ユーフェミアは副総督としたあったエリア11の、トウキョウ租界にあるアッシュフォード学園の学園祭において、“行政特区日本”の宣言を行った。
しかしそれは誰に諮ることもなく、ユーフェミアの独断で行われたことであり、結果として、上司であり姉でもある総督のコーネリアによって、副総督の地位を剥奪され、本国への帰還となった。その際、ユーフェミアは己の騎士たる枢木スザクを伴ったが、ユーフェミアの母であり、リ家の主たる彼女の母アダレイドはスザクを認めることはなく、結果、スザクは一人傷心のままエリア11へと戻った。皇族の騎士ではなく、ただの一人の名誉ブリタニア人として。
そして母アダレイドの命により、リ家の離宮であるリブラ離宮に謹慎処分となったユーフェミアを待っていたのは、アダレイドが決めた縁談だった。
相手は縁戚筋の伯爵家の長男で、しかも彼には病で亡くなった前妻がおり、その前妻との間に出来た、まだ幼い子供もいる。つまり彼にとっては再婚だった。仮にもブリタニアの皇女たるユーフェミアには相応しい相手とは言えないといって差し支えないだろう。しかし、これまでのユーフェミアの行状を鑑みるに、他にめぼしい相手がいなかったのが事実なのだ。そしてそれでも、ユーフェミアの相手として選んだ相手は、年齢も離れてはいるが、少なくとも人柄的には問題ないだろうと思われる人物だった。立場的な釣りあいはともかくとして。
ユーフェミアはもちろん、この結婚話に乗り気ではない。一度も会ったことがない相手ではない。面識、程度はある相手だ。けれど結婚相手と考えられるような存在ではなかった。
しかしアダレイドにしてみれば、これでも選びに選んだ末の結果なのだ。
名誉ブリタニア人を騎士とし、勝手に国是に反した“行政特区日本”などを宣言し、エリア副総督の地位を剥奪された、いわばブリタニア宮廷内においては落伍者の烙印を押されたユーフェミアなのだから。
少なくとも、父であり、何よりも弱肉強食を唱える皇帝シャルルによって、政治利用で縁組を決められるよりは遥かにマシな相手だろう。ユーフェミア自身がどう思うかはともかくとして。
けれどユーフェミアは、アダレイドや周囲の思惑など考えようともしていない。
母をはじめとする周囲の者たちは、態よく自分を厄介払いしたいだけなのだとしか考えない。そして自分が嫁ぐ相手のことを熟慮してくれているなどとは、思いもしない。
皇女たる、エリアの副総督まで務めた自分が、ずっと格下の伯爵家に嫁ぐということが、如何に理不尽なことと思っているかなど、ましてや後妻だ、そんなこと、考えもしてくれないのだろうとしか思わない。この縁組を纏めるのに、どれだけ母アダレイドたちが骨を折ったかを考えることもない。
けれど母たちが勝手に決めた縁組を拒否するだけの力を、ユーフェミアは持たない。
今、ユーフェミアの心の中を占める人物は、一人、エリア11に戻った己の騎士であった枢木スザクだった。ユーフェミアはスザクに対して好意を持っていた。だからこそ、彼が自分のことを愛称で呼ぶことを望みもした。それがブリタニア皇室内において、如何に異質なことであるかを考えることもせずに。
そんな状態の中で、婚儀の仕度が整えられていく。本来、主役であるはずのユーフェミアの心を無視した形で。
しかしだからといって、それに抗うだけの努力を払おうとする部分も、正直ユーフェミアには見られなかった。単に抗うだけ無駄だと、母の言うなりになるしかないと全てを諦めてしまったためか。
そうして第3皇女の降嫁としては、あまりにも質素な結婚式が執り行われた。
出席したのは、リ家の縁戚関係、後見貴族の一部のみ。他の皇族、多くの異母兄弟姉妹など、誰一人として参列していない。姉のコーネリアすら、エリア11の総督として、エリアを離れることが出来ないという事情があったとはいえ、参列していない。
