愚か者たち




 神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの筆頭騎士、ナイト・オブ・ゼロの称号を与えられたフランツ・シュレーダーは、静かに怒っていた。天空要塞ダモクレスにいる、元帝国宰相シュナイゼルはもちろん、彼に担ぎ上げられるまま自分こそが皇帝であると、ルルーシュの敵であると宣言してのけている、ルルーシュの実妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアを。そしてシュナイゼルに言いくるめられて、ゼロであったルルーシュを裏切り殺そうとし、今またシュナイゼルに従って自分たちブリタニア正規軍に刃向かってくる黒の騎士団。特に、最初からゼロであったルルーシュに守られ、与えられ続けてきたのに、シュナイゼルの諫言にいいように手玉に取られている日本人幹部たちに対して。
 フランツは己の騎乗するKMFのコクピットから、オープンチャンネルで叫んだ。しかもただのオープンチャンネルではない。これはミレイ・アッシュフォードの協力を得て、世界中にリアルタイムで流されている。
「愚かなり、ナナリー・ヴィ・ブリタニア、そして黒の騎士団!」
「その声、フランツ!?」
 フランツの叫びに反応したのは、黒の騎士団のエースパイロットであるカレンだった。
「カレンか。君には失望したよ」
「何を言ってるのよ、貴方はルルーシュに騙されてるのよ!」
「陛下が私を騙す? 異なことを言う。
 まずは元エリア11総督ナナリー・ヴィ・ブリタニアよ。おまえは母親を殺され、たった二人で人質として日本に送り込まれてから、必死におまえを慈しみ守ってきた兄の想いを裏切った。陛下はおまえの“優しい世界になりますように”との願いがきっかけでゼロとなり、ブリタニアに反逆の狼煙を上げたのに、何も気付かずにいた。すぐ傍にいたにもかかわらず。おまえは兄を愛していると言いながら、何も知ろうとしなかった、気付こうとしなかった、その兄の苦労を、思いを。ただ愛し守られ、必死な献身を受けているだけだった。与えられて、そう扱われて当然だとでもいうように。
 そしてエリア11の総督としても最低だ。就任演説で自分は何も出来ないと言いながら、何も考えずに、何の検証もせぬままに、ただユーフェミアの唱えた“行政特区日本”を再建しようなどという愚か極まる政策を宣言し、それを実行しようとした。当然の如く失敗に終わったがな。
 それだけならまだしも、第2次トウキョウ決戦でフレイヤが投下された後、総督という、エリアにおいて最も責任ある立場にありながら、己自身は死を偽装して身を隠し、戦後の混乱を治めることもなく、守らねばならぬエリアの民を見捨てた!
 その上、今またシュナイゼルに言いくるめられるままに皇帝の名乗りを上げ、実兄である陛下に背き敵対している。
 陛下がこれまでおまえに対して為してきたことを全てなかったことにして、必死におまえを守り続けてきた兄を信じず、異母兄(あに)の欺瞞に満ちた言葉を信じる。そしてそのシュナイゼルの言葉のままに、自国の帝都をフレイヤという悪魔の兵器で消滅させ、億にのぼらんとする犠牲者を出した! 歴史上最大の虐殺者だ! そんなことをしておきながら、さも自分が正しいと、己の為したことの意味も考えない。愚かもこれに極まる!
 次に黒の騎士団、特に扇要をはじめとする日本人幹部たちよ。貴様らはそれまで戦っていた敵の大将ともいえるシュナイゼルの持ってきた、中途半端な真実を混ぜた偽りの言葉に惑わされ、日本を返せと言って、自分たちの、自国だけの利益に執着し、他国を無視し、そしてそれまで自分たちを、先陣をきって率いてきたゼロを裏切り、殺そうとした。いや、殺した! だからゼロはいなくなった。陛下はゼロとしてあることは出来なくなり、だからこそ先帝シャルルを弑逆し、ブリタニアという大国の統治者として世界を変えていく道しか執ることが出来なくなった。
 そして超合集国連合とのアッシュフォード会談では、一国の君主に対して、本来何の権限もないのにもかかわらず、檻に閉じ込めるという行為をし、陛下を罵倒し非難の言葉を浴びせ、そして我がブリタニアに国を割れなどと平然と内政干渉を行い、さらにはゼロの親衛隊長を名乗っていた娘は、一度は先に自分が陛下がゼロであると知るや、見捨てた、つまり裏切った。そしてゼロとして復活した陛下が、その仮面を置こうとした時には自分が陛下を修羅の道に戻したことを忘れて、裏切り者と叫び、殺そうとした。そして今またシュナイゼルに利用されるままに、我がブリタニアの敵として目の前にある。大量破壊兵器フレイヤを持つ側に! つまりフレイヤの存在を容認して。何一つ真実を知ろうとせず、見極めようともせずに!」
