーシュは流石にすぐには信じられなかった。
だが程なく皇室会議の議長である枢密院議長と侍従長が連れ立って宰相府にやって来て、ルルーシュが次期皇帝に決まったことを告げられ、流石にルルーシュも事実なのだと認めざるを得なかった。
その日の夜には、TVニュースでも第98第皇帝シャルルの突然の死亡の報とともに、次の皇帝に第11皇子であり、現宰相補佐である第11皇子ルルーシュが決まったことが報道された。
陰湿な皇位継承争いも起きずにあっさりと次の皇帝が決まったのは、ブリタニアの歴史の中でも非常に珍しいことであった。他の皇族や貴族たちの中には思惑が外れてがっかりしている者や納得しかねている者も多数いたが、ルルーシュを推している者たちが者たちであるだけに、それは表面に出ることなく決まったのである。
それから一週間後には、三人の後見人たる皇族をはじめとした他の皇族、貴族、文武百官を前にして、ルルーシュの戴冠式が執り行われた。
「しかし、本当にあの薬はよく効いたね」
「ええ、無味無臭、苦しまれた様子もなく、眠ったままに」
「これであのおかしな計画も実行に移されることはなくなるでしょう」
「ですが、念のためにあの組織は始末したほうがよろしいのではなくて?」
「そうですね、手配しておきましょう」
「それに越したことはないね」
戴冠式が終わり、祝賀会の最中、大広間の片隅で三人の皇族が顔を合わせて、他の者には聞こえぬように話し合っている姿があった。
── The End
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