感 情



 もともと感情の起伏の大きな子供ではなかったと思う。
 それでも、と思ってしまう。
 ジェレミアにギアスとかいうものを解除してもらってから考えたこと。
 ギアス── 相手の意思を無視して己の思う行動を取らせることの出来る力。全てがそういった力だけではないというけれど。
 それでも、自分に使われたその力のために、自分が苦しんできた年月を考えると、その力がどういったものであれ否定的にしかなれない。
 自分がマリアンヌ皇妃のギアスにかかっていなかったら、自分がここまで感情を表さないように、無感動ともいっていいようには育っていなかったのではないかと。
 常に自分の記憶が不確かで、何も信用出来なくなって、自然と物事に頓着しなくなっていったのは事実。自分にとって、記憶は記録でしかなかった。それでしか信用出来なかった。
 それを考えれば、ギアスなどという力は誤ったものとしか考えられない。
 その最たるものは、やはり自分に掛けられたマリアンヌ皇妃のギアスだけれど、でもシャルル皇帝の記憶改竄のギアスだって同じことがいえる。
 その人の持つ本来の記憶を弄るなんて、許されることではないと思う。だってそれは、その人のそれまでの人生を否定することに繋がるから。
 ルルーシュ様のギアスだって、決して許されるものではなかったと思う。そのギアスを得たおかげでルルーシュ様は生き延びることが出来たけれど、でも、そんな力を得たが故に祖国への反逆を考え、実行し、最終的にはご自分の死を考えられ、実行なされた。
 ジェレミアは、ギアス能力者といっても科学実験の末のもので、彼もまたギアスの大いなる被害者だと思う。
 ただ、彼の力のおかげで自分に掛けられていたギアスが解かれたから、それはある意味感謝しているけれど。
 もしギアスやコードとかいうものがなかったら、そもそもシャルル皇帝は全世界に侵略なんていう行動は起こさなかっただろうし、世界中が戦争に明け暮れることはなかっただろう。それに多分、マリアンヌ皇妃も殺されることはなかった。そうしたらルルーシュ様だって、ブリタニアの皇子として、無事に成長なさったのではないかと思う。
 携帯に遺されたデータの中、微笑(わら)ってらっしゃるまだ幼いルルーシュ殿下。もしギアスなんてものに関わることがなかったら、どんなに違った人生を歩まれただろうかと思う。少なくとも、あんな若さで、あんな惨い死に方をすることはなかっただろうって。
 ルルーシュ様の持っていたギアスという力の存在を受け入れることは出来ないけれど、それにルルーシュ様のギアスのおかげで世界はシャルル皇帝の歪んだ望みから救われたけれど、それでも、ルルーシュ様もギアス能力者であると同時に、何よりもギアスの一番の被害者だったのだろうと、今は思う。
 今、ゼロをやっている枢木スザクは、かつてはギアスを否定し、ルルーシュ様の存在そのものを否定しながら、自分の望みのためにシャルル皇帝のギアスを受け入れたと聞く。そればかりか、シャルル皇帝が他の何も知らない多くの人間にギアスを掛けることを良しとしたと。全ては自分の目的のためだけに。
 ギアスを否定しながらそのギアスを利用していたスザクは、一体何を考えていたのだろう。そこに矛盾を感じたことはないのかと考えてしまう。そんな矛盾に満ちたスザクを、今の自分は素直に受け入れることは出来そうにない。
 自分も含めて、ギアスという力に振り回され、人生を台無しにされた多くの人たち。
 彼らに対して、その力を使った人たちはどう考えていたのだろう。
 少なくともルルーシュ様は、表面的には出されていなかったけれど、全てを良しとしてその力を使われていたとは思えない。話を聞く限り、ルルーシュ様がその力を使ったのは本当に必要な時だけだったと思うし、そうでなければ、今現在の世界は成り立たなかったと思う。
 けれど、シャルル皇帝もマリアンヌ皇妃も、そのギアスを使われることに躊躇いは持っていなかった。至極当然のことのように使っていたと思う。そして何より、マリアンヌ皇妃のギアスは最悪だ。
 自分はジェレミアがギアスを解いてくれたから、これからまだ遣り直しが効くんだろうと思う。これまでの人生を変えることは出来ないけれど、これからは、記憶の喪失に怯えることなく、ただの一人の人間として普通に生きていくことが可能になったのだし。これまでに培われてしまった性格はそう簡単には治らないと思うけれど、それでも、普通に考えれば、人生、先は長いのだから、これからまた色々なことを学んでいけばいいと思う。
 ラウンズではなくなり、軍を離れてジェレミアと暮らしながら、今まで自分の置かれていた境遇が如何に異常なものだったかが改めて理解出来る。
 きっと、あの人たち── シャルル皇帝とマリアンヌ皇妃── は、自分たちの望みを叶えることだけしか頭になくて、その犠牲者に対して配慮するなんて気持ち、これっぽっちもなかったと思う。だいたいそうでなければ、話に聞いた“ラグナレクの接続”、“神殺し”なんて、考え付いたりしないはず。
 人は人、十人十色、100人いれば100人の考え方があって、それが一つのものに統合されるなんて、明らかにおかしな考え。シャルル皇帝とマリアンヌ皇妃の考えていたことが実現していたら、人の個性なんてものはなくなって、ルルーシュ様が仰っていたというように、人の世界は昨日で止まっていたんだろう。だからその点では、ルルーシュ様の持っていたギアスには、その使われ方には感謝しきれない。自分が自分でなくなるなんて辛い思い、私がマリアンヌ皇妃にされただけで十分だ。
 ギアス嚮団はもうない。ギアス能力者は、C.C.が新たな契約を結ばない限りもう現れないだろう。そしてもう誰とも契約する気はないと、最後に会ったC.C.は言っていた。自分にとって魔王は、共犯者はルルーシュ様だけ、彼が最後だと。そしてジェレミアは、ギアス能力者といってもキャンセラーだから、ギアスが存在しない限り、自分の力は意味はないっていう。だからギアスの犠牲者はもう出ない。
 シャルル皇帝の記憶改竄ギアスにかかった人たちはいるけれど、でもそれは、ルルーシュ様のことを、彼がルルーシュ・ランペルージとしてあった時、彼にいたのは妹ではなく弟だと思わされていることだけで、中には、ルルーシュ・ランペルージとルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが結びつかない人だっているかもしれない。それくらいならば、日常生活を送るには多分支障はないはず。
 だからルルーシュ様がご自分の命を懸けられて創り出そうとされたこの世界が、いつまでも続けばいいと、本心からそう思う。この平和な時が続きますようにと。それが、あんなふうにして命を亡くされたルルーシュ様に対して出来る唯一のことだと思うから。
 もしかしたら、ううん、きっと自分以上にギアスという力に振り回された人生を送らされたルルーシュ様に、自分はもう大丈夫ですと胸を張って、笑って言いたい。残念ながら、まだ上手くは笑えないけれど。



「アーニャ」
 ジェレミアに呼ばれて、一人考え込んでいたアーニャは「はい」と、今は自分の保護者となっている彼に答えて振り返った。

── The End




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