シズオカゲットーの“行政特区日本”の式典会場。
スモークが晴れた時、そこにいたのはそれまでのイレブンではなく、ゼロたちだった。その在り様にスザクたちは息を呑む。
「ナイト・オブ・セブン、枢木スザク、君は多くのイレブンが、日本人が真に何を望んでいるのかを理解していない」
スクリーンに映るゼロが告げる。
「君は自分自身の考えのみを正当化し、他者の考えを聞き入れようとしない。
そして君の立場は、かつて私を捕えたことの褒賞として皇帝からラウンズの位を得る前から、常にブリタニアの側にあり、日本人の立場でものを考えてはいない」
「そんなことことはない! ナンバーズでも名誉になれば、軍や警察に入って成果を上げれば認めて貰える! 現に自分がそうだ! ただナンバーズであることで諦めるのではなく……」
「それが君の自分勝手な君だけの考え方だと言っているのだよ、私は。第一、名誉をただの態のいい労働力としか考えていないブリタニアで、ナンバーズから名誉になったからといって何がどう変わると? 確かにナンバーズのままでいるよりは少しはましだろう、だがそれだけだ。 そして君は自分に訪れた幸運が、名誉になりさえすれば皆に等しく与えられるものだとでも思っているのか? だとしたら君の考えはひたすら甘いとしか言いようがない」
「そんなことはない! 僕は努力して……」
「君がKMFのデヴァイサーになれたのは努力の結果ではなく、君の運動神経、身体能力の高さ、そしてたまたま高かった適性率からくる運の良さだ。今は亡きユーフェミア皇女の騎士となったのとて、彼女が君が他のブリタニア人から侮蔑されるのを気の毒に思ったからに過ぎない。これもまた、君の運だ。
実際、亡き皇女が君以外の名誉に対して、一体何をしたというのか? 君だけが例外だったのだよ」
「そんなことは……」
反論しようとするスザクを遮るようにゼロは続ける。
「そしてナナリー総督。貴方の望みは優しい世界だということを聞いたことがあるが、果たして貴方にそれが出来るのだろうか?」
「そ、それは……」
突然話を振られたナナリーは言葉に詰まった。
「就任会見で、何も出来ない、とそう自ら述べた貴方に、一体何が出来るというのか?
ましてや貴方はブリタニアの皇女であり、このエリアの総督。すなわちこのエリアに住まうイレブンたちを服従させる立場にある。そんな貴方が望む優しい世界とは一体何です? テロが起こらず、ブリタニア人だけが幸せであればそれでいいと? それが貴方の望む優しい世界ですか?」
「馬鹿を言うな、ゼロ! 総督が本当にそんなふうに考えていらっしゃれば、今回の行政特区など考え付かれるはずがない!」
ナナリーに変わってスザクが叫ぶ。
「ブリタニアから与えられた極一部の特区の一体何処が優しい世界なのです?
貴方たちは何も分かっていない。貴方たちの立場は常にブリタニアにあり、ブリタニアに虐げられているナンバーズが、そして世界の他の国々が、ブリタニアに対してどう考え受け止めているか、一度でも考えたことがあるのだろうか? 今のブリタニアが変わらなければ、いつまでも侵略とナンバーズ制度という差別主義を改めなければ、ナナリー総督の言う優しい世界など、決して訪れることはないということを貴方たちは理解しているのだろうか?
EU戦線で“白き死神”との異名を取った枢木スザク、EUの人々が君をどのように受け止めているか分かっているのか?
ブリタニアにあってブリタニアの立場に立つ考えである限り、君たちが口にすることはただの綺麗事に過ぎないということを、果たして理解しているのだろうか?」
「綺麗事だなんて、そんなこと! 私はブリタニア人にも日本人の皆さんにも等しく優しい世界をと……」
胸に手を当ててナナリーはゼロに対して言葉を告げる。
「それは上から見下ろしているだけに過ぎない。もちろん、ブリタニアの皇女であり、このエリアの総督である貴方から見れば、一般のブリタニア人も日本人も見下すべき存在であることに変わりはないだろう。そんな貴方の言う優しい世界を、一体どれだけの人間が信用すると思われるのか?」
「ゼロ! 君はそうやって詭弁を弄して総督を貶めるのか!」
「詭弁ではない。事実だ。世界はブリタニアという国家の存在の元、常に侵略の脅威の曝されている。既にエリアとなった地では、ナンバーズとして貶められ差別され、家畜のように扱われているのが事実だ。それから目を反らしている貴方たちに一体何が出来るというのか?」
「だから総督も僕もブリタニアを中から変えていくために努力している!」
「努力? 一体何の努力をしていると? 枢木スザク、君はEU戦線で前線に立って敵を倒し、ブリタニアの世界征服の手先となっている。ナナリー・ヴィ・ブリタニア第6皇女はこのエリア11の総督として、つまりは皇帝の代理として、かつては日本と呼ばれたこのエリアを治めようとしている。自分には何も出来ないと述べたその口で。それらの一体何処に、貴方たちの言うブリタニアを変えることの努力があるというのか?
