彼は思った。
何故、今、ここにあの子がいないのかと。
あの子はゼロだった。ゼロならばいるではないか。
いや、あのゼロは違う。何故ならあの子はあのゼロに殺されたではないか。他ならぬ私の、私たちの目の前で。
ならば、今私の前にいるゼロは何者だというのか。
あのゼロはあの子ではない。何故ならあの子は既にいないのだから。
そこまで考えて、けれどその先に進もうとすると「ゼロに従え」という声が彼の脳裏に響いて、それ以上の思考を妨げる。
しかし、それが一度や二度などということではなく、何度も繰り返されるうちに、「ゼロに従え」との響きがだんだんと小さなものになっていった。
そうしてやがて、その声は聞こえなくなった。
それはすなわち、シュナイゼルに掛けられたルルーシュの絶対遵守のギアスが破られたことを意味していた。
しかしそれに気が付いたのはもちろん当のシュナイゼルだけで、彼はそれから暫くの間は、それまでと同様に「ゼロに従え」のギアスの元に行動しているように見せかけていた。
何故なら調べる時を必要としたからだ。
何をかといえば、何故あの子── ルルーシュ── があのような死に方をしなければならなかったのか、世に蔓延るあの子に対する“悪逆皇帝”との悪評はどうしたことか、何とか覆すことは出来ないか、それらを調べ、そして考えるために。
やがてある日、シュナイゼルは己の副官であるカノンのみに命じて、他の誰にも分からぬように、己の知る、調べた限りのことを公表すべく動いた。
何故カノンに命じたのかといえば、カノンにはギアスはかかっておらず、シュナイゼルがギアスの支配下にある間も、それまでと変わりなくシュナイゼルの副官としてあり続けたからだ。
「私、シュナイゼル・エル・ブリタニアは、今ここに全てを告白します。
“悪逆皇帝”とされ、ゼロによって弑された神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは私の異母弟に当たります。
彼は10歳の時に母である第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの第5皇妃であった、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアを殺され、3歳年下の妹であり、現在の合衆国ブリタニア代表であるナナリー・ヴィ・ブリタニアと共に、弱者として、当時の既に緊張関係にあった日本に人質として送られました。ちなみにナナリーは、母を殺された現場にいあわせたことから彼女自身足を撃たれてその機能を麻痺させ、また、今は取り戻していますが、ショックから失明状態にありました。
その後、ブリタニアは二人がいるにもかかわらず、日本に対し、宣戦布告、侵攻を開始し、KMFの実戦投入を機として、圧倒的な戦力差の元、日本は僅か一ヵ月余りで敗戦、ブリタニアの植民地、エリア11となり、日本人はナンバーズ、イレブンとなりました。そしてその戦いの中で、ルルーシュとナナリーの二人は死んだこととされ、鬼籍に入っていました。ブリタニアで“悲劇の皇族”と呼ばれていたのがこの二人です。
しかし死んだとされた二人は、エリア11で偽りのIDの元、かつてヴィ家の後見であったアッシュフォード家に庇護されて生きていました。
ここまでは皆さん、全てとはいわぬまでも殆どご承知のことでしょう。
問題はここから先です。
日本侵攻から、つまり日本がエリア11となってから七年後、日本に一人のテロリストが現れました。それがゼロです。
ゼロは当時エリア11の総督であったクロヴィスを殺し、その後、カワグチ湖におけるホテルジャックの際、黒の騎士団の創設を宣言しました。
ゼロと彼に率いられた黒の騎士団は、ブリタニア軍に甚大な被害を与えました。
日本解放戦線のメンバーであった藤堂鏡志朗、現在の黒の騎士団の統合幕僚長である彼が処刑されるところを、ゼロは、藤堂の部下である四聖剣らと共に、策を用いて救い出しました。それによって黒の騎士団はさらなる規模の拡大を得ました。
いつの間にか、黒の騎士団はエリア11を代表する、いいえ、エリア11最大のテロ組織となっていました。