「間違っているのはゼロであったお兄さまです! テロリストのゼロとなり、多くの人々の命を殺め……」
「それをおまえが言うか、ナナリー・ヴィ・ブリタニア! 己こそが史上最大の大量虐殺者、破壊者の身でありながら!」
「確かに私はペンドラゴンにフレイヤを投下することに同意しましたが、ペンドラゴンの住民は避難させていました! 虐殺者だなどと言うのはやめてください! それに貴方は私が死を偽装してエリアを見捨てたと言いますが……」
「ペンドラゴンの住民を避難させたと!? 誰一人として避難などしていない! 確認した上で言っているのか? 確認などしていまい、ただシュナイゼルが言うままにその言葉を信じただけで。フレイヤは無警告で投下され、住民もろともにペンドラゴンを消滅させたのだ! それに総督の身でありながら何もせずに身を隠したのだから、死を偽装したと判断されるのは当然のことだろうに。その程度のことも分からぬか、この愚かな小娘は!」
「こ、小娘、ですって!? 仮にも……」
「兄を裏切った、為政者として何の能力もないおまえなど、小娘で十分!」
 反論を試みるナナリーを、フランツは言葉でもって簡単に切って捨てる。
「フランツ、目を覚まして! あんたはルルーシュに騙されてるのよ! ルルーシュにギアスを掛けられて……」
「私が陛下に騙されている? たいがいにしていただきたいものだな。裏切り者の親衛隊長! 私は中等部の頃から陛下のお傍に騎士としてあった。ずっと見続け、お守りしてきた。シュナイゼルに騙され、いいように利用されているのは貴様たちの方だろうに。
 ましてやカレン、おまえは知っていたはずだ、ゼロの正体を! そして一体何度陛下を、ゼロを裏切った!? 先にも言ったことだが、一度目はブラック・リベリオンの際、神根島でゼロの正体を知るや、ゼロを見捨てて逃げ出し、第2次トウキョウ決戦の後では、黒の騎士団の者たちに殺されそうになっているゼロに「生きろ」と言われながら、それを忘れ、その言葉の意味を考えることもなく陛下を殺めようとした。一度はゼロの仮面を置こうとした陛下を、「夢を見せた責任を取れ」と再びゼロとして()たせておきながら!」
「だって、ルルーシュは何も言ってくれないから……!」
「言葉が無ければ信用出来ないか!? 確かに陛下は、ゼロは言葉は少なかっただろう。だが、ゼロは常に声ではなく行動で示してきたはずだ! それに何も語っていなかったわけではないだろう。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ、悪をなしても巨悪を討つと、そう告げておられた。少ない言葉の中で、それでもゼロが告げた信念を、想いを、貴様らは何一つ理解していなかったのだな! 本当に愚か者だよ、貴様らは! それ以外に表現のしようがない!」
 オープンチャンネルで遣り取りされるその会話に、アヴァロンの中にある超合集国連合の代表たちは、最高評議会議長である神楽耶に対して不信の目を向ける。
 アッシュフォード会談の不始末は、神楽耶のルルーシュに対する“悪逆皇帝”という呼び掛けから始まったと言ってもいいのだから。
 そして語られたルルーシュの騎士の言葉が真実ならば、皇帝ルルーシュこそがゼロであり、自分たちが信を置いた存在であり、そのゼロをシュナイゼルの言葉に乗せられ、日本返還だけを望んで殺そうとしたというなら、黒の騎士団はもはや超合衆国連合の外部機関とはいえない。少なくとも日本人たち── 幹部たちだけかもしれないが── は自分たちのことしか考えない、超合衆国連合の存在を無視し、蔑ろにした裏切り者の集団だ。そんなものをどうして信頼出来ようか。
 同じ頃、艦橋ではルルーシュが頭を抱え込んでいた。
 何故そこまでバラす、フランツ、と。
 そこへロイド・アスプルンドが艦橋に入ってくるのを認めて、ルルーシュは席から立ち上がった。蜃気楼に騎乗して出撃するために。何故ならロイドが今ここに入ってきたということは、アンチ・フレイヤ・エリミネーターが完成したことを意味しているからだ。



