決 断




 皇帝執務室で、ルルーシュはそれは大きな溜息を零した。
 それはつい先程、ルルーシュ亡き後にゼロとなるスザクにつけた家庭教師からの報告によるものだ。家庭教師は、スザクに対してダメ出しをしてきたのだ。とても人の上に立てる、指導者となれる人物ではないと。
 仮にも、キョウト六家の一つであり、代々政治家の家系にあり、かつての日本の最後の首相であった枢木ゲンブの嫡子という立場にあったにもかかわらず、スザクには人を、国を治めるという能力、資質、度量が足りない。
 シュナイゼルに「ゼロに仕えよ」とギアスを掛けて、今後ゼロとなるスザクに対してのブレーンとして彼を残すことにしたのだが、肝心のスザクにゼロとなることに対する責任感が欠如しすぎている。
 スザクはルルーシュがつけてやった家庭教師から与えられる課題を、満足にこなすことが殆ど出来ていないというのだ。それだけならシュナイゼルがいるのだから、と思うことも可能だっただろう。だが自分が出来ないことを家庭教師に指摘されると、流石に毎回ではないらしいが、スザクは思わず切れてしまい、家庭教師に対して暴力を働くという。
 そんな思考で一体どうやってワンになって、エリア11を己の所領として貰い受ける、などという考えを抱いていたのか、不思議でならない。
 スザクには人々を導くだけの資質が圧倒的に欠如しているのだ。それでは何のためにスザクをゼロとするのか、その意味合いがなくなってしまう。
 それだけではない。
 フジ決戦の折り、ブリタニア軍に対してフレイヤのスイッチを押していたのは、他ならぬナナリーだったのだ。彼女にしてみれば、兄ルルーシュの罪を討つという必死の考えだったらしいが、何を勘違いしているのだ、としかルルーシュにはいいようがない。
 自分たちに対してフレイヤという兵器を躊躇いなく発射し続けていた者を、ブリタニア軍人たちは受け入れるだろうか。
 ましてや、それ以前にナナリーにはペンドラゴンへのフレイヤ投下認可という事実がある。実際にフレイヤ投下を行ったのはシュナイゼルだが、少なくとも、紛れもなくナナリーはその事実を容認していたのだ。たとえそれが、シュナイゼルからの「帝都の民は避難させた」という言葉を信じた上でのことであったとしても。
 第一、少しでも考える頭があれば、帝都の億に上らんとする住人を避難させることなど、不可能であると直ぐにも分かりそうなものだ。
 当初はペンドラゴンでの被害者についても、少なくとも数字上はルルーシュの横暴な専制によるものと、その数字を置き換えることを何度か考え実行しようとしたが、余りの数の多さに断念した。第一、ペンドラゴンがフレイヤ弾頭によって消滅したことは既に世界中に知られていることであり、たとえどんなに巧みに情報操作を行ったとしても限度がある。ペンドラゴンの件はその限度を遥かに超えているのだ。
 そしてもう一つの懸念。
 それは自分がいなくなった後のことだ。
 自分がゼロに殺されていなくなったら、きっとブリタニアは“悪逆皇帝”と呼ばれる自分と、最後まで戦ったナナリーを次の皇帝として仰ぐ道を選択するだろう。そもそもフジ決戦はブリタニアの第99代皇帝位を巡ってのものであり、そこで自分が倒れれば、必然的に次の皇帝位は、自分こそが皇帝であると僭称したナナリーのものとなるのは目に見えている。
 そしてそのナナリーに、為政者としての資質、覚悟があるかといえば、答えは否だ。
 それはナナリーがエリア11の総督としてあった時からいえることで、いまさら覆せる事実ではない。
 確かにエリア11の総督だった頃のナナリーは、まだ失明状態にあったことを考えれば多少はやむを得ないと考えることも出来なくはない。しかし第2次トウキョウ決戦においては、総責任を宰相のシュナイゼルに全て任せて自分は知らんふりを決め込み、さらにトウキョウ租界にフレイヤを投下された後の混乱の最中、ナナリーは自分が総督という、エリアの最高責任者であるという立場を顧みることなく、シュナイゼルにいいくるめられるままに姿を隠し、エリア11の状況に対して、そこに住まう人々に対して、何ら責任のある行動を取ろうとはしなかった。真に総督としての立場を心得ていたならば、決してそのようなことは出来なかったはずだ。混乱を治めようと自ら動くべきであった。にもかかわらず、ナナリーはシュナイゼルにいわれるままに姿を隠し、エリア11の総督という立場を投げ捨てた。民の混乱など知らぬ気に。そのような性質の人間を、ブリタニアという国家の代表として据えることは如何なものか。
 問題はブリタニアだけではない。