ユーフェミアはそんな状態に泣きたくなった。
おそらくは自分をはじめ、誰も望んでなどいないだろう今回の結婚。
しかしその事態を招いたのが、自分の浅慮すぎる行動にあることに、ユーフェミアは思い至っていない。
ユーフェミアがエリアの副総督として、ブリタニアの皇女として相応しい行いをしていたなら、名誉ブリタニア人をいきなりマスコミを前にして己の騎士に任命したり、同じように唐突に“行政特区日本”の設立を発表したりするなどという、立場からすればあまりにも愚かとしかいいようのない行動をとったりなどしなければ、今回のような事態は避けられ、ユーフェミアは現在もまだ姉コーネリアの下、エリア11の副総督としての立場を維持していることが出来ただろう。
けれどそれらに思い至ることの出来ないユーフェミアは、ただ母アダレイドの理不尽さに心の内で泣くことしか出来ない。この状態が未だシャルルによる政略結婚でないだけ、遥かにマシなのだということに気付きもしない。ユーフェミアはただただ己の不運を嘆くことしか出来ない。今回の事態が、母アダレイドや姉コーネリアが考え抜き、ユーフェミアのことを考えて選び抜いた相手の中で、それでも最上の選択であったということに思いもよらない。
ユーフェミアの、皇女のものとは思えぬ質素な結婚式からほぼ一ヵ月余りした頃、宮殿内で行われたパーティーに、ユーフェミアは皇女としてではなく、嫁ぎ先の次期伯爵夫人として、現当主たる伯爵や夫となった人物と共に出席した。
そんなユーフェミアを見る皇族や有力貴族たちの視線は冷めた厳しいものとなっており、彼女はいた堪れなさを感じていた。それでも、ユーフェミアは唇を噛みしめ、俯き加減にしながらも、途中で帰ることも出来ずに出席していた。
そんなユーフェミアに声が掛けられた。相手は母のアダレイドである。
「久しいの、ユーフェミア」
「……お母さま……」
「元気でやっておるかえ? 婿殿は優しくしてくれておるかえ?」
ユーフェミアの隣に立つ彼女の夫を流し見しながらそう声を掛ける。
「……は、はい……」
ユーフェミアはそう答えるのがやっとだった。
「ならばよい。全てはそなた自身の行動が招いた結果じゃ。婿殿に呆れられぬように、せいぜい頑張りや」
とても気に掛けている娘に対する言葉とはいえないその言葉に、ユーフェミアはただ「分かっています」と頷くことしか出来ない。現状のアダレイドが、他の者たちに侮られないようにあえてそう振る舞っているのだということにも気付くことが出来ない。
結局、ユーフェミアはコーネリアに甘やかされつくした結果として、物事を理性的に、客観的に見ることも判断することも出来ないまま、ただ己の理想のみを追求して突っ走った挙句、流されるままにあるだけだ。
ユーフェミアにとって何よりの不幸だったのは、ブリタニアの皇女として生れ落ちたことそのものなのかもしれない。
あくまでただの一般庶民の生まれであったなら、己の力量を超えたエリアの副総督などという地位に就くこともなく、現実を現実として受け止め、理想ばかりを追い、結果として望まぬ結婚を強いられるようなことはなかったであろうから。
そんなユーフェミアを見やりながら、アダレイドはそれ以上の声を掛けることなくその場を去った。
生き馬の目を抜く宮廷で、落伍者となった娘に、たとえ心の底ではどう思っていようとも、リ家を、親族を、そして後見の貴族たちを守るためには、傍から見て弱みとなるような振る舞いをするわけにはいかないのだから。
だがそれはユーフェミアからはとても実の母とは思えない冷たい態度としかとられず、ユーフェミアにアダレイドの、それでも娘を思っていることは、哀しいかな、一向に伝わることはない。
── The End
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