冷 笑




 神聖ブリタニア帝国の宮廷内には、二人の名誉ブリタニア人が存在する。共にかつては日本と呼ばれた、現在のエリア11の出身である。
 一人はかつてエリア11において副総督としてあった第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが選任騎士として任命し、役目を終えた時に共に連れて帰ってきた枢木スザクであるが、故あって、ユーフェミアからは騎士を解任され、現在は第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの騎士となっている。
 もう一人はユーフェミアの姉である第2皇女コーネリア・リ・ブリタニアの後にエリア11の総督として赴任し、僅か一年余りで矯正エリアとなっていたエリア11を衛星エリアにまで盛り立て、その功もあって、現在では枢機卿の地位にある第11皇子のルルーシュ・ラ・ブリタニア付きの侍女である篠崎咲世子である。
 共に同じエリア出身の名誉ブリタニア人でありながら、宮廷人の間では二人に対する評価は明かな程に雲泥の差がある。



 その日はユーフェミアの誕生日であり、彼女の愛する実姉であるコーネリアは国外の戦場に身を置いていて帰国出来ずにいたが、祝いのカードとプレゼントは届けられていた。それでもやはり己の誕生日に姉が不在というのは、これが初めてではないがやはり寂しいもので、それもあってか、ユーフェミアはその夜、自らの主催でパーティを開き、多くの異母兄弟姉妹、リ家の後見貴族たちなどを招待していた。その招待客の中には、最後まで招待するかどうか悩んだ異母妹(いもうと)のナナリー・ヴィ・ブリタニアもいた。招待状を出したからといって必ずしも出席があるとは限らないのだが、果たして、ナナリーは己の騎士であるスザクと共に招待に応じてリ家の離宮を訪れた。
「誕生日おめでとう、ユフィ」
 そう言ってユーフェミアの頬に軽く口づけを送り、花束と、綺麗にラッピングされた箱を渡したのはルルーシュである。ルルーシュのすぐ後ろには、彼の選任騎士たるジェレミア・ゴットバルト辺境伯が従っている。
「ありがとう、ルルーシュ」
 自ら花束と箱を受け取ったユーフェミアは喜色を浮かべ、気持ち頬を染めて礼を告げた。
 花束は薄いピンクをメインにした数種類の薔薇とカスミソウからなり、そして箱の方は、
「君お気に入りの、咲世子の手作りのケーキだよ」
「まあ、咲世子さんの? 嬉しいわ。だって、彼女の手作りのお菓子って本当にいくら食べても飽きないくらい美味しいんですもの」
 ラ家の離宮に、しかもルルーシュの客として出入りする者たちの間では、そこで提供されるお茶とその茶請けであるお菓子は、味が良いととても評判が高い。最初のうちこそ名誉ブリタニア人である咲世子の淹れたもの、作ったもの、ということでいい顔はされていなかったが、実際、目の前で躊躇いなくルルーシュが口に運ぶのを見せられれば、己がそれに手をつけないというわけにはいかず、そして口に運べば、口の中に残るのは美味しさだけだ。そして決して出しゃばることのない、己の身の程を弁え、そして献身的にルルーシュにつくす咲世子の態度に、彼らの中における咲世子の評価は高くなる。それだけではない。ジェレミアがどうしても不在となる時には、咲世子がルルーシュの護衛役までこなし、そして実際、身の程知らずにルルーシュを襲ってくる輩に対して、これを見事に撃退した実績もあり、それがいつしかたまたま目にしていた者から噂として広まり、咲世子に対する評価はさらに高まっていった。
 そうしてジェレミアが黙って控える中、歓談していたルルーシュとユーフェミアの間に割って入るようにして声を掛けてきた者がいた。
「お誕生日おめでとうございます、ユフィお異母姉(ねえ)さま」
 ナナリーだった。
「おめでとうございます、ユーフェミア皇女殿下」
 ナナリーに続いて、彼女が連れてきた騎士であるスザクまでがユーフェミアに声を掛ける。
