親 友




 俺には一人、親友と呼べる奴がいる。いや、もしかしたら悪友といった方があっているのかもしれない。
 そいつとは、まだ日本に送り出される前、ブリタニアにいた頃からの知り合いだ。周囲の目を盗んで、一人市外へと出て、そこで出会ったのが最初。その時、俺は自分の本当の立場を告げることはなかったが、いや、出来なかったが、その後も時々抜け出しては、そいつと出会い、共に遊んだ。それは今にして思えばとても短い間のことだったが、決して忘れたりはしない。



 やがて母が殺され、身体障害を負った妹のナナリーと二人、俺たちは親善のための留学という名目で日本に送られた。そこで受けた待遇は酷いものだった。両国間の状況を考えれば、多少は覚悟していたし、致し方ないのかもしれないと思っていた。その覚悟があったおかげか、そして預けられた先の子供とも親しくなり、ナナリーを守りながらなんとか乗り切れた。
 そして程なく、俺とナナリーという皇族がいるにもかかわらず、ブリタニアは日本に対して侵略戦争を仕掛けてきた。それも宣戦布告と同時に攻め入るという悪辣な方法で。けれどそんな中、俺とナナリーは辛うじて生き残り、以前、母の生前にヴィ家の後見だったアッシュフォード家の庇護を受けることが出来た。
 そこに、まさかという出会いが待っていた。
 かつてまだブリタニアにいた頃の、幼かった頃の友人がいたのだ。
 相手── リヴァル・カルデモンド── は俺のことを覚えていてくれた。ルルーシュという名前しか教えていなかったにもかかわらず、そして共に過ごした実際の時間は然程長いことだったわけではないにもかかわらず、「おまえみたいな奴のこと、そう簡単に忘れられるかよ」と言って、かつてのように親しく接してくれた。
 自分が実はブリタニアの名を持つ者なのだとはどうしても言えなかったが、それでも、リヴァルは俺にとって大切な親友だ。日本で預けられた先で親しくなった枢木スザクも親友といって差し支えない存在といえるかもしれないが、それでも、俺の中でリヴァルの存在は大きい。



 スザクとの再会は驚愕の連続だった。何も考えず、見ようともせずに突然攻撃をしてくるは、相手が俺と知るやいきなり態度を変えるは、命令に逆らって撃たれ、果ては俺が殺した第3皇子クロヴィスの殺害犯に仕立て上げられるは。それを俺が、C.C.という魔女と交わして得たギアスという絶対遵守の力を借りて、“ゼロ”という仮面のテロリストとして助け出したと思ったら、その俺の手を振り払い、ルールに則るのが正しいと、自分を冤罪で裁判に掛けようとしている軍に戻っていこうとする。そしてそれは俺がゼロとして、自分がクロヴィスを殺した者だということを告げたせいもあってか、加えてアリバイが証明されたこともあって、どうにか証拠不十分ということで釈放になったようだが、どうしたわけか皇族の知己を得て、アッシュフォード学園に、俺のクラスに編入してきた。
 名誉ブリタニア人となり、軍人となっていたスザク。俺がどれ程ブリタニアという国を憎んでいるか、それは誰よりも、そう、リヴァルよりもよく知っているはずなのに。それなのにブリタニアの軍人となり、後で知れたことだが、KMFのデヴァイザーとなっていた。その上、あろうことか第3皇女ユーフェミアの選任騎士になった。あいつは俺の、俺とナナリーのことを何も考えてはくれないのか。それが俺たちにとってどんなに危険なことに繋がるのか分かっていないのか。分かっていないのだろう。だから平気で皇女であるユーフェミアの手を取って、選任騎士となり、その立場となっても学園を去ることをしなかったのだ。
 時を経て、俺はギアスの暴走から一度は手を取ろうとしたユーフェミアを手に掛けた。それを知ったスザクは、誘拐されたナナリーを救おうと戦場を放棄した俺を追ってきて、俺を捕えた。主の仇として。騎士としてはそれも確かに正しいことだろう。だが奴は分かっているのだろうか。己が俺を仇という以前に、自分は主を守れなかった存在なのだということが。なのに奴は俺を仇と言い、存在まで否定した。俺の存在が間違っていたのだと。かつてのあの男のように。
 俺はあの男の前に引きずり出され、スザクの忌避するギアスによって記憶を書き換えられた。その時から、いや、それより以前、奴に否定された時から、俺の中から奴の、枢木スザクの存在はなくなった。消えたのだ。



