布 石 日常編




 彼、白河秀一は、現在アッシュフォード学園のクラブハウス内で起居している。
 ひょんなことからルルーシュと出会い、名誉ブリタニア人の一人として入隊していた軍から脱走し、ルルーシュに拾われた形で現在に至っている。
 咲世子からの報告で秀一のことを知らされたミレイは、当初は驚き如何したものかと悩んだが、結局、ルルーシュの意向を尊重して、今では秀一をアッシュフォード学園の用務員の一人して認めた形だ。
 そんなある日のこと、学園に一人の名誉ブリタニア人が編入してきた。それも皇族の口利きでだ。
 その名誉ブリタニア人の名は枢木スザク。秀一の、子供の頃のクラスメイトで、日本最後の首相枢木ゲンブの息子だ。
 そのような存在が何故名誉となり、あまつさえ皇族の口利きなどで学園に編入してきたのかは大いに疑問であり、周囲を騒がせた。そして名誉ということで、周囲の生徒たちからは陰湿な苛めを受けていた。
 それをルルーシュは、彼は自分の幼馴染の親友だと表明し、生徒会に誘うことでやり過ごさせようとしたが、秀一の反対でそれは取りやめとなった。
 秀一曰く、スザクはゼロを捕えその褒賞としてラウンズに出世している。つまり、おまえを売るような奴を友人扱いする必要はないというのだ。
 スザクが編入してきたその日こそ、ルルーシュはスザクを校舎の屋上に呼び出して自分たちの現在の境遇、つまり、アッシュフォードに匿われているのだということを告げたが、それ以上、スザクに深入りすることはなかった。
 スザク自身も、ルルーシュが名誉と友人であるということが知れて騒ぎになることを懸念して、他人の振りをしようと思っていたことから、それ以上の深い遣り取りはなかった。
 そうしてスザクは名誉ということで陰湿な苛めを受けながらも、一人孤高を保って学園生活を送っている。
 そんなある日、授業を終えて大学部に間借りしている特派のトレーラーに戻ろうとしていたスザクは、ばったりと一人の日本人と出くわした。
「おまえっ!?」
「枢木スザクか?」
 名前を呼ばれたスザクは眉を顰めた。
 確かに何処かしら見覚えのある顔立ちではある。しかし一体誰なのか、名前が出てこない。
「思い出せないか? 小学校の時にクラスメイトだった白河秀一だよ。今はこの学園で用務員してる」
「白河、秀一……」
 名前を言われて、スザクは漸く思い出したように彼の名を繰り返した。
「思い出したか? まあ、時折話をしたことはあったけど、それ程親しい間柄じゃなかったしな」
 当時のスザクには、学校では特に親しい友人と呼べるような存在はいなかった。それを考えれば、秀一はスザクにとっては他の児童と比べれば、割と身近といっていい存在だった。
「久し振り、と言うべきなのかな、この場合」
「そうだな。おまえ、その制服着てるってことは、おまえが噂になってる皇族の口利きで編入してきた名誉ってことか?」
「ああ、そうだ」
 スザクは幾分躊躇いがちに、秀一の言葉を肯定した。
「今は、宰相であるシュナイゼル殿下直属の特別派遣嚮導技術部に所属してて、この学園の大学部に間借りしてる」
「なんかさ、おまえ、昔と変わったよな」
「え?」
「昔のおまえって、首相の息子ってこともあったからだろうけど、もっと俺様だったじゃないか。なんか、その頃に比べれば大人しくなったっていうか」
「今の僕は、ブリタニアに征服されてエリア11となったこの国の、一名誉ブリタニア人に過ぎないからね」
「それだけで一人称も変わるってか? 昔は、俺、だったのに、僕、なんてさ」
 秀一にとってスザクは、昔馴染みではあるが、同時に、ゼロであるルルーシュを売って、日本の独立を阻み、己の出世のみを追求した唾棄すべき存在だ。もちろんそのような感情は表に出してはいないが。それでも何処か蔑みの思いが滲み出てしまうのは止められない。彼は、現在の秀一と親しいルルーシュをブリタニアに売り、最後にはその命を奪った人間なのだから。
「……色々、あったんだよ」
 しかしスザクは秀一のそんな思いに気付くことなく、俯いてそう答えるのみだった。
「それでも、普通の名誉には考えられない、皇族の口利きでの学生生活なんてものを送ってるんだ。やっぱりおまえ、俺たちとは違うよな」
「そ、それは偶々いろんな偶然が重なった結果で……」
「別にその理由聞きたいわけじゃないし。第一それ聞いたからって、何がどう変わるもんでもないだろ。元々そんな親しかったわけじゃないしさ。せいぜいが顔見知りに毛がはえた程度の知り合いだ。まあ、名誉ってことで他の生徒たちからの苛めとかあるらしいことは耳にしてるけど、皇族の口利きで編入してきたといっても、名誉であることに変わりはないんだから、我慢して頑張れよな。じゃあな」
 そう告げてその場から立ち去る秀一の背を、スザクは黙って見送るしかなかった。
 秀一の言う通り、自分はこの学園では名誉ブリタニア人という異質な存在であることに変わりはないのだから。
 唯一、友人ともいえるルルーシュとも自ら距離を置いてしまった以上、この先もスザクにこの学園内で友人と呼べるような存在が出来ることはないだろうと思う。そしてそれは覚悟してのことだと。
 とはいえ、編入以来、止むことなく続く誰からともしれない苛めに、スザクの心はいささかくじけそうになっている部分があるのも事実だ。覚悟していたからといって、実際にそれに遭遇した場合は必ずしも同じではない。
 そんなことを思いながら、スザクは特派のトレーラーに向かって再び歩き出した。



