分 裂




 黒の騎士団の旗艦である斑鳩の会議室で、ゼロを抜かした黒の騎士団の幹部たちは揉めていた。
 敵国ブリタニアの宰相シュナイゼルと、事務総長の扇の齎したゼロに関する情報によって。
「ゼロはなあ、あいつは、俺様の親友なんだよ! 何より、あいつのお蔭で俺たちはここまでやってこれたんたぜ」
 玉城がゼロであるというルルーシュを擁護するように発言すれば、扇の言葉に信を置く南は反対の意見を述べた。
「ゼロがブリタニアの皇子だというなら、そしてギアスという力で俺たちを操り裏切っていたというなら、扇の言うようにあいつをブリタニアに引き渡して日本を返してもらうべきだ!」
「その通りだ、玉城。ゼロは俺たちを、日本人を騙していたんだ! 今度は俺たちがあいつを利用すべき番だ」
 シュナイゼルたちを前にして、幹部たちは喧々囂々と議論を交わす。まるでシュナイゼルの存在を忘れたかのように。
 そんな幹部たちの様子を、シュナイゼルはほくそ笑みながら見つめている。
「あんたたちぃ、日本が返ればそれだけでいいのぉ? 今回の戦争は日本奪還が目的だけど、それはあくまで前哨戦。日本奪還を契機、他のエリアをブリタニアから解放して、出来ればブリタニアをぶっ壊すのが本来の目的じゃないのぉ」
 煙管を振り回しながらラクシャータが告げる。
 当初は会談には参加しないつもりでいたラクシャータだったが、何を思ってか考えを翻して参加してきた。
「だが奴は俺たちを騙して利用して……!」
「敵の持ってきた資料だけを鵜呑みにするなんて、何処の馬鹿ぁ。まずは疑ってかかるのがセオリーでしょう?」
「だがこちらには千草という証人もいる! ゼロは信用出来ない!」
 扇は自分の後ろに立つ千草── ヴィレッタ── を引き合いに出して、ラクシャータを説得しようと試みる。
「けどその女、おまえは地下協力員だっていってるけど、ブラック・リベリオンの時におまえを撃って負傷させて、本部を混乱に招いた奴だよな。そんな女の言葉を何処まで信用出来る!?」
 杉山の言葉に、扇は一瞬ひるんだが、直ぐに思い直したように告げた。
「あの時は、千草は記憶を取り戻したばかりで混乱していたんだ! 今はきちんと信用出来る!」
「ですがその女性はブラック・リベリオンでの功績が認められて、騎士候から男爵位を得た女性ですよね。そのような女性の言葉を何処まで信用していいのでしょう?」
 ディートハルトの言葉に、幹部たちがざわめく。
「しかしゼロが我々を裏切っていたことは間違いのない事実だろう」
「何処が間違いないっていうんだよ! 誰もゼロに本当のこと確かめちゃいないだろう!? シュナイゼルの持ってきた証拠が本当のものかどうかだって怪しい!」
 藤堂の言葉に、玉城にしては珍しく正論で返した。
「だがゼロはつい先頃にも中華連邦で虐殺を行っている」
「その証拠は?」
「朝比奈がそういっていた。朝比奈は嘘をつくような奴ではない」
「それって言葉だけってことでしょう? それを証明するものは? もし仮に本当だったとして、何の理由もなくゼロが虐殺を働いたりすることないと思うんだけど、その辺はどうなのかしらぁ」
「そ、それは……」
 ラクシャータの言うことももっともだ。
 藤堂が聞いたのは朝比奈からの言葉だけで、ゼロが働いたというその虐殺した者たちに関する情報、そして本当に虐殺を働いたという証拠は何処にもない。
「それにぃ、仮にゼロがシュナイゼルの言うようにルルーシュ殿下だったとしたら、彼にはブリタニアを恨んでいる理由はあるのよねぇ。なんたって母親を殺して自分たち兄妹を人質として、行って死んで来いって日本に送り出すような国、父親だもの。恨んで当然じゃない」
「第一、俺たちにゼロの身柄をどうこうすることを決める権利なんてあるのか? 俺たち黒の騎士団は超合集国連合の外部機関で、その超合集国連合の決定に従って動く存在だ。そんな立場の俺たちが、超合集国連合に諮らずに勝手に決めていいことなのか?」
「俺たち黒の騎士団の問題だろう! それに、ここには事務総長の俺だけじゃない、藤堂将軍もいる!」
「なら星刻総司令はどうなんだ!? 今の俺たちは、もう日本のためだけにある組織じゃないんだぞ」
「彼の言う通りですね。最終決定権を持つのは超合集国連合最高評議会であり、私たちが勝手に決めていいことではありません」
 杉山の言葉を後押しするようにディートハルトが告げる。
「それに片方の言い分だけを聞いて、肝心の当事者の言葉を聞かないってどうなんだよ!」
 ドン! と拳でデスクを叩いた玉城が怒鳴る。
「だがその当事者であるゼロが俺たちにギアスを掛けたら、俺たちはまたゼロに騙されるだけだ!」