 合衆国日本に関しても同様の懸念がある。国家としての代表はあくまで神楽耶だが、神楽耶が直接施政に関わるかといえば、それはないだろう。必然的に、かつてのエリアとなる前の日本と同様、首相を選ぶだろうことは確実だ。そしてその首相に誰がなるかと考えた場合、いくら考えても、黒の騎士団の事務総長であった扇要の名前くらいしか上がってこないのだ。
 確かに扇には事務総長という肩書を与えたが、彼がそれに相応しいだけの実力を持っていたかといえば、これも否だ。
 元は学校の教師を目指していたという扇に、政治家としての資質はない。黒の騎士団においても、肩書はあったが、結局、全てを取り仕切っていたのはゼロであったルルーシュであり、扇が肩書に見合うだけの働きをしてきたかといえば、それだけの能力があったかといえば、否定せざるを得ない。仮に扇にそれだけの能力があったなら、ルルーシュは一々口出しや、裏での工作などしなかっただろう。扇に事務総長の肩書が与えられたのは、偏に、黒の騎士団の出発点が扇グループであったこと、古参のメンバーであったことからくるもので、決して実力によるものではない。
 しかしエリア11、合衆国日本の民衆はそのような事実は知らない。黒の騎士団事務総長という肩書だけに釣られて、彼を首相にと推す声が大きいだろうことは容易に想像がつく。
 合衆国中華においては、代表の天子はいまだお飾りに過ぎず、代わりに国政を動かすことが出来る人物がいるかと問われれば、これも否。
 星刻は武官、それも黒の騎士団の総司令という立場であり、己の出身国であるとはいえ、立場上、中華の国政に口を挟める状態ではない。そしてそれ以前に、彼は病魔に冒されており、長いことはないと言われている。そして彼にかわって天子を補佐出来うる能力のある者の存在はこれといって見当たらない。
 そうなれば、全てはゼロのブレーンとして残すシュナイゼルにかかってくるわけだが、肝心のゼロとなるスザクの在り様を聞くにつけ、スザクにシュナイゼルを使いこなせるかという点に甚だ疑問を持たざるを得なくなる。スザクがシュナイゼルを使いこなせなければ、世界は混乱に満ちるだろうことが簡単に想像出来る。
 そんなことを考え、どうしたものかと悩んでいるところへ、ノックの音がした。
「誰だ?」
「僕です、ロイドですー」
 誰何の問いに帰ってきた声に、ルルーシュはロイドの入室を許可した。
「どうしたロイド、何かあったか?」
 ルルーシュに近寄って来るロイドの顔色が冴えないのに気が付いて、ルルーシュは自ら問い掛けた。
「あー、実はですねー」
 言いづらそうにロイドは溜息を吐いた。
「実はあの腹黒殿下、陛下のギアスを解いちゃいました」
「何っ!?」
 ロイドの言葉に、ルルーシュは掛けていた椅子から思わず立ち上がった。
「一体どういうことだ!?」
「C.C.がですね、シュナイゼル殿下に、これからおまえが仕えるゼロは陛下ではなくスザク君だって話しちゃったんですよ。そうしたら、ゼロはあくまで陛下であって、スザク君ではない、スザク君のゼロは自分が仕えるべきゼロではないって、解いちゃったんですねぇ」
「なんだ、それは……?」
「それだけ、殿下の中ではゼロ=陛下、という意識が高かったんだと思うんですよ。つまり、殿下にとってゼロに仕えよということは、陛下に仕えよということでしかなかったんだと」
 ロイドの言葉に、ルルーシュは力なく椅子に腰を落とした。
 ルルーシュにとっては頭を抱えるしかない。
 スザクにつけた家庭教師からの報告を受けたばかりのところにもってきて、そのスザクのブレーンとなるべくギアスを掛けたシュナイゼルがその役目を果たせないとしたら、一体どうやって自分亡き後の世界を、ゼロとなるスザクが纏めていくことが出来るというのか。
「陛下、一つご提案なんですけど……」
 ルルーシュの様子を伺いながら、それとなくロイドは口にした。
「何だ、言ってみろ」
 半ば投げ遣りのようにルルーシュは続きを促した。
「ゼロ・レクイエム、いっそのこと、止めません? スザク君の現状も耳にしています。とても事後を託せるような状態ではないでしょう。それにペンドラゴンを消滅させたナナリー様を次の代表に担ぎ上げるのは、いささか無理があり過ぎです」
 自分も考えていたことを改めてロイドに指摘されて、ルルーシュは項垂れた。
「……おまえもそれしかないと思うのか?」
 おまえも、とのルルーシュの言い方に、彼自身もゼロ・レクイエムの実行に不安を抱えていたことを知ったロイドは内心で喜んだが、流石にそれを表情に出すのはやめておいた。
「はい。このまま陛下が統治されるのが一番よろしいかと」
「……少し、考えさせてくれ」
「分かりました。でももうあまり時間もないことですから、早めのご決断をお願いしますねー」
「分かった」
 ルルーシュのその一言を最後に、ロイドは執務室を後にした。



