続・執務室は保育園




 今、ルルーシュはエリア11のトウキョウ租界にある、懐かしきアッシュフォード学園の体育館にいた。
 学園の体育館は、現在、超合集国連合による臨時最高評議会の議場となっている。その中、ルルーシュはまるで被告席のようになっている議場内の中央の席につき、そしてそれを見下ろす最高評議会議長である皇神楽耶は、さしずめ裁判長、といったところだろうか。
「超合集国最高評議会議長、皇神楽耶殿。我が神聖ブリタニア帝国の超合集国連合への加盟を認めていただきたい」
 当初、ルルーシュは己が今までにしてきたことを振り返って考えた時、己が悪逆皇帝として全ての悪を、負の遺産を背負って死ぬことによって、その連鎖を断ち切り、後に、ナナリーやユーフェミアの望んだ優しい世界を遺すことを考えていた。
 しかし、今はその考えはない。
 現在のルルーシュには、皇帝として守らねばならぬ多くのものがある。ブリタニアという国家、その国家に属する臣民はもちろんのこと、もっと身近なところで、己の命を危険に曝してまで自分を守ってくれた、今は“真実の”と言い切れるが、以前は偽りの存在だった弟のロロ、そして母たる皇妃たちに見捨てられ、今は己が保護者となって面倒をみている、半分だけ血の繋がった、だが他の誰に対してよりも自分を信頼し懐いてくれている幼い異母弟妹(ていまい)たち。その子供たちのことを考えた時、己の死を考えるのはやめた。出来なくなった。己がいなくなったら誰がこの子供たちを守ってくれるというのだろうか。それを考えたら不可能になったのだ。故に、時間はかかっても話し合いの中で平和な世界を築いていく道を選んだ。そのために当初の予定を変更しての超合集国連合への加盟申請だった。
 神楽耶や黒の騎士団の日本人たちを中心とする幹部たちは、自分の、ゼロの正体を知っている。もちろんギアスのことも。それ故の以前の裏切り行為だったのだから。しかし、彼らがそれを他の議員に話しているとは考えられない。もしそれを告げていたとしたら、黒の騎士団が他国を無視して日本の返還だけのために、シュナイゼルにへつらい、ゼロを裏切り殺そうとしたこと、その正体まで告げねばならないのだから。そんなことが出来ようはずがない。それを告げたら、黒の騎士団が超合集国連合を裏切ったことを告げるのと同義になるのだから。
 しかしルルーシュの言葉に、天井からいきなり落ちてきたものがあり、それはルルーシュを閉じ込める檻だった。
 呆然となったルルーシュだったが、すぐさま、それがギアスを恐れてのその対策のためのものなのだろうと察することが出来た。
「貴方の狙いは何です? 悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
 モニターを通して神楽耶の声が届く。
 呆れがルルーシュの意識を支配した。神楽耶は、これが超合集国連合の最高評議会議長たる者のとる行動として正しいと思っているのだろうか。加盟を申請するためにたった一人でやってきた、一国の君主を檻に閉じ込め、悪逆皇帝と罵るなどということが認められると思っているのだろうか。神楽耶は自分のしていることが何を意味することになるか、きちんと理解しているのだろうかと。
「これは異なことを。今のブリタニアは貴方たちにとっても良い国では?」
 世間一般では、ルルーシュは登極以来の行為から、神楽耶が言葉にのせた悪逆皇帝などではなく、正義の皇帝と呼ばれているのだから。
「そう、今は、と限ればそうでしょうね。ですがそれは何処まで本物なのでしょう?」
 神楽耶はそう答え、続くように、黒の騎士団の幹部たちがモニター越しに発言をし始めた。
「超合集国連合の決議は多数決によって決まる」
「この投票権は各国の人口に比例している」
「ブリタニアが超合集国連合に加盟すれば、過半数の票を貴方が握ることになる」
「つまり、超合集国連合は事実上、貴方に乗っ取られてしまうことになるのではないか?」
「どうなんだ、ルルーシュ皇帝!?」
「違うというなら、この場でブリタニアという国を割るか、投票権を人口比率の20%まで下げていただきたいな」
 彼らは自分たちのしていることを、言っていることを理解しているのだろうかと、ルルーシュは本気で頭を抱えたくなった。
 黒の騎士団はあくまで超合集国連合の外部機関であり、政治的なこと、外交に関して口を挟む権利など何一つ有してはいないというのに、彼らがしているのは紛れもない他国への内政干渉だ。
 ルルーシュは一つ大きく溜息を吐き出してから、口を開いた。
「神楽耶殿、一つ……」
 言い掛けた時、ルルーシュの懐から携帯電話の呼び出し音が鳴り響き、ルルーシュはそれを取り出した。画面に映し出された番号にその理由を察して、神楽耶に告げようとしたことを取りやめ、他のことを口にした。その間も呼び出し音が鳴り響く。
「申し訳ないが、緊急の連絡のようです。出てもよろしいでしょうか?」
「……オープンでなら」
 煩く鳴り響く音に、神楽耶はそう許可を出した。
「ありがとうございます」
 形として礼の言葉を告げながら、ルルーシュは携帯電話のスイッチを押す。
『ぎゃああああぁぁあぁ』
 途端に赤ん坊と思われる泣き声が議場内に響き渡る。
 その泣き声に、一体何事、と神楽耶や他の議員たちが顔を見合わせ、モニターに映し出された黒の騎士団の幹部たちも同様の状態だった。