そんな状況の中で行われたのが、当時エリア11の副総督であったユーフェミア・リ・ブリタニアによる“行政特区日本”の宣言です。ユーフェミアから相談を受けた私は、それに「いい案だ」と答えました。真実そう思っていたわけではありません。ただその宣言によって黒の騎士団に打撃を与えることが出来るのではないか、それならば行う価値はあると判断したのです。特区そのものの存在を認めたわけではないことを申し上げておきます。
ご存知のように、“行政特区日本”はユーフェミアの突然の乱心に端を発した日本人虐殺によって失敗し、それを契機にエリア11では、黒の騎士団を中心としてイレブンが、日本人が一斉蜂起、ブラック・リベリオンが起きました。当初は黒の騎士団側に有利に進んでいましたが、ゼロの突然の戦線離脱を機に、黒の騎士団側は乱れ、やがてブリタニア軍の前に敗れ去りました。
何故ゼロが戦線を離脱したのか。
それは、ゼロの妹が何者かによって誘拐されたため、これを救い出さんとしたためです。
ではゼロの妹を浚った人物は、ゼロが何者か知っていたのでしょうか。そう、知っていたのです。
ゼロの正体は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだったのです。これは間違いのない事実です。
妹ナナリーを誘拐されたゼロ、いいえ、ルルーシュは神根島に妹がいることをある手段で知り、そこに赴きましたが、ゼロを追って、ユーフェミアの騎士であった枢木スザクもまた、神根島に渡りました。他にもゼロを連れ戻すべく、黒の騎士団でゼロの親衛隊長であった紅月カレンが神根島に至りました。
そこで実際にどのようなやり取りがあったのか、そこまでは私も知りません。
しかし枢木スザクは、ユーフェミアの仇として、彼にとってはルルーシュが日本に人質として預けられていた枢木神社で得た初めての友人であったにもかかわらず、ゼロ憎しの一念でルルーシュを捕え、皇帝シャルルに売り渡しました。そしてその褒賞として、臣下としては帝国最高位であるラウンズの座を要求したのです。そしてそれは為されました。
ちなみに、ゼロの親衛隊長だった紅月カレンは、ゼロの正体、ブリタニアの元皇子だったことを知り、枢木スザクからゼロを救おうともせず、つまりゼロを見捨てて、その場を逃亡したそうです。
そして皇帝シャルルはいかなる方法によってか、そうして枢木スザクによって売られたルルーシュの記憶を改竄し、ルルーシュを偽りのIDであるルルーシュ・ランペルージとして、元いたアッシュフォード学園に戻しました。その際、記憶の改竄が行われたのはルルーシュだけではありません。彼の身近にいた者たちに対しても行われました。何故ならば、ルルーシュには皇帝直属の機密情報局── 機情── による24時間の監視体制がとられ、かつ、ロロ・ランペルージという、ナナリーという妹ではなく偽りの弟の存在をその傍に置いたためです。そのためにブラック・リベリオンの後、学園の生徒の大半を入れ替えるという作業が行われました。そうまでしてルルーシュをエリア11に戻したのは、皇帝シャルルが求める、C.C.と呼ばれる少女を捕縛するためでもありました。ルルーシュはそのC.C.を誘き寄せるための餌だったのです。
そして一年後、ルルーシュは機情の網の目を掻い潜った黒の騎士団の残党と、C.C.によって記憶を取り戻し、結果、ゼロは復活しました。
そうです、復活したゼロもまた、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだったのです。
ゼロの、ルルーシュの奇策によって、捕えられていた黒の騎士団の団員たちは解放され、再び黒の騎士団は起ち上がりました。
しかしここでルルーシュの計算外のことが起きました。何かと言えば、誘拐された後、ブリタニアの皇室に復帰していた彼の妹ナナリーの、エリア11総督就任です。しかも彼女は、失敗したユーフェミアの“行政特区日本”の再建を就任演説で謳い上げました。
