学生マナー選手権の終了後、ミレイはルルーシュをシュナイゼルに連れ去られたことで、二人分の荷物を持ってアッシュフォード学園に戻った。
あの時の様子では、いくら待っていても直ぐにどうこうしてルルーシュが帰されるとは思えなかったからだ。
帰りのタクシーの中で、ミレイは頭を捻る。
シュナイゼルはルルーシュを異母弟だと言っていた。
シュナイゼルの異母弟でルルーシュ。
そしてそういえば、とミレイは思いつく。亡くなった── テロリストに殺されたという── 第5皇妃マリアンヌ様の遺児のうちの一人が確かルルーシュ殿下だったと。
ルルーシュ殿下は妹君のナナリー殿下と共に、未だこのエリア11が日本だった当時に、人質よろしく送られ、ブリタニアの日本侵攻の際に亡くなったとされる“悲劇の皇族”だ。
そのルルーシュ殿下がルルちゃん? けれどルルーシュにいるのは彼が誰よりも溺愛しているたった一人の家族である弟のロロがいるだけで、妹はいない。ならばやはりシュナイゼル殿下は勘違い、人違いしているのだ、それが晴れればルルーシュは直ぐにでも帰してもらえるだろう。そう考えながら、ミレイは幾分楽観的になってアッシュフォード学園に戻った。
二人分のトロフィー、賞状、それに衣装を持ってクラブハウスにある生徒会室に向かう。流石に二人分の荷物を持つのは疲れる。リヴァルでも呼べばよかったと思うが既に後の祭りである。
「ただいまー」
言いながら、ミレイは肩を使って生徒会室の扉を開けた。両手は荷物で塞がっているのだからこの際仕方ない。
「お帰りなさい、会長」
「あれ、会長、ルルは?」
「兄さん、どうかしたんですか?」
生徒会室にいた面々が、次々とミレイに言葉を掛けてくる。
「とりあえず、荷物置かせて。それと、水でもなんでもいいわ、何か飲み物頂戴」
そのミレイの言葉に、リヴァルが荷物を預かり、シャーリーが生徒会室に備え付けの給湯室からコップに水を汲んで来た。
「はーっ、やっと人心地ついたわー」
シャーリーから受け取った水を一息に飲み干したミレイは、いつもの自分の席に腰を降ろしてそうのたまった。
「で、会長、ルルは? ルルが会長一人に荷物預けて帰すなんて、考えられないんだけど」
「あー、それがねー」
それを皮切りに、ミレイはことの次第を述べ始めた。
予想通り、男子の部も女子の部も、ルルーシュとミレイが、つまりアッシュフォードが優勝したこと。それはいい。問題はその次だ。
衣装を着替えて一息ついたところに、突然帝国宰相であり第2皇子でもあるシュナイゼルが現れて、ルルーシュを自分の異母弟だと言って連れていってしまったのだと。
「えーっ、ルルがシュナイゼル殿下の異母弟!?」
「それって、ルルーシュの奴が実は皇族ってことですか!?」
「そんなこと、そんなことあるわけないじゃないですか!」
三者三様に叫ぶ。
「うん、だからね、私も殿下が人違いされてるだけだと思うのよ。
確かにシュナイゼル殿下にはルルーシュ殿下という異母弟君がいらっしゃったんだけど、例の“悲劇の皇族”の一人で、既に亡くなられているのね。だからその勘違いが分かれば、直ぐにルルちゃんも帰してもらえると思って、待ってるのもなんだからとりあえず一人で帰って来たわけよ」
「なんだ、人違いか。良かったー」
「そうだよな、ルルーシュが皇族なんて何かの間違いだよな」
「そんなこと……」
シャーリーとリヴァルの二人が安堵の溜息を吐く中で、ロロ一人が顔色を蒼褪めさせていた。
それはその頃、その生徒会室内を監視カメラと盗聴器で観察している機密情報局── 機情── の面々も同じである。
「シュナイゼル殿下がルルーシュを!?」
「よりにもよってシュナイゼル殿下が!?」
「一体どうしたらいいんだ、もしルルーシュが本物だと知れたら……」
「しかし、ルルーシュには記憶はないのだし、IDもしっかりしている、身元に関しては完璧に操作してある。それ程心配することはないとは思うが……」
「万が一、ルルーシュが記憶を取り戻すなんてことは……?」
「ないと思うが。いや、ないと思いたいというか……」
機情の本部は騒然となった。
相手は第2皇子であり帝国宰相のシュナイゼルだ。下手に動くわけにはいかない。それに何処に連れていかれたのかも分からない。それ以前にシュナイゼルがエリア11に来ていたことすら彼らは知らされていなかったのだ。
「とにかく、なんとかしてシュナイゼル殿下がいらっしゃるような場所を片っ端から当たるしかないだろう。今現在ルルーシュがどうしているか、その確認が取れなければ行動の取りようがない」
「そうですな、ではとにかくそこから。いずれにしろ高位の皇族が、政庁以外で宿泊しているような場所となれば簡単に的は絞れますから」
「そうしてくれ」
ヴィレッタはそう指示を出しながらも焦っていた。
何が学生マナー選手権だ、そんなものがありさえしなければ今回の事態を招くようなことはなかったのに。せめてもっと事前に分かっていれば、ルルーシュの参加が分かっていれば手の打ちようもあったものを、と思わずヴィレッタは歯噛みした。
生徒会室にいるロロとて同じ心境である。
もし兄さんが本物だと分かったら、そして何かの拍子に兄さんの記憶が戻りでもしたら、と他の三人が安堵している中、ロロ一人が不安そうな表情を隠しきれなかった。
「何、そんなに不安そうにしてるんだよ、ロロ」
「大丈夫よ、ロロ君。ルル自身が自分が皇族だって騙ったなら話は別だけど、あくまでシュナイゼル殿下が勘違いして連れていってしまわれただけなんだから」
「そうよ、ロロちゃん。心配ないって。まあ、実の弟としては、実際に顔を見るまで安心出来ないのかもしれないけど」
三人共、ロロの内心とは別の意味で勘違いをして彼に気を遣ってくれている。そんな彼らに、ロロは不安げながらも微笑みを浮かべた。
「そ、そうですね、今ここで変に心配していてもどうなることでもないし……」
「そういうこと。ここはシュナイゼル殿下がさっさと誤解を解いてルルちゃんを帰してくれるのを待ってましょう」
「けど案外、間違ったのを済まないとかいって、今日はお詫びに泊まっていきなさい、なんて話になってたりしてな」
「うーん、その説も捨てがたいかも。そしたらそれでいいからかいのネタになるんだけど」
「リヴァル的にも新聞