糾 弾




 予定通りにシュナイゼルにギアスを掛け終えたルルーシュは、シュナイゼルから教えられた、フレイヤのスイッチを持ったナナリーがいるというダモクレスの最上階部分にある空中庭園に向かった。
 そこに辿り着いたルルーシュは、一つ大きく深呼吸してからその庭園へと至る扉を開けた。
 とても戦闘のための天空要塞とは思えないその庭園の様に、心の中で呆れながら奥へと足を向ける。
 そこにはシュナイゼルが告げた通りに、車椅子に座ったままのナナリーが一人でいた。皇帝を名乗りながら、護衛の一人もいないままで。それをナナリーは不思議とは思っていないのだろうかと疑問に思う。それとも許可を受けた者以外は誰も入ってこれないところにいるのだから何の心配もないと、そう思い、何も考えていないのか、とルルーシュは考える。そしてそれはとても為政者たる者の在り方ではないと。
 ルルーシュはゆっくりとナナリーの前まで進んだ。
「お兄さまのお顔を八年ぶりに見ました。それが人殺しの顔なのですね」
「……」
「そして私も同じ顔をしているのでしょう」
 今、ナナリーは閉ざされ続けていた瞳を開き、ルルーシュと対面していた。
「同じ? いいや、違うよ」
 ナナリーの瞳が開いたことにほんの一瞬驚きはしたものの、ルルーシュは溜息を吐くようにそう返した。
「違う? 何が違うというのですか!?」
「少なくとも、俺は自分が為そうとしていることは何か、為したことは何か、常に自覚していたし、それによって起こる、起こった犠牲についても責任を感じていた。だが、おまえは違うだろう?」
「わ、分かっておりましたわ! 私は自分が何をしたのか、きちんと理解しておりました!」
「いいや、していないよ。おまえは俺とスザクに嘘をついていたと言ったが、そういうおまえ自身はどうなんだ? おまえだって嘘をついていただろう。自分が死んだと」
「私は嘘なんてついていません! 私は自分が死んだと思われていたなんて知りませんでした」
「第2次トウキョウ決戦で政庁を中心としてフレイヤが放たれて、トウキョウ租界に大きなクレータを生み出し、大勢の、そう、3,500万余もの被害者を出したにもかかわらず、総督は姿を見せない。声明も出されない。となれば総督は死んだのだと、ましてやフレイヤ被害の中心は政庁にあったのだから、考えるまでもなくそう判断されて当然のことだ」
「それはシュナイゼルお異母兄(にい)さまに、もう戦闘は終了したから休んでいなさいと、そう言われたからです。それに戦闘に関しては、全てシュナイゼルお異母兄さまにお任せしていました。私に責任はありません!」
 ナナリーの言い分に、ルルーシュはほとほと呆れたと言うしかない。
「たとえ戦闘に関する権限を宰相である異母兄上(あにうえ)に委譲していたとしても、それでもエリア11の総督が、ナナリー、おまえであることに変わりはない。つまり総督であるおまえがエリア11の統治者、最高責任者であることに変わりはない。なのにおまえは戦闘が終わった後、姿を晦ませた。それはつまり死を偽装したということだ。たとえおまえにその自覚がなかったとしても。あれだけの戦闘の後、ましてやフレイヤにより大量の被害、犠牲者が出ていた以上、総督であったおまえにはやらなければならないことは山積みだったはず。それを何も考えずに、ただ異母兄上に言われるままにしていたというなら、おまえには為政者としての、総督としての自覚も責任も、ましてや能力も何一つなかったということだ」
「私を侮辱なさるのですか、お兄さま!」
「俺は事実を言っているだけだ。
 そしてペンドラゴン。おまえはペンドラゴンにフレイヤを打ち込んだ。それが齎した結果を理解しているのか?」
「確かにシュナイゼルお異母兄さまに言われてペンドラゴンへのフレイヤ投下を許可いたしました。けれどそれがどうしたというのです? 確かに帝都は失われたでしょうけれど、皆避難出来ていたのですし……」
「避難だとっ!? ペンドラゴンにどれだけの住民がいたと思っている!? その人々が一体どうやって避難したというんだ!?」
「ペンドラゴンには前もって避難勧告を発していました。それに従って、皆、避難していました。犠牲者は出ていません!」
「勧告だと!? 一体いつ、誰が、どうやって避難勧告をし、住民が避難したというんだ!?」
「そうシュナイゼルお異母兄さまがそう仰っていました。シュナイゼルお異母兄さまはお兄さまと違って嘘は仰いません!」
「シュナイゼル、シュナイゼル、シュナイゼル! それしかないのか!! おまえはシュナイゼルから言われるまま、聞かされるままで、自分自身で考え確認するということをしたのかっ!?」
「今はこうして見えるようになりましたが、それは本当につい先刻のことです。目の見えない私に一体どうやって確認しろというのですか!?」
 ああ言えばこう言う、といった感じで、ナナリーには自分の起こしたことの重大さが何も分かっていないのだと、ルルーシュは理解した。