結果はご存じでしょう。ルルーシュは奸計を用いて、ゼロの国外追放という処分を利用して、ゼロと化した100万人の日本人と共にエリア11を離れ、借地とした中華連邦の蓬莱島に渡り、小さいながらも独立国、合衆国日本を起ち上げました。その後、様々な経緯を経て、ルルーシュは超合集国連合を築き上げ、日本奪還という超合集国連合最高評議会の決議を受けて、超合集国連合の外部組織、つまり正式な軍隊となった黒の騎士団を率いて、キュウシュウ方面の本隊と、トウキョウ方面の二隊に別れて日本に攻め寄せました。そしてトウキョウ租界では、かの大量破壊兵器フレイヤが用いられ、トウキョウ租界には巨大なクレーターが出来、3,500万余もの死傷者を出しました。
それにより混乱状態になったのは、黒の騎士団だけではありませんでした。ブリタニア軍も同様です。何故なら、フレイヤはランスロットに積載されてはいましたが、決して使用は認可されていなかったのです。にもかかわらず、ランスロットのデヴァイサーである枢木スザクはフレイヤを使用しました。しかもこともあろうに、総督たるナナリーがいるはずの政庁に向けて。
結果、混乱に陥った黒の騎士団に対して、私はそれまでに私が集めた情報をもって黒の騎士団の旗艦である斑鳩を訪れ、そこで、ゼロを抜いた黒の騎士団の幹部たちにゼロの正体を、つまり私の異母弟であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることを告げたのです。そしてまた、“行政特区日本”における虐殺の原因がゼロの持つ能力、一種の催眠術のようなものですが、それによるものであると。
それに対する黒の騎士団の幹部たちの反応は顕著でした。彼らはゼロを、ルルーシュを私に、ブリタニアに売ることと引き換えに日本の返還を要求したのです。
そして政庁の消滅で、総督であったナナリーが死んだものと思って意気消沈していたルルーシュは、呼び出されるまま斑鳩の4番倉庫で黒の騎士団の裏切りに会いました。彼らはゼロを殺そうとしたのです。つまり彼らはブリタニアに、私に引き渡すのはゼロの死体のつもりでいたのです。
その時、どんな力が働いたのかは分かりませんが、ルルーシュは斑鳩から逃げ延び、やがていかなる経緯を経てかは分かりかねますが、皇帝シャルルを弑し、彼は自らブリタニアの第99代の皇帝となりました。その頃の彼が打ち出したのは、皇族や貴族たちの既得権益の廃止、財閥の解体、ナンバーズ制度の廃止、エリアの順次解放であり、彼は“賢帝”と呼ばれていました。
その後、ルルーシュは超合集国連合に対して加盟を求め、そのための会談がエリア11のアッシュフォード学園で行われることとなりましたが、皆さん、ご存じでしょう、超合集国連合最高評議会議長の皇神楽耶は、“賢帝”と呼ばれていたルルーシュを“悪逆皇帝”と罵り、檻に閉じ込め、黒の騎士団の幹部たちは、あくまで連合の外部機関でしかないにもかかわらず、神聖ブリタニア帝国という一国の君主、皇帝であるルルーシュを罵るだけではなく、ブリタニアへの内政干渉となる言葉まで発しました。あまつさえ、学園内には黒の騎士団のKMF、それもエース機を潜ませていたのです。結果、会談は破談に終わりました。ルルーシュの騎士、ナイト・オブ・ゼロとなっていた枢木スザクの騎乗するKMFランスロットの侵入により。
そしてその頃、私たちは、私とコーネリア、そして密かに私が救い出していたナナリーは、自国の帝都であるペンドラゴンに対してフレイヤを投下し、そこに住まう人々を虐殺しました。私はナナリーには、ペンドラゴンには避難勧告を出したと、そう騙しました。ですからナナリーはそれならと、ペンドラゴンにフレイヤを投下することを容認したのです。少し考えれば、億に上らんとするペンドラゴンに住まう人々の避難など無理があることは容易に分かったのにもかかわらず、ナナリーは何ら検証することなく、考えることなく、ただ彼女をエリア11の総督にすることに尽力し、彼女をフレイヤから救ったということだけで、私の言葉を信じたのです。
それだけではありません。ルルーシュがゼロであったとの、ルルーシュには人の意思を捻じ曲げる力があるとの私の言葉に、日本に送られてからずっと彼女のことを一人で守り続けていたルルーシュと、そして彼女の傍にいた枢木スザクに嘘をつかれていたとして、彼らに対して「敵です」と発言しました。
ルルーシュが彼女を守るために、どれ程の苦労、負担を強いられていたか、どれ程の辛い思いをしていたか考えることもなく。
