神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアの天真爛漫さ、奔放さは、もともと本国でも有名であった。一部では皇女らしくないとの言葉も裏で交わされたりしていた。しかしコーネリアにとってユーフェミアのその天真爛漫さは、何よりも愛すべきものだった。
とはいえ、皇女としてそれだけなのは如何なものか。実をいえば、コーネリアが武官となったことから、母親であるアダレイド皇妃の方針で、ユーフェミアには文官としての教育がそれなりに施されている。コーネリアはユーフェミアの天真爛漫さ、自分に向けられる笑顔の明るさにそれと気付いてはいないが。アダレイドによる教育の効果も、ユーフェミアの持って生まれた天真爛漫さまでは変えられなかったため、それも大きく影響しているのかもしれない。
エリア11の総督であった第3皇子クロヴィスが暗殺された後、コーネリアがその後任として任命された。コーネリアはいずれ自分がエリア11を完全に平定した後、その後を継がせるべく、あえて他のエリアにはない副総督という地位を作ってユーフェミアをその地位につけて伴った。
エリア11に到着したユーフェミアは、正式なお披露目の前に、持ち前の性格でお付きの者たちをごまかし、街に飛び出した。いけないこと、お付きの者たちに迷惑を掛けることと分かってはいたが、好奇心には勝てなかったのだ。
そこでユーフェミアは一人の名誉ブリタニア人と出会った。その名誉ブリタニア人とは、その時のユーフェミアは知らなかったが、クロヴィスの暗殺犯として、一時は捕えられたこともある枢木スザクであった。
純血派たちの争いに巻き込まれたりしながらも、ユーフェミアはその名誉ブリタニア人── スザク── に街を案内してもらい、その中で色々と話を聞くことも出来た。
そこで知らされたのは、名誉ブリタニア人やナンバーズには教育の機会が与えられていないということだった。それを知ったユーフェミアが思ったのは、彼らにも教育の機会を与えるべきだということだった。せめてこのエリア11が日本と呼ばれていた頃の義務教育期間である中学レベルまでは行うべきではないのかと。そして出来るならその先も。そうすれば名誉ブリタニア人やナンバーズたちの知的水準が上がり、エリアの発展に対して、効率的な効果を生み出すのではないかと考えたのだ。
しかし日本がエリア11、すなわちブリタニアの11番目の植民地となってから、既に七年以上が経っている。その間、何の教育も受けてこずに成長した者たちに、いきなりその年齢に見合った教育を、というのは無理な話だと思う。教育水準についていけるはずがないだろうからだ。だからといって、いまさら小中学生レベルの教育を、というのはあまりにも彼らを見下しているようにも思える。
どうするのがよいのだろうかと、そんなことを考える日々の中、総督であり姉でもあるコーネリアが、副総督たる自分に与えるのは、あたりさわりのない、絵画コンクールの表彰式への出席とかであり、ユーフェミアがコーネリアに対して自分の意見や考えを述べる機会すら与えられない。それの一体何処が副総督なのだろうか。その中に、以前から持っていた姉に対する不信感が、一層頭をもたげてくるのをユーフェミアは自覚していた。
ある日、久し振りの姉妹二人での夕食の席で、ユーフェミアは遂に姉に対してそのことを口に出した。
「お姉さまは私の意見を聞こうとしてくださらないのですね」
「そんなことはないぞ。ただ、まだおまえは副総督という公職に就いたばかりで早いと思っているだけだ」
「本当にそれだけでしょうか」
「どういうことだ?」
コーネリアはユーフェミアの言いたいことが分からずに首を傾げる。
「以前から思っていことですけれど、お姉さまは私が他の皇族に蹴落とされても構わないとお考えだったのではありませんか?」
「何を言う! 大切な妹のおまえに対してそんなことを考えるはずがないだろう!?」
「ですが、あの皇室の中で生き抜いてくための手段をお教えくださったことは一度もありませんよね。決して暗いところを私に見せようとはなさらなかった。それに対する対処法も教えてはくださらなかった」
「それはおまえには皇室の闇など知らず、明るく幸せに生きていってほしいと考えたからで、今、おまえが口にしたようなことは考えたこともない」
「あの皇室で、本当にそんなふうに生き抜いていくことが出来るとお考えなのですか?」
ユーフェミアの追及はやまない。
「おまえのことは私が守る。守り抜くと決めている。それならば……」
「甘いですわ、お姉さま。ブリタニアの皇室でそんなことが通じようはずがありません。そしてそのことを教えてくださったのはお母さまでした」
「母上が!?」
「はい。お姉さまが武官の道をお選びになられたので、私には文官として、政治の世界で生きていくことが出来るようにとたくさんの教師をつけて色々と教えてくださいました。それに対してお姉さまはどうです? 私には何も教えてくださいませんでした。ただそこにあればいいと、それこそ愛玩動物のように。先程も申し上げましたけれど、まるで私が他の皇族の手に、罠にかかり、失脚しても構わないというように」
「おまえのことは私が守り抜くと言っただろう。だからおまえが皇室の暗部を知る必要はないと……」
「そんなふうにお考えなら、どうして私を副総督としてこのエリアにお連れになったのですか? しかも副総督らしい仕事など何も与えてくださらない。教えてもくださらない。お姉さまの仰られることは信じられません」
「ユフィ!!」
そこまで言われて、コーネリアは思わず椅子から勢いよく立ち上がった。その勢いに椅子が後ろに倒れてしまったくらいだ。
「お姉さまは武人としてこのエリアを平定なさっていってください。私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、文官として、この地の副総督として、行うべき政策を進めさせていただきますわ」
それは妹であるユーフェミアから、姉であるコーネリアに対する決別にも近い言葉だった。
ユーフェミアは目を見開いて自分を見つめるコーネリアを置いて、静かに立ち上がると部屋を出ていった。
── The End
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