 俺はC.C.の力によって、あの男に掛けられたギアスを破り、記憶を取り戻した。
 そんな俺がしたことは、合衆国日本の独立を宣言し、俺が戦線を離脱したことによってブリタニアに捕らわれの身となってしまったかつての仲間を救い出すことだ。その後どうするかはおいておくにしても、少なくとも、それは俺の責任としてしなければならないことと考えたから。
 そしてもう一つ、決心して実行したことがある。
 それはリヴァルに全てを打ち明けること。リヴァルにはあの男のギアスがかかったままだ。何処までリヴァルの記憶が改竄されているかは分からない。だが彼が俺の友人という位置にあることに変わりはなかったから、全てを打ち明けることにした。全てを知ったリヴァルがどうでるかまでは考えられず、半ば賭け的な要素もあるにはあったが。それでも、リヴァルを友人として信用したかったから、打ち明けることにした。
 そしてそれを実行に移した時、帰ってきた言葉は一つだけ。
「水臭え奴」
 リヴァルはそう言って苦笑して、俺の肩を叩いた。俺が何者で何をしようとしていても、そして自分に皇帝のギアスとやらが掛けられ記憶が改竄されていても、自分が俺の親友であることに変わりはないと。
 やがてゼロの復活を受けて、ナイト・オブ・ラウンズの一人、セブンがこのエリア11に、それどころかこのアッシュフォード学園にやってくるという情報が入った。
 調べてみれば、このナイト・オブ・セブンはもともとこのエリア11出身の名誉ブリタニア人であり、ゼロ捕縛の功によってラウンズとなったということ。ならば俺のことを知っていて当然か。そしてそれ故に俺が再びゼロとなったのかを確かめに来たのだろう。
 だが不思議なこともあるものだ。俺には奴のことに関する記憶は全くない。だが、奴は以前、ラウンズとなる前はたまにしか来れなかったが、このアッシュフォードの学生であり、俺の友人だったという。俺自身がそう言っていたと。奴がかつてこの学園にいたことは記録を見れば分かる。だが、俺の友人? 馬鹿らしい。俺の友人は、親友はリヴァルだけだ。他にはいない、欲しいとも思わないというのに。
 そんな奴が、ミレイ主催の歓迎式典の最中に俺を屋上に呼び出した。とても親しげに。俺は眉を顰めるしかない。とはいえ、心の中ではどう思っていようとも、ラウンズの言葉に逆らうような愚かな真似は出来ず、言われるままに屋上に行き、そして携帯電話を手渡された。
 その相手は、ナナリーだった。
 そうか、奴がかつてこの学園にいたということは、どういう事情からかは知らないが── 覚えていない、というほうが正しいのかもしれないが── 俺とナナリーのことを知っているということ。それどころか、あれだけ逃げ回っていたブリタニアの皇室にナナリーがいるということは、こいつがナナリーをブリタニアに連れ戻したということか! 俺の頭の中は怒り心頭に達し、目の前が真っ赤になった。
 それでも、なんとか冷静さを装いながらナナリーと受け答えをし、その場をやり過ごした。
 友人でもなんでもない存在が、己の立場をかさにきて友人面をして俺に近付いてくる。反吐が出る。そして俺はそれをリヴァルに愚痴ることになり、リヴァルには迷惑を掛けて申し訳ないと思うのだが、他に愚痴の吐き出しようがないのだから仕方ない。俺の親友として諦めてもらうしかない。そのかわり、俺がリヴァルのために出来ることはなんでもしたいと思う。とはいえ、今の俺の立場ではそのようなことは殆どないのだが。
 そんなある日、ナイト・オブ・セブンが俺に言い募ってきた。
「なんで僕を無視するんだ!?」と。
「無視? 心外ですね。貴方はブリタニアのナイト・オブ・ラウンズで、俺はブリタニアの臣民の一人。その立場で接しているだけですよ。それ以外に何があるというんです? 貴方はご自分が俺の友人だと仰るが、俺にはその記憶はありません。どなたかとお間違えなのでは?」
「友人の、記憶がない……?」
「ええ。俺の幼い頃からの親友はリヴァルただ一人だけです。申し訳ありませんが、貴方のことは知りません。ですから、あくまでラウンズのお一人と臣民としての対応しか出来ないんです。それの何処に問題がありますか? 正直、俺はありもしないことを言われて対応に困っているのですが。それとも、俺は聞いたことがありませんが、臣民は皆、ラウンズの友人なのでしょうか。あるいは、そういった態度を取らねばならないのでしょうか?」
「そ、そんな……」
 俺は蒼い顔をしているナイト・オブ・セブン── 枢木スザク── をその場に一人残して立ち去った。
 少しして、後ろから足音が聞こえてきた。この足音には聞き覚えがある。リヴァルだ。
「随分と冷たい態度だったな、ルルーシュ」
「だが本当のことだ。あれ以外に対応のしようがない。仕方ないだろう。友人でもなんでもない奴と友人として付き合うなんてさ。ましてや相手は俺の大嫌いな立場の奴だぜ。うんざりだ」
「ま、おまえの立場じゃそうだよな」
 仕方ない奴、と言いたげに、リヴァルは俺の肩を叩いてくる。
「それより、例の特区はどうするんだ? おまえのことだ、何か考えがあるんだろうとは思うけど」
 例の特区というのは、新総督となったナナリーが突然打ち出した、かつてユーフェミアがやろうとしていた“行政特区日本”の件だ。何の検証もしないで、ユーフェミアがやろうとしていたままに再現しようとしているナナリーを見ると、歯痒くて仕方なくなる。この一年、ブリタニアで何をしていたのか、何を学んでいたのかと。何もしていなかったのなら、ナナリーは戻るべきではなかったのだ。今の状態はおそらくはゼロである俺に対する切り札、抑えということなのだろうが、そういつまでもそれでは通じない。いつかは皇族としての力量が試される時がくるだろう。そうなった時、今のナナリーではやっていけないのは目に見えている。しかし、皇室に戻り、このエリア11の総督となることをナナリー自身が望んだことだというなら、その後に何が待ち構えていようと、俺が口を出すべきことではないと思う。何故なら、俺ではなく、あくまでナナリー自身の人生なのだから。
「まあ、それなりに考えてはいるさ。だがこのことは……」
「おっと失礼、そうでした。内緒、ってことで。それはそうと、今度の賭けの代打ちだけどさ」
 最初は小声で、その後はわざとらしく少しばかり声を大きくしてリヴァルは話し出した。リヴァルも知っているのだ、この学園内の状態がどうなっているのか。
 リヴァルの存在には本当に救われている。何もかも知っていて、けれど知らない振りをしてくれる。俺にとって、誰にも代えることの出来ないただ一人の貴重な親友だ。いつまでも、何処までも。

── The End




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