「今のブリタニアの皇帝はこの俺だ。たとえおまえたちが認めていないとしてもな。その俺に知られずに一体どうやって避難勧告を出したというんだ? そして仮に勧告を出したとして、一体どうやってペンドラゴンに住まう1億からの住民が無事に避難出来るというんだ? ましてや都市そのものが破壊されれば、避難以後の生活の保障もしてやらなければならない。宰相としての職務を放棄して行方を晦ませ、俺の権限でその職責、エル家の、後見貴族も含めて私財をも凍結されたシュナイゼルが、一体どうやってそれらを出来たというんだ? そんな方法があったのだとしたら、是非とも教えてほしいものだな」
「そ、それは……」
 痛いところをつかれたというように、ナナリーは口籠った。事実、ナナリーにはそんな方法は考え付かなかったし、シュナイゼルの言うことをそのまま信じていただけで、何も確認はしていなかった。シュナイゼルの能力は高く、ナナリーは彼を信頼していた。それはナナリーが母を同じくし、ずっと彼女の面倒を見続けてきたルルーシュよりも、異母兄(あに)のシュナイゼルの言葉を何よりも信じ、疑うということをしてこなかったことの何よりの証でしかない。
「おまえはトウキョウ租界での戦闘終了後に為すべきことも為さず、ペンドラゴンに、そこに住まう住民に対しても何も考えず、ただシュナイゼルに言われるままに、一国の、しかも自国の帝都に対して、その全てを消滅させ、大量虐殺を働いた。そしてこのフジ決戦でも、戦闘の状況を把握しようともせず、ただシュナイゼルに言われるままにフレイヤの発射スイッチを押し続け、犠牲者を出し続けていたということだ。そんなおまえの何処に為政者としての自覚や責任があるというんだ? エリアの総督すらまともに勤め上げることの出来なかったおまえの何処に皇帝たる資格があると言える? 俺に言わせてもらえば、おまえは皇帝という地位を、それに伴う責務も何も考えずに、小さな子供と同じように、ただ玩具のように欲しているに過ぎない。シュナイゼルに担ぎ上げられ、利用されるままにな」
 ルルーシュから放たれる言葉に、ナナリーは顔色を蒼くし、わなわなと躰を震わせている。
「そ、そこまで、そこまでお兄さまは、私を認めないと仰るのですね! 侮辱なさるのですね! お兄さまこそギアスなどという卑怯な力を使って民を利用し、お父さまを弑して皇帝位を簒奪したというのに! 私に嘘をつき続けてきたというのに!!」
「確かに俺はギアスを使ってきたし、父上を弑し皇帝位を簒奪したが、それは弱肉強食が国是のブリタニアであれば、誰に責められることでもないと思うのだが。それに簒奪の結果とはいえ、皇帝として責任をもって民のための治世を行ってきたつもりだ。政を俗事と言い放って宰相に丸投げし、怪しい計画にのめり込んでいたあの男とは違ってな。そしておまえやシュナイゼルは、地位や権力に固執して、それに伴う責務を果たそうとせず、民を蔑ろにし、本来守らなければならない民を大量虐殺した。それが事実だ。それ以外のなにものでもない。今は目が見えるようになったんだ。もう自分の目で確かめられるだろう? 人の責任にせず、言われたことを鵜呑みにせずにな」
「……ご自分のなさってきたことを棚上げにして、私だけを責めるのですか!? それに私に確かめろと仰いますが、その結果とて、どうせ貴方がその卑怯な力で捻じ曲げたものでしょうにっ!!」
「先に言ったはずだが? 俺は自分のしたことの責任は自覚していると。第一、フレイヤによる被害はそれを使用して投下した者の齎した結果のものであって、俺の力一つでどうにか出来るレベルのものではない。それに、おまえが何処まで知っているかは知らないが、ギアスというのはおまえたちが考えている程に万能でもなんでもない。なんでもギアスのせいにされるのはたまらないな。つくづく俺はおまえという存在を見誤り、過大評価し過ぎていたようだ」
 心底呆れたというように大きく溜息を吐いてから、ルルーシュは彼の後から入って来た兵士たちに、ナナリーを捕縛してアヴァロンに連行するように命じると、一足先に庭園を後にした。
「卑怯者! 悪魔! 貴方なんか信じるんじゃなかった! 貴方なんか兄でなければ良かったのに!」
 ルルーシュはナナリーの罵声を背に受けながら、自分の愛した妹はもういないのだと思った。自分が愛した妹は、トウキョウ租界でフレイヤによって死んだのだと、そう思うことにした。
 そして庭園を出てから、フレイヤのスイッチを取り上げるのを忘れていたなと思い出したが、既に制御装置を把握して自分の制御下に置いた今、それが無用の長物になっていることを考えれば別に構わないかと考え直し、そのままダモクレスの管制室に足を向けた。これから戦闘の終了と、その勝利者が誰であるのかを世界に向けて告げ、そしてダモクレスとその中に搭載されている残りのフレイヤを処理するための処置を施さなければ、本当に終わったとはいえないのだから。

── The End




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