偽りの英雄




「最近のゼロは一体どうしたんだ?」
「以前とはまるで違う。人が変わったようだ」
「身体能力が上がったようなのはよいが、肝心の部分がどうにもおかしい」
「以前はどんな問い掛けにも、余程のことが無い限り即座に回答してくれていたのに、最近はそれがない」
「ああ、それは言える。ある程度想定される質問にはよどみなく答えているが、そうでない質問には、以前は、即座に、とはいかぬものの、それなりに答えていたのに、今はそれがない。黙った後、その答えは後程、だ」
「それだけではない。ゼロの態度としてはおかしなところが多すぎる」
 それらは話の主役であるゼロ本人のいるところでは決して交わされることのない、しかし、評議会や黒の騎士団内部でよく交わされている会話だ。
 実際、死亡したとの報から復活し、悪逆皇帝ルルーシュを討って以降、ゼロの態度は以前とは明らかに異なって見える。
 元々、ゼロは日本で最初に姿を現した。ブリタニアからの日本解放を旗印に黒の騎士団というテロリスト組織を()ち上げ、ブリタニアに抵抗し、確実に戦果を上げながら次第に勢力を伸ばしていった。
 それが“行政特区日本”での日本人虐殺をきっかけとした、ブラック・リベリオンと呼ばれるイレブンの一斉蜂起ともいえる戦いの中、突然、謎の戦線離脱をし、結果、黒の騎士団はブリタニア軍の前に敗れて多くの者が死に、あるいは捕虜となった。そんな中、ブリタニア側からゼロの捕縛とその処刑が伝えられたのだ。
 しかしおよそ一年後、ゼロは復活した。そして日本── 当時のエリア11── の変わったばかりの総督が“行政特区日本”の再建を宣言し、その開設式典において、ゼロは正面切って何かをすることはなく、奸計をもって日本から去ることでその場を治め、ブリタニアと対することはなかった。しかし全体的に見れば、ゼロが常に対ブリタニアで動いていたのは紛れもない事実だ。
 それは中華連邦において大宦官たちによって決められた、天子本人の意思を無視したブリタニア第1皇子との婚姻から彼女を浚い、それを阻んだことからも明らかだ。そして後にそれをきっかけの一つとして、ブリタニアに対抗する世界的組織として超合集国連合まで創設している。
 そこまでのゼロの態度から察すれば、現在のゼロの態度は明らかに変わったとしか言えない。
 二度目のゼロ死亡の報は、第2次トウキョウ決戦の後、黒の騎士団のトウキョウ方面軍、つまり身内から出されたものだった。故に多くの者が悲嘆にくれたのだ。
 そのゼロが、二度目の復活、つまり三度目の登場をしたのはいつか。それは悪逆皇帝ルルーシュによる、フジ決戦での戦犯と呼ばれる敗者たちの処刑パレードの時だ。あの時のゼロの行動は正しいと誰もが思う。皆、“悪逆皇帝”たるルルーシュ皇帝は殺されてしかるべきと思っていたからだ。
 だが、ここで一つ視点を変えてみたらどうなるだろう。
 そう、ルルーシュの死によって誰が一番得をするのか、というふうに。
 それは命が助かった、ルルーシュによって処刑されようとしていた者たちだが、その中でも特に旧ブリタニア皇族だ。ルルーシュの実妹であり、彼に敵対宣言をしたナナリーはブリタニアの皇帝となり、彼女を押したシュナイゼルとコーネリアはナナリーの後見として復活している。他の皇族たちが、彼らの放ったフレイヤで帝都ペンドラゴンごと吹き飛び死亡、いや、消滅した中で。そう、一番の得をしたのは、継承権第87位と殆ど低位に近かった身でありなが、皇帝となったナナリーなのだ。
 しかしそのナナリーが皇帝となったのは、シュナイゼルがギアスを掛けられる以前に傀儡として擁立したのが始まりである。もちろん、当のナナリーはそんなことを知りはしないないし、知ろうともしないだろうが。ましてや皇帝としてのナナリーはどうなのかといえば、為政者として学ばねばならぬことも多くあるのに、それをしようとせず、また、為政そのものに関しても、今となってはゼロの支配下にある異母兄(あに)シュナイゼルの言うがままで、己がない。結局のところ、現在のブリタニアは今は亡きユーフェミアと、現在の皇帝たるナナリー、そしてゼロに弑された── 余人は知らないが── ルルーシュの望んだ“優しい世界に”との願いのもとに、そうなるようにとのゼロの命令を受けたシュナイゼルが動かしているわけで、ならばブリタニアの真の支配者は誰なのかと問えば、その答えは出てこない。ナナリーは傀儡であり、ナナリーを傀儡にしたシュナイゼルはゼロの支配下にあり、ゼロが望むのは他の者たちが望んだ、争いなどのない優しい世界であることだけだ。誰も本気でブリタニアの国家としての在り方を考えているとは言えない。つまりブリタニアには真の支配者は存在しないと言えるのではないだろうか。少なくとも、ナナリーの認識が真に為政者というに相応しいものに変わるまでは。
 そして現在のゼロ。彼はかつて対ブリタニアで動いていたとは思えない程に、ブリタニアに近い存在となっている。ブリタニア皇帝ナナリーとの親しさが、余計に彼に対する疑問を大きくする。
 皇帝となったナナリーと友誼を結び、秘密裏にしているようなので内容までは分からないが、頻繁にシュナイゼルと連絡を取っていることは知る者は知っている。そしてそもそもの始まりである黒の騎士団の、特に日本人幹部たちからは一歩身を引いている。これは一体どういうことなのか。
 そこに一つの噂が流れるようになった。
 ── 本当のゼロは、やはり第2次トウキョウ決戦の際に死亡したのだと。それもシュナイゼルたちに唆された黒の騎士団トウキョウ方面軍の日本人幹部たちの手によって。
 現在、トウキョウ租界に大きなクレーターを開け、ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンを消滅させて、トウキョウ以上の巨大なクレーターに変えた大量破壊兵器フレイヤは、あくまで表向きではあるが、ブリタニアに存在することになっている。
 そしてゼロはそのブリタニアに近しい立場をとっている。
 そこから考えられることは一つ。
 現在のゼロはシュナイゼルたちによって仕立てられた偽物であり、本物はやはり死亡していたということだ。
 そうであれば現在のゼロの状態にも周囲は納得出来る。シュナイゼルと頻繁に連絡を取っているのはその指示を得るため。つまり現在のゼロはシュナイゼルの傀儡なのだと。
 世界の英雄だったゼロはもういない。今のゼロは、造られた偽りの英雄なのだ。
 そう察した人々は嘆き悲しみ、何も知らない人々は、ゼロをこの世界を悪逆皇帝の支配から解放した英雄として賛美し続ける。
 何処に真実があるのか、その全てを知るのはゼロのみであるが、それすら他の誰も何も知らない。
 この世界はこれから何処へ向かおうとしているのか、知る者は誰もいない。そう、彼ら── ルルーシュと枢木スザク── が計画したゼロ・レクイエムによって死亡したルルーシュから、彼亡き後の世界を、優しい世界へと導いてくれとルルーシュ本人から頼まれている本人であるゼロ── 枢木スザク── 自身ですら。

── The End




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