アリエスの離宮がテロリストの襲撃を受け、皇帝シャルルルの第5皇妃であるマリアンヌが殺され、その娘である第6皇女ナナリーも負傷を負ってから10日程した頃だろうか。唯一難を逃れて無事だったマリアンヌの長子、第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが皇帝シャルルに謁見を申し出た。通常、謁見は謁見の間で行うものだが、今回は違った。他ならぬルルーシュの希望によって、大勢の皇族、貴族、文武百官を集め、“玉座の間”と呼ばれる大広間で行われた。
大勢の者が立ち並ぶ中央を、玉座にある皇帝シャルルに向かって、広間に入ってきたルルーシュが進む。皇族の中ではもっともシャルルに近いと言われているロイヤル・パープルの瞳は怒りに燃えたぎり、ひたすらシャルルを睨み付けていた。
当初は気付いていなかった者たちも、やがてその鬼気溢れるルルーシュの様に、一体これから何が起きるのかと、戦々恐々としだした。僅か10歳にも満たない子供にこれは愚かとも思えることだったが、それだけの気迫をルルーシュは全身から発していたのである。
皇族、ましてや皇帝の子女であろうと、皇帝の前では礼はとらねばならない。それが長年の慣習であり、当然のこととされてきた。
しかしルルーシュはそれをしなかった。ただ真っ直ぐにシャルルを睨み付けている。そのあまりの気迫に押されたかのように、シャルルは自分でも意識しないうちに玉座の背もたれに身を寄せていた。よくよく見れば、その額には脂汗とも冷や汗ともいえるようなものが滲んですらいる。
シャルルを睨み付けていたルルーシュが漸くその口を開いた。
「貴方は皇帝ですよね。つまりこの国の中で一番偉い存在ですよね。なのに自分の妻である皇妃一人、皇女である娘一人、守ることが出来ないんですか!? 今回の件で負傷を負ったナナリーは身体障害を負い、貴方いうところの弱者になりました。さぞやこの国で生きていくには辛いでしょう。現に貴方はそんな娘を無視して、一度として見舞おうとすらしていない。
貴方は弱肉強食を謳い、何の目的を持ってか世界各国を侵略し、さらに息子や娘、つまり兄弟姉妹たちに争いを奨励している。それが親のすることですか!? 政治を俗事と言い放つような皇帝が、本当に皇帝たるに相応しいとお思いなんですか!? 貴方はただ力を示したいだけ。そうなんじゃありませんか!?
臣民からの税金で生かされている皇帝が、もちろん、皇族である僕もそのうちの一人ですが、碌に政治を行わず、侵略行為だけを繰り返して国内をまともに顧みない。そんな人が本当に皇帝と、この国の君主と言えるんですか!? それで臣民の信頼を得ていると言えるんですか!?
今回の件で僕はほとほと呆れました。出来ればすぐにでも、と言いたいところですが、ナナリーのことがありますから、ナナリーが病院から退院してからということになりますが、僕たちはここから出ていきます。ブリタニアの名も捨てます。貴方のような人の子供だとは思われたくないし、思いたくもないし、貴方の血を引いていることすらおぞましいと感じます!
ですから貴方とこうして会うのもこれが最後です。お別れです、名ばかりで他国への侵略行為しかしていない、自分の力を誇示するだけの愚か極まりない皇帝陛下!!」
「ま、待て、ルルーシュ……」
シャルルが力ない声で呼び掛けるが、ルルーシュは言いたいことは言った、という感じでシャルルを無視して振り向いた。
そこで漸く、ルルーシュが言っていた内容を理解したその場にいた皇族、貴族、文武百官の者たちが顔を蒼くした。
皇帝たるシャルルに対してではない、ルルーシュに対して。
皇族の全て、ではないが、主に年長者たる者たち、またルルーシュと同年代の者たちの多くはルルーシュを可愛がっていたし、懐いていた。もちろん、母親であるマリアンヌが庶民出ということで侮蔑する者たちも多くいたが。
軍部の者たちはルルーシュの母であるマリアンヌに心酔している者が多かったし、科学者たちなども、KMFガニメデを操るマリアンヌに似たような感情を抱いていて、それはその子であるルルーシュやナナリーにも注がれていた。
また、文官たちは幼いながらも既にその才能の片鱗を見せているルルーシュの将来に期待していた。
そのルルーシュがここを出ていくという。それもブリタニアの名も捨てて、つまりは自分たちとは無関係になって生きていくという。幼い子供が、という言葉はルルーシュにはきかない。ルルーシュのことだ、やろうと思えばどんなことでもやり遂げるだろう。彼は幼いながらもそれだけの才能を持っている。
流石に臣下たちは動けずにいたが、ルルーシュを愛でていた年長の皇族たちはシャルルに歩み寄り、ルルーシュと同じ年頃の者たちはルルーシュを取り囲んで泣き落としにかかった。僕たち、私たちを置いていかないでと。
暫く玉座のある方から怒声や煩い音がしていたが、いつの間にか静かになったので、ふとルルーシュはそちらに視線を向けた。
玉座は空で、その下に蹲るようにしてシャルルが身を縮めていた。よくよく見れば、顔中が蒼痣だらけだし、服もかなり破れている。そしてそんなシャルルを取り囲んでいる年長の皇族たちは、自分たちに仕える騎士と共に、いい汗をかいた、とばかりに額を拭っている。
そんな中から、長兄のオデュッセウスがルルーシュの元に歩み寄ってきた。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。君は確かにまだまだ幼いといっていい年齢だが、才能があるのは皆認めている。私をはじめ、ギネヴィアやシュナイゼルたちが補佐をするから何の心配もない」
「え? あ、あの、異母兄上……?」
オデュッセウスの話していることの意図を測り兼ねて、ルルーシュは少し小首を傾げながら彼を見上げた。
「今日、たった今から、君がこの国、神聖ブリタニア帝国の第99代皇帝陛下だ」
そう言って、オデュッセウスはルルーシュを抱き上げ、玉座へと向かった。
自分は家出宣言しにきただけなのに、なんでこんなことになってるんだろう?
頭を悩ませながら、ルルーシュはオデュッセウスの手によって玉座に座らされ、それまでそこにいたはずのシャルルは高位の軍人たちに追い立てられるようにして広間を出ていくところだった。シャルルの騎士であるラウンズたちも、皇族たちのあまりの勢いに為す術はなかったらしく、それを見送っているだけだ。唯一の例外はワンであるヴァルトシュタインであるが、彼とて連れていかれるシャルルの後を追うことしか出来ない状態だ。
「さあ、最初のご命令を、皇帝陛下」
シュナイゼルがルルーシュの元に跪いてそう告げた。
── The End
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