貴方たちは結局、自分たちの立場からしか、考え方からしか、世界を、人々を見ていない。さも自分たちだけが正しいとでもいうように、何も理解しようとしていない。
もし本当にブリタニアを変えたいと思うなら、貴方たちはまずは自分たちの狭量を知るべきだ。努力していると言いながら、その実、ブリタニアのためだけにしか働いていないという事実を認めるべきだ。そして世界はブリタニア一国のためだけにあるのではないということを認めることだ。それが出来ない以上、貴方たちの言っていることは口先だけのことであり、何の役にも立ってはいないということになる」
「わ、私は、私は皆さんのためを思って……」
ナナリーは震える声でゼロに反論しようと試みたが、それはゼロによって遮られた。
「ナナリー総督。貴方には何も出来ない。そう言ったのは他ならぬ貴方自身だ。
だから私たちはこの地を離れる。ブリタニアの支配のおよばない、ブリタニアの侵略や差別に怯えないで済む地へと移り住む。
もし本当に、貴方たちが口にしたことをしようと思うなら、今のままでは貴方たちには何も出来ないということを最初に認識すべきだ。貴方たちは今のままではブリタニアという国家を構成する歯車の一つに過ぎないということを」
ゼロたちは氷上船に乗り込み、エリア11を後にした。かつてユーフェミアが提唱し、ナナリーが再建しようとした“行政特区日本”には誰一人として参加する者はいない。
ナナリーとスザクの二人の胸に、ゼロの言葉が突き刺さる。
自分たちは己の立場、考え方からしか世界を見ていないと、ブリタニアの歯車でしかないとの言葉が重く伸しかかる。
しかし、それではどうしたらいいのかと、ゼロは、人々は自分たちに何を求めているというのかということになると、何も考えが思い浮かばない。
スザクは己がラウンズのワンとなることで、エリア11となった日本を所領としてもらい受けることしか考えていない。それがイレブンと呼ばれるようになった日本人の望む、ブリタニアからの独立からは程遠いことだなどと考えもしていない。そしてゼロはそのスザクの考えを否定した。
しかし他に一体どんな方法があるというのだ。テロを起こせば無用な死者を出すだけで、そこに平和は訪れないというのに。
そこでスザクの思考は止まってしまう。ラウンズとはいえ所詮は一臣下に過ぎない自分に、ブリタニアを内から変えることなど出来ないという事実を認めようとしない。それがスザクの限界だった。人々が何を求めているのかを考えず、自分の理想だけを、思いだけを正しいものとしてゼロを否定するスザクには、その先がない。
そしてナナリーは、優しい世界を、と望む理想を口にしながら、己の身体障害を理由に、自分には何も出来ないと、ただ異母姉の唱えた行政特区を成功させればそこに優しい世界が出来ると信じ、そこに入れなかった人々がどうなるかといったことにまで考えがおよんでいない。自分が結局はブリタニアの皇女であり、エリアの総督であり、民衆の心理を把握出来ていないことに、一向に気付いていなかった。
そんな二人に、いわばゼロは見切りをつけたのだ。
ゼロであるルルーシュ個人としてみれば、実の妹であるナナリーとの争いを避けたいという思いもあった。だがそれと同時に、二人の考えの甘さ、世間知らずの様に、これ以上のエリア11での無用の争いを避けたのである。
この時、既にルルーシュの中には世界を巻き込んでのブリタニアとの対峙の構想が出来つつあった。
エリア11総督ナナリー、その補佐たる枢木スザク、この二人の考え方が変わらない限り、単にブリタニアという一国を離れ、真に世界の在り様を認識しない限り、いつか再び相争う日がくることになるだろう。それでもルルーシュは二人に考える余地を与えたつもりだった。
しかしゼロことルルーシュのそれが、二人に何処まで通じているかといえば、正直なところ、甚だ疑問である。確かに二人の胸に棘は刺したが、その先を二人が考えることが可能なのかといえば、頷くことの出来る者はいないだろう。
結局は何処までいっても、二人共、ブリタニアの、皇帝シャルルの駒でしかないのかもしれない。幸いなのは、当の二人自身がそれに気付いていないことなのだろうか。そしてそのままでは、世界は、ブリタニアは一向に変わらないということに、二人は何処までも気付かないままだ。もっとも、二人がそれに気付いたところで何が出来るのかという問題、逆に二人が処分されるだけなのではないかという懸念もあるのだが。
── The End
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