 翌日、ルルーシュはゼロ・レクイエムのことを知る者たちを皇帝執務室に集めた。もちろんその中にはスザクもいる。
 全員の顔を見回しながら、ルルーシュは一度大きく息を吐き出した後、ゆっくりと告げた。
「ゼロ・レクイエムは中止する。いや、中止せざるを得ないという結論に達した」
「ルルーシュ! 話が違うじゃないか!?」
 他の者たちが、やはり、と頷く中で、スザクだけが抗議の声を上げた。
「そうなった原因の一つはおまえだぞ、スザク! おまえが、俺がつけてやった家庭教師に何をしたか分かっているのか!? それだけじゃない、シュナイゼルは俺が掛けた「ゼロに仕えよ」のギアスを解いたそうだ。ゼロとなるおまえのブレーンたる者は誰もいなくなる。そして何より肝心のおまえに世界を纏め上げるだけの資質、実力がない以上、ゼロ・レクイエムを決行した場合、残るのは世界の混乱だけだ」
「……っ!」
 ルルーシュの言葉に、スザクは言い返す言葉が見つからなかった。



 皇帝執務室を出た後、スザク以外のメンバーは互いの手を打ち合い、喜びを表現した。
「ゴットバルト卿にシュナイゼル殿下のギアスを解いてもらった甲斐がありましたね」
「本当だよー、このまま計画を実行されてたら世界は一体どうなってたことか」
 セシルの言葉にロイドが安堵したような息を吐き出しながら同意した。
「これでルルーシュ様も皇帝に即位された、“賢帝”と呼ばれた頃のような統治へと変更されるでしょうし」
「そうだな。あの計画を実行した後に遺される者が者たちだからな。そうなったら世界が混乱に満ちることが目に見えているのに、そのようなこと、ルルーシュ様がお出来になるはずもないだろう」
「スザクには気の毒だが、これが世界の為には一番良い方法だろう」
 皆一様にルルーシュのゼロ・レクイエム中止の決断を喜んでいた。
 その後、ルルーシュが“賢帝”としてブリタニアを統治し、世界を纏め上げていったのは言うまでもない。
 ちなみに、その後のスザクの行方については杳として知れない。失意のままにルルーシュたちの前から姿を消したきりだ。表向き死んだこととなっているスザクの行方を、あえて捜そうとする者は誰もいなかった。

── The End




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