黒の騎士団は天空要塞ダモクレスと大量破壊兵器フレイヤを擁する我々につき、ルルーシュ率いるブリタニア正規軍と戦闘になりました。フジ決戦です。その戦いの中でもフレイヤは能力を限定してはいましたが撃たれていました。そのスイッチを押していたのは、ナナリーです。
ルルーシュはフレイヤを無効化するアンチ・フレイヤ・エリミネーターの開発に成功し、それをもってダモクレスを制圧、私はルルーシュの能力によって、彼の支配下に入りました。彼が私に掛けたのは「ゼロに従え」というものでした。
その後、ルルーシュは皇神楽耶議長が言った“悪逆皇帝”という言葉が的を得た言葉であったのだというように振る舞いました。しかしその多くは捏造されたデータです。ルルーシュによって殺されたとされる大量の人々の数は、確かに彼の政策に反して抵抗したため、彼の騎士たちによって討伐された貴族たちも含まれてはいましたが、実際には、その殆どは私たちがペンドラゴンに対して投下したフレイヤによる犠牲者です。
では何故、ルルーシュはそんな振る舞いをしたのでしょう。
全ては“ゼロ・レクイエム”と呼ばれる計画のためです。
その計画とは、全ての悪意をルルーシュ一人に集め、そのルルーシュが“正義”の具現者であるゼロによって弑されることによって、この世の悪の、負の連鎖を断ち切り、後に彼女の妹であるナナリーが望んだ“優しい世界”を創り出すためでした。いわば、そのための人柱となったのです。
私は今全てを、私の知る限りの真実を告げています。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは決して“悪逆皇帝”などではありません。彼程、この世界の平和と安寧を望んでいた者はいません。私とコーネリア、そして“悪逆皇帝”と最後まで戦った“聖女”として崇められているナナリーこそ、ペンドラゴンを消滅させた大虐殺者なのです。
今のゼロが誰であるか、予想は出来ますが実際のところは私は知りません。知ろうとも思いません。
ルルーシュが私に掛けた力は解けました。だからこそ、私は今、こうして行動出来ている次第です。
私にとって、ルルーシュの存在しない世界は意味がありません。私にとって、ゼロはルルーシュ以外の何者でもありませんでした。しかしそのルルーシュは私の前で、ゼロによって殺されました。これが、時間はかかったものの、ルルーシュが私に掛けた力が解けたことの要因となったのでしょう。
私自身気付いていないことでしたが、私はいつしかルルーシュという好敵手と戦うことに生きがいを見出していたのです。ですが彼はもう何処にも存在しません。私にはもう生きる意味がないのです。
最後に、私が告げたことが事実である証明を残して、私はこの舞台から降りることとします。
願わくば、ルルーシュの“悪逆皇帝”という汚名が覆ることを祈って」
シュナイゼルが突然ゼロをはじめとした皆の前から姿を消した翌日、その放送が、そして斑鳩の4番倉庫での映像がTVだけではなくネットを通しても世界に流された。
信じていたことが覆された事実に、世界中は慌てふためいたが、それは既にシュナイゼルの関与するところではなく、ブレーンたるシュナイゼルを失ったゼロには、取るべき道も定められなかった。
世界中が混乱する中、ブリタニアの新首都ヴラニクスの郊外にある古い屋敷の一室で、シュナイゼルは右手に銃を持って立っていた。その斜め後ろには、シュナイゼルの副官であるカノンが黙って立っており、シュナイゼルのしようとしていることを最後まで見届け、その後の処置をするために、そこにあり続けた。それが、シュナイゼルがカノンに対して与えた最後の指示だった。
「ルルーシュ、私のしたことを君は許しはしないだろうね。けれど、私には君のいない世界は耐えられない。そして、君が“悪逆皇帝”と罵られ続けるのを聞いていることも出来ない。許しておくれ」
そう誰に言うともなく呟いて、シュナイゼルは手にした銃を頭に当てた。
やがて、一発の銃声が屋敷内に響き割った── 。
── The End
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