『陛下! 先刻からダグラス様が泣き続けて、何をしても一向に治まりません』
『エミリー様も同様です。ずっと愚図り続けてらしてどうしたらよろしいのやら』
 赤ん坊の泣き声をバックに泣きの入った女性の声が響く。
「ダグラスは時間的にミルクだ! 人肌にしたものを飲ませてやれ。だが飲ませすぎるなよ。それと、飲ませ終わったらゲップをさせるのも忘れるな。それとエミリーのはたぶんおしめだ。よく見て見ろ。ああ、あとアランもそろそろ食事の時間だろう。出立前にも告げたはずだが、冷蔵庫の中に離乳食を少し多めに作り置きしてあるからそれでしのいでおけ」
『は、はい』
『ですが陛下、年少のお子さまたちも、陛下がいらっしゃらないことに不安を覚えていらっしゃって、それがダグラス様たちにも影響を与えているようで、もうだいぶこんな状態が続いているんです』
「咲世子はどうした?」
『それが、咲世子様はアンジェラ様がひきつけを起こしてしまわれたので、医療部の方へ……』
「しかし、おまえたちとて資格をもった専門の乳母(ナニー)だろう、もう少しきっちりした対応は取れないのか!?」
『も、申し訳ございません!』
『ですが、陛下がこれ程の時間、執務室を離れていらっしゃるのは、陛下が玉座につかれてからは初めてのことで』
『それはつまり、それだけの時間、お子さまたちから離れていらっしゃるということにも繋がりまして、どうしても、お子さまたちにとっては、心理的に不安定な状態になってしまうようなのです』
『大変お恥ずかしい話ではございますが、私たちだけではどうにも手におえません。どうか一刻も早くお帰りくださいまし!』
『皇帝陛下としての執務で大変でいらっしゃるのはもちろん十分に存じあげてはいるのですが、どうかお願いいたします!』
 明らかに複数と分かる赤ん坊の泣き声をバックに、これまた幾人もの女性の哀願とも言える声が響き渡る。
 議員たちの、一体これの何処が悪逆皇帝なんだ、という冷たい視線が神楽耶に対して向けられる。
 その神楽耶は、想定外のルルーシュの遣り取りに狼狽えていた。
 これが扇たちの言っていた悪逆皇帝なのか、かつてのゼロなのかと。
「分かった」ルルーシュは溜息とともに声を発した。「なるべく早く帰還する。とにかく、それまではおまえたちになんとかしてもらうしかないんだから、咲世子と力を合わせて対応してくれ」
『『『はい!!』』』
 ルルーシュの声に勇気を与えられたかのような女性たちの返事が返される。
「神楽耶殿」
「は、はい」
「先程の加盟申請の件は取り消させていただきます。黒の騎士団の方々の反応から察するに、どうやら超合集国連合に我が国が加盟する意義はなさそうですし、そうであれば私としてはお聞きになられたのでお分かりとは思いますが、幼い弟妹たちのために一刻も早く帰国したいと思います。この檻を開けていただけますか」
 神楽耶は逡巡する。本当にそれでよいのだろうか。そうしたら今後どうなるのだろうかと、考えが纏まらない。
「議長、いい加減になさったら如何ですか?」
「え?」
 遂に議員の一人が痺れをきらしたように口を開いた。
「この方の一体何処が議長の仰るような悪逆皇帝なのでしょう?」
「早く解放してご帰国いただくべきではないのですか?」
 そう口にする者がいる一方で、ルルーシュに対して直接声を掛ける者もいる。
「ルルーシュ陛下。この度の行動は議長や黒の騎士団のあきらかな暴走。これが超合集国連合に加盟する国の全ての考えとは思わずにいただきたく思います」
「超合集国連合とは別に、日を改めて話し合いをさせていただきたく考えます」
 その言葉は超合集国連合から脱退すると告げるに等しい言葉であり、それは神楽耶に酷い動揺を与えた。
「み、皆さま、一体何を……!?」
「それを議長にお聞きしたいのは私たちの方です。議長や黒の騎士団の者たちの方こそ、一体何を考えているのかと」
「それは……」
 神楽耶にははっきりと答える言葉がない。彼女自身が状況を理解しきれていないも同然の状態なのだ。
 とうとう議員の何人かが神楽耶の元に詰め寄り、ルルーシュを閉じ込める檻を開けるスイッチを押した。檻となっている壁が上がり、中から疲れ切った様子のルルーシュが姿を現した。
「では、私はこれで失礼させていただきます」
「お、お待ちを!」
 立ち去ろうと歩き出したルルーシュに議員の一人が声を掛ける。
「後程、我が国の外交の担当者から連絡を入れさせていただき、改めて話し合いをと思うのですが」
「我が国も」
「私の国も同じく」
 そう次々と声が上がり、それに対してルルーシュは、お望みのままに、とだけ軽く応えてその場を去った。後に残ったのは一安心したかのような議員たちと、呆然とし、そしてまた釈然としない神楽耶と黒の騎士団幹部たちの面々だった。
 ルルーシュは早々にアッシュフォード学園を後にして帰国の途につき、異母弟妹たちの待つペンドラゴンの皇宮へと戻った。
 日をおかず、超合集国連合の解散が世界に対して宣告され、それとほぼ同時に、次々と各国から直接ブリタニアの外交を担当する国務省の部局に連絡が入ってくるようになった。
 ルルーシュは今日もそれらを含めた執務をこなしながら、子供たちの様子を見、共に過ごしている。故にブリタニア皇帝の執務室は、今日もまた保育園状態が続いている。

── The End




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