 スザクは元をただせばユーフェミアの騎士だったわけであり、いわば知己である。それだけを考えれば声を掛けてきてもおかしくはないのかもしれない。しかし、ここは神聖ブリタニア帝国、その皇宮の中にある皇族の住まう離宮であり、相手は第3皇女である。現在は第6皇女ナナリーの騎士という立場であることを考えれば、ユーフェミアはスザクが簡単に声を掛けてよい相手ではないのだ。
「ありがとう、ナナリー」
 答えるユーフェミアの声は必然的に冷めたものとなり、それを脇に逸れて見ているルルーシュとその騎士たるジェレミアの、ナナリーとスザク、二人に対する視線もまた冷めたもの、いや、見下したものとなっている。
「気に入っていただけると嬉しいんですけど、スザクさんと二人で選んだんですよ」
 ユーフェミアたちの視線の冷たさ、厳しさに気付かぬまま、ナナリーはそう言いながら、小さな小箱をユーフェミアに差し出した。
「……そんな気を遣わなくても良かったのに」
 確かに招待状を出したとはいえ、寧ろ出席を見合わせてくれた方が嬉しかったのに、というのがユーフェミアの偽らざる本音であり、返す言葉はどうしても冷たくなる。
 ルルーシュからのものは直接受け取ったユーフェミアだったが、ナナリーが差しだしたものは、己の後ろに控える侍女に視線で命じて、自分はルルーシュからのものを持ったまま、その侍女に受け取らせた。
「まあ、ゆっくりしていってちょうだい。それよりルルーシュ、ちょっとお話ししたいこと、というか、教えていただきたいことがあるの。お時間、少しよろしい?」
 早々にナナリーたちから視線をずらして、脇に寄っていたルルーシュにそう声を掛ける。
「時間なら大丈夫だよ、今夜は君のために空けてきたからね」
「嬉しいわ、ルルーシュ。じゃあ、主役が席を外すのはどうかと思うけど、ちょっとだけ他の場所に」
 ユーフェミアの言葉に、ルルーシュは彼女をエスコートすべく手を差し出し、二人の後に黙ってジェレミアが従う。後には見捨てられたかのようにナナリーとスザクの二人が残された。
 そこまでの様子を黙って見ていた周囲の皇族や貴族たちは、二人がパーティー会場を去るとほぼ同時に、小さな声で囁き合いだした。
「主も主ならそれに仕える騎士も騎士、といったところなのでしょうね」
「本日の主役たるユーフェミア皇女殿下と枢機卿であられるルルーシュ殿下がお話をなさっているのに、何も考えずに平気で割って入ったり」
「かつては主従関係にあったとはいえ、解任された、しかもその直後に他の皇女の手を取った尻軽騎士が身の程も弁えずにユーフェミア皇女殿下にお声を掛けるなんて」
「しかもナナリー皇女殿下ったら、己の騎士に“さん”付けでしたわよ」
「本当に、同じ名誉ブリタニア人だというのに、ルルーシュ殿下のところの方とは大違いですこと」
「仰る通りですわね」
 そうしてナナリーとスザクに向けられるのは、冷笑、あるいは嘲笑。
 咲世子の評価が上がれば上がる程に、比較され、それに比例するかのようにスザクの、そして彼の主たるナナリーの評価は下がる一方の日々だ。
 ナナリーはもともと母親のマリアンヌが庶民出ということで、宮廷内においてはさして相手にされていなかった。第6皇女とはいえ、その母親の出自故に継承権も低い。そこにもってきて、第3皇女ユーフェミアが解任した騎士を即座に己の騎士として迎えるという、周囲からすれば何を考えているのか、いや、物事を知らぬ者と言われて評価を下げ、いてもいなくても同じように半ば無視されているような状態だ。そこに今夜の遣り取り。二人の評価はまた下がるだろう。
 それもこれも、ナナリーとスザクの二人だけが持つという“記憶”とやらが原因の一つではあるのだが、そのようなことを知らない者たちは、ただただ二人に対して、世間知らず、物知らずと、相手にするのすら馬鹿らしいとの思いを強めていく。
 けれど“記憶”に捕らわれている二人は、その意識が、自分たちの立場に関しての認識が変わらない限り、何故周囲が自分たちをそんなふうに貶めるのか分からないままに過ごすのだろう。

── The End




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