 クラブハウスに戻った秀一は、隠す必要もないと、ルルーシュに先刻スザクと出くわしたことを話した。
「あいつ、最初は変わったように思ったけど、本質は変わってないように思えた。やっぱり俺様だって」
「そうか?」
「ああ。昔は“俺”って言ってたのが“僕”になってたり、違う印象受けたけど、あいつがこれから先にやったことを考えたら、結局あいつは昔のあいつのままなんじゃないかな、って。だからゼロであるおまえを皇帝に売り渡してラウンズの地位を得たり、総督補佐としてここにやって来た時は独善的な政策を進めてたんじゃないかな。まるで自分の考えだけが正しい、みたいにさ。誰もがあいつが考えるように考えるとは限らないのに、あいつは、よくいえば真っ直ぐってことになるんだろうけど、自分の考えしか目に入ってないんだよな。他者の思惑なんか考えようともしてない。三つ子の魂百までって言葉があるけど、やっぱり、あいつは根本的なところは変わってないと思う。本人は変わったつもりでいるみたいだけど」
 秀一は出会った当初にルルーシュが思っていた以上に、人間観察に長けている。ましてや秀一はスザクとは小さな頃の知り合いだ。ある意味、スザクの本質をよく知っている。その秀一がそう言うならその通りなのだろうとルルーシュは思う。
「まあ、今はゼロも黒の騎士団もないから、これから先、俺の記憶の通りにはいかないと思う。だからスザクが、第3皇女の騎士になることはあるかもだけど、その皇女を守りきることも出来ずに、ラウンズに出世なんて出来ないと思うから、あえて神経質にあいつのことを考えることもないって思うけどな」
「そう、だな」
 秀一の持つというもう一つの記憶とやらは、ルルーシュの中にはない。しかし秀一の言葉がルルーシュの指針の一つになっているのは間違いのないことだ。
 ルルーシュが秀一の持つ記憶の通りに動いたのは、クロヴィスの暗殺と、その犯人として挙げられたスザクを救い出したことくらいだ。その結果、スザクはどういった経緯でかユーフェミアと知己を得、彼女の口利きで名誉でありながら学園に編入してきたが。
 しかし所詮名誉は名誉に過ぎない。スザクはただ命令のままに、イレブンとなった日本人のテロリストを殺していくだけだ。ブリタニアを内から変えることなど出来ないと気付きもしないまま、己の考えに凝り固まったままに。
 そこまで考えて、ルルーシュはそれ以上スザクのことを考えるのをやめた。今後、自分とスザクの道が重なることはないのだと分かってしまっているから。
 それよりもこれから先、一体どうやってブリタニアを内側から壊していくか、そろそろ本腰をいれて考えていくべきなのだろうと思って。

── The End




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