布 石 番外編




 秀一がここ暫く考え込み、悩んでいる様子なのはルルーシュも気付いていた。そして咲世子に相談を持ちかけていることも。咲世子に、ということに少しばかり、どうなのだろう、と思いもするのだが。咲世子は確かにメイドとしては優秀であるのは間違いない。しかし彼女にはいささか天然といってよい部分があって、その点を考えると、正直なところ、多少とはいえ不安もあるのだ。しかし秀一の立場を考えれば、咲世子に相談するということは、そのような不安を覚えるようなことでもないようにも考えられる。
 そしてそれから数日したある土曜の朝、食卓で、秀一が切り出した。
「俺の実家ってさ、元々は蕎麦屋だったんだ」
「お蕎麦屋さん?」
「そ。で、今夜の夕食は俺が蕎麦を打つから」
「つまり、秀一の手打ち蕎麦ってことか?」
 にっと笑って秀一は頷いた。
「流石に子供の頃のことだから、蕎麦の打ち方もあまりよく覚えてなかったし、それに何より、食材や道具の問題もあったし、それで悩んで咲世子さんに相談してたんだけど、咲世子さんの伝手やら何やらで揃えられて、ここ数日練習して、なんとか咲世子さんからもOKが出たから、是非二人にも食べてもらいたいと思ってね」
「まあ、それは楽しみですね、お兄さま」
 ナナリーが笑みを浮かべながら、両手を合わせて嬉しそうにそれに応じた。
「そうだね、ナナリー」
 ルルーシュはナナリーにそう答えながら、さて、どんなものが出てくるやらと思い悩んだ。とはいえ、問題が蕎麦、つまり食事に関することで、咲世子からOKが出たというのなら、まあ、間違いはないのだろうとも思う。



 その日の夕方、秀一は咲世子はもちろん、ルルーシュもキッチンから追い出して一人で籠った。
 咲世子の伝手も借りて用意した材料と道具を前にして、さて、と腕をまくる。
 各種の粉を篩いに掛けて、それを混ぜていく。水を加えながら混ぜ続け、練り込んでいき、一つの玉を創り出す。
 それからその玉を押し潰し始め、今度は伸ばしていく。ある程度まで伸ばすと、打ち粉を振リ、麺棒を使ってさらに広げ、伸ばしていく。裏返ししたり、回転させるなどしてそれを繰り返し、面を広げていく。そうしてある程度まで薄く伸びた麺を折り重ねて細く切っていく。
 あとは茹でとつゆだ。
 蕎麦の場合、茹でる時間はそれ程掛けない。茹でる前につゆの用意だろうと秀一は思い、先に昆布を入れておいた鍋に向かった。煮干しを入れて強火で灰汁を取りながら温める。沸騰した段階で昆布を取り出し、続いて煮干しも取り出す。かつお節を入れてまた煮込み、灰汁を取り濾過する。
 そうして醤油やみりん、酒などを入れて味を調えていく。
 そうやってなんとか出来たつゆの味見をして、それから、さて、と先に打ち上げて切っておいた蕎麦を沸かした湯の中に入れ、茹でる。



 秀一の「咲世子さんも一緒に」との言葉に、ダイニングではルルーシュ、ナナリー、咲世子の三人が待っている。
 そこへキッチンから秀一が顔を出した。
「咲世子さん、運ぶの手伝ってもらえます?」
「はい」
 秀一は咲世子と二人、茹であがった蕎麦とつゆをルルーシュとナナリーの待つダイニングへと運ぶ。
 それぞれの席の前に、茹であがり、切り刻んだ海苔を掛けたざるに持った蕎麦と、つゆを入れたもの、そして蕎麦湯を運び込む。もちろん、箸、わさびや刻んだ長ネギ、薬味も忘れない。
「一応、二八蕎麦を目指してみました。なんとかうまくいったと思うんだけど」
 そう言って、秀一は頭を掻きながら、咲世子に続いて自分の席についた。
「二八蕎麦?」
「簡単に言うと、粉の割合。蕎麦粉が多い程、作ってる途中で短く切れやすくなってちょっと難しいんだ。でも、蕎麦粉100%の十割蕎麦は流石に無理だけど、二八はなんとかクリアしたいなーと思って頑張ってみました。ホントは蕎麦粉を引いて用意するところからやりたかったんだけど、流石にそれは無理だったんでね。咲世子さんに可能な限りいい粉を用意してもらった」
 ルルーシュはナナリーに箸を持たせ、それぞれの位置を教えて、食べやすいようにしてやる。
「わさびや薬味とかは好みで調整して。入れすぎると、ナナリーにはちょっときついかもしれないから気をつけて。それと、ブリタニア人のルルーシュやナナリーは、行儀が悪いとか思うかもしれないけどさ、ずずーっと音を立ててすするのが蕎麦の食べ方。ただ、慣れないとその、すする、っていうのが難しいかもしれないけど。ってことで、気に入ってもらえるといいんだけど」
「「「いただきます」」」
 ルルーシュ、ナナリー、咲世子はそう一言告げてから、秀一手作りの蕎麦に手を付け、口に運んだ。
「……どう?」
 不安そうに秀一が三人の顔を見回す。
「旨い」
「美味しいです」
「懐かしいですね」
 三者三様の声があがるが、いずれも秀一の蕎麦の出来を認めたもので、お世辞というものでもないように見受けられ、秀一は安心して自分の分に手をつけた。
「これからも時々作っていただけます?」
 笑みを浮かべながらのナナリーの言葉に、秀一は「望んでくれるならいつでも」と応じた。
 道具は今回無事に揃ったが、あとは材料の問題だ。そして叶うなら、いつかは蕎麦粉を引くところから始めたいものだと思う秀一だった。

── The End




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