 ルルーシュはフランツと共に、ダモクレスから発射されたフレイヤを無効化し、その内部に入り込んだ。
 表はナイト・オブ・ワンの称号を与えたジェレミア・ゴットバルトやC.C.たちに任せ、フランツと共にダモクレスの中を進む。そうして罠を仕掛けてシュナイゼルにギアスを掛けて己に服従させ、フレイヤを封印させると、次にはフレイヤの発射装置を持っているというナナリーのいる最上階の空中庭園にフランツと共に向かった。
「……お、お兄さま……」
 どうやってかシャルルの掛けたギアスを独力で解いたのだろう、ナナリーは目を開いて、自分に向かってくる二人を震えながら待っていた。いや、ナナリーにはそれしか出来なかった。
「俺はもうおまえの兄ではない。俺に妹はいない。死んだ弟がいるだけだ」
 そうナナリーに告げた時、ルルーシュの脳裏には、自分を守って死んでいったロロの最期の姿が(よぎ)る。
 フランツはルルーシュに言われるまでもなく、ナナリーからフレイヤの発射装置を取り上げた。
「あ! か、返して、それを返して! それを貴方たちに渡すわけには……」
「あれは、フレイヤなどというものはあってはならぬものだ。あんなもので今の世界を優しい世界に変えることなど出来はしない。以前、おまえは「もっと優しい方法で世界を変えていける」と言っていたが、あれはその真逆の存在だ。そんなものに頼るおまえに、優しい世界を望む資格などない」
 フランツからフレイヤの発射装置を受け取ったルルーシュはそれを懐にしまうと、何の未練もないというようにナナリーに対して背を向けた。その後をナナリーの車椅子を押しながらフランツが追う。
「い、いや、いやあっ! お兄さまは卑怯です! 卑劣で……」
「黙っていろ、小娘風情が!」
 車椅子を押しながらフランツがナナリーの言葉を遮った。
 フランツから発せられる怒りの感情に、ナナリーはすくみ上り、それから先は何も言えなくなった。



 そうしてブリタニア皇帝の座を巡る継承戦争ともいえるフジ決戦は、ルルーシュ側、つまりブリタニア正規軍の勝利で終わり、世界の主権はルルーシュの元にある。世界の民は、ミレイの手により齎された事実── 皇帝ルルーシュ=ゼロ── に、世界を観る目を変えさせられた。今はルルーシュの執る政策によって齎されるだろう優しい世界を信じて、ルルーシュの行動を、神聖ブリタニア帝国の行き先を見守っている。
 ルルーシュの傍らには、常に彼の筆頭騎士── ナイト・オブ・ゼロ── たるフランツをはじめとして、彼を信頼し、心から彼に忠誠を尽くしてくれる者たちがいる。ルルーシュは時に彼らに守られ、支えられながら、世界の中心としてあり、かつて自分が命を奪う結果となってしまったユーフェミアと、今は獄にあるナナリーが望んだ優しい世界を創り出すべく、忙しく政務を執っている。
 やがて世界は少しずつ、彼女たちの望んだ姿になっていくだろう。しかしそれを望んだ当事者は決してそれを目にすることはない。
 それでもいつもフランツが、そして信頼と忠誠を寄せてくれる者たちがいるから、ルルーシュは己の信じた道を進んでいける。
 フランツが「愚か者たち」と蔑んだ者たちは、二度と世間にその姿を現すことは出来ない。彼らは最早過去の存在、それも汚点であり、世界の誰も望んでいないのだから。

── The End




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