「そのギアスって、そもそも何なんだよ! シュナイゼルの情報以外、俺たちは何も知らないじゃないか!? そこまで敵の大将の言葉を信じていいのか? ブリキの女の言葉を信じていいのか!?」
 千草ことヴィレッタは扇にとっては大切な信用のおける存在かもしれないが、他の者にとっては彼女はブラック・リベリオンでの功績で出世したブリタニアの軍人、しかも純血派。つまり敵でしかない。それには扇に同調して、ゼロをブリタニアに売り日本を返してもらおうという考えの南も同調せざるを得ない。
「ディートハルトが言うようにぃ、私たちだけで決めていいことじゃないと思うのよねー」
「ならどうしろと言うんだ、ラクシャータ」
「神楽耶様たちがこちらに向かってるってことだし、その到着を待ってゼロをどうするか決めてもいいんじゃないのぉ?」
「そんな悠長なことを言ってる場合か!?」
「悠長と言いますが、我々に決定権がないのは確かな事実ですよ。それに玉城さんの言われたように、片方の言い分のみで事を決めるのは良いこととは言えませんね」
「俺たちには決定的に情報が不足している。敵の情報だけが全てとはいえないんだから」
「そうだぜ! そんな状態で俺たちだけで結論出そうなんて駄目だ」
「しかし、今ゼロをブリタニアに、シュナイゼルに引き渡せば日本が返ってくるんだぞ!」
 痺れを切らしたように扇が怒鳴った。
「日本が返ってきさえすれば他の国はどうなってもいいってことぉ? あんたの言ってることってそういうことよねぇ」
 茶化すようにラクシャータが告げる言葉に、扇は恥じらんだ。
「だが! ゼロを信用することは出来ない! あいつは俺たちを裏切り騙し続けてきたんだ!」
「でも、ゼロが日本人じゃないってことは最初から知ってたことよねぇ? ゼロが何者か知った上で桐原翁はゼロについていけ、ってあんたたちに言ったんじゃないの? 私がここにいるのもそれがあったからだしぃ」
「ゼロがブリタニアの皇子だったからといって、彼のしてきたことの全てが偽りではないだろう! ゼロがいなければ、俺たちはシンジュクゲットーで死んでたはずだ。その俺たちをここまで引っ張って来てくれたのは間違いなくゼロの手腕じゃないのか?」
「そうだぜ。ゼロは俺様の親友なんだよ! そのゼロが俺たちを、俺を裏切るはずがねぇじゃねえか!」
 幹部たちの言い合いを黙って見ていたシュナイゼルは椅子から立ち上がった。
 その音に、幹部たちの視線が一斉にシュナイゼルに向けられる。
「どうやら直ぐに結論は出ないようですね。ですが、少なくとも一時停戦は呑んでいただけると思いたいのですが」
「了解した」
 シュナイゼルにそう答えたのは藤堂だった。
「藤堂さん!」
「神楽耶様や星刻総司令が到着した後、改めてこちら側の返答を差し上げることにしよう」
「今はそれで良しとしましょう。ですが我々の手にはフレイヤという兵器があることをお忘れなく」
 シュナイゼルは笑みを浮かべながらそう告げて会議室を去っていった。その後ろに当然の如くコーネリアも従おうとする。
「待っていただきましょう。コーネリア皇女はこちらが捕縛した人物、置いていっていただきましょう」
 ディートハルトの言葉に、コーネリアの足が止まった。
「貴様……!?」
 コーネリアは思わずディートハルトを睨み付けた。
「フレイヤに対する保険とでも」
 その言葉に、シュナイゼルは仕方ないね、という表情を浮かべた。彼にしてみれば、異母妹(いもうと)の存在などさして意味はないのだが、それはあくまでシュナイゼル個人の感情であって、他の誰も彼の思惑を理解などしていない。
「致し方ありませんね。では、そちらの仰る方々が到着されて改めて話し合いを持つ時にでも、コーネリアを解放していただくことにしましょう。ただし、コーネリアはブリタニアの皇女です。それ相応の待遇をお願いしますよ」
異母兄上(あにうえ)!」
「もう暫く辛抱しておくれ、コーネリア。きっと君を解放してみせるから」
 そう告げて、シュナイゼルは副官のカノンと共に会議室を後にし、コーネリアだけがその場に残された。
「捕虜を監禁しておけ」
 藤堂の言葉に、千葉がコーネリアに手を伸ばした。
「イレブン風情が! 私に触れるな!!」
「ブリキの癖に、ここででかい顔してるんじゃねえよ。あんたはブリタニアじゃ皇女さまかもしれねぇが、ここじゃただの捕虜なんだからな!」
 コーネリアの叫びに玉城が怒鳴り返した。
 そうして千葉がコーネリアを連れて会議室を出た後も、幹部たちは神楽耶たちの到着を待つと言いながら、それぞれの意見を対立させ、一向に纏まる気配を見せなかった。

── The End




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