無知からの虐殺




 その話はネットを通してあってという間に広まった。
 その話とは、“悪逆皇帝”ルルーシュがゼロに暗殺された後、ブリタニアの代表となったナナリーが告げた、ペンドラゴンへのフレイヤ投下にあたって、前もって避難勧告を出していたという話が真っ赤な大嘘だったという話だ。
 フレイヤによって死亡した犠牲者の遺族たちが()ち上げようとしていた遺族会は、公には認められなかった。故にそのことに対する不満もあって、ネット上に開いた“ペンドラゴン犠牲者の会”という名のサイトは、驚く程の勢いをもって閲覧者を、参加者を増やしていった。
 当初はフレイヤの投下によって家族を失った者たちの憎しみ、悔しさ、あるいは家や財産など全てを失ったといったものがメインだった。それが形を変えていくのにそう長い時間はかからなかった。
 最初の頃は、憎きブリタニアの帝都がフレイヤによって失われたことに対しての、中には海外からの、いい気味だと、自業自得だというような書き込みもあったが、ある国の、家族をおいて一人でブリタニアに外交官として赴任していた夫と、少し前まで何気ない話をしていたのに、それが突然切れた、時間を確認したら、それはペンドラゴンにフレイヤが投下された時間だった、というその外交官の妻の書き込みがきっかけっだったかもしれない。
 それによって、フレイヤが投下された当時、誰もそんな話は聞いておらず、もちろん避難勧告なども出ていなかったのではないか、という話題に移っていったのだ。
 その時、仕事の出張でペンドラゴンをたまたま離れていたが、そんな話は聞いたことがないとか、友人たちと旅行に出ていて、フレイヤ投下の少し前に家族と話をしたけど、誰も何も言っていなかったとか、そんな話が次々と出てきて、では、代表であるナナリーの言っていた、前もって避難勧告は出していたという話は真っ赤な偽りなのではないかということになっていったのだ。
 それらの話が、噂話としてペンドラゴンにかわる仮の首都にいる者たちの間で交わされるようになるのに、それ程の時間はかからず、そしてそれは、やがてナナリー自身の耳にも入るようになった。
 そんなことはない、シュナイゼルお異母兄(にい)さまは確かに避難勧告を出したと言っていらした。嘘に決まっている。
 そう思いながらも、ナナリーは、今はゼロの命令でナナリーの補佐として彼女の傍にいるシュナイゼルに尋ねた。
 現在のシュナイゼルは、誠心誠意、ナナリーの補佐に徹するようにとゼロから言われている。ということは、そこに嘘は介在しないということだ。もっともナナリーはそのことを、シュナイゼルが今は亡きルルーシュの“ゼロに従え”というギアスにかかっていることすらも知らなかったが。
「シュナイゼルお異母兄さま、嘘、ですよね?」
「嘘? 何がだい?」
「ペンドラゴンに避難勧告が出ていなかったなんて。ちゃんと、出していたんですよね?」
「今頃何を言っているんだい。そんなもの出していたはずがないだろう」
「え?」
「第一、もし仮に出していたとして、億に近い民が一体どうやってさして時間もないのにペンドラゴンから避難出来るなんて考えられるんだい? 無理に決まっているだろう」
 そんなこと、いちいち聞かなくても少し考えればすぐ分かるだろうに、一体何を言っているのかと、シュナイゼルは不思議そうな顔をしてナナリーに答えた。
「……う……そ……?」
 ナナリーはシュナイゼルの答えに眼を見開いた。
 では自分は、何も考えずにこの異母兄(あに)の言葉をそのまま信じてフレイヤ投下の許可を出し、それによってペンドラゴンの億に近い民を殺したというのか。
 弱肉強食を謳っていたとはいえ、ペンドラゴンにも、ごく普通のありふれた家族だけではなく、孤児院や老人ホーム、大小様々な施設や医療機関があった。その中にも大勢の人々がいただろう。それらの人々も一人残らずフレイヤで死んだというのか。つまり、自分の命令で死んだというのか。
 ナナリーは目の前が真っ暗になった。
 シュナイゼルの“いちいち聞かなくても── ”という言葉は、すなわち、ナナリーが何も考えていなかったこと、知らなかったこと、知ろうとしなかったこと、つまりは無知だったということを示している。自分はダモクレスの鍵を手にする前から、フレイヤ投下の許可を出した時から、人殺し、大量虐殺者だったのだと、ナナリーは今初めて改めて思い知らされた。



 ブリタニアではいつしか、毎日のように何処かしかでデモが行われるようになっていた。
「家族を返せ」「友達を返して」「俺の家を返せ」「俺がこれまで築いてきたものを返せ」「虐殺皇女を許すな!」「人殺しの代表なんかいらない!」「さっさと死ね、虐殺者共!」
 そのデモは代表公邸近くでも行われ、いつしかナナリーの耳にもそのまま入るようになっていった。それ程に様々なものを奪われた者たちの、ナナリーをはじめとする者たちへの反感、怒り、憎しみは強いのだ。
 公邸に勤めていた者たちも一人、また一人と辞めていき、逆にデモに参加する者まで出る始末だ。
 その有り様を諸外国は冷めた目で見つめている。今後のブリタニアがどうなるのか、どうするのかを。
 ナナリーは自分の知らなさ加減を、知ろうと努力しなかったことを、そして如何に自分が無知であったかをここにきて漸く思い知った。そしてデモ参加者たちの己らを罵る声を聴く度に精神の均衡を崩していく。
 やがて完全に精神を病んでしまったナナリーは、自然と代表を退()く形となり、仮にその座にシュナイゼルが就いたが、それで済むはずがなく、あくまで仮のものとしてであって、ブリタニアは清廉潔白な、真に代表に相応しい人物を選び出すべく国家の舵を切った。それによって新しい代表が決まれば、シュナイゼルはブリタニアを去り、己が仕えるべきゼロの元へと赴くことになるだろう。
 真に新しいブリタニアは誰を代表に選び、何処へ向かうのか、今はまだ誰も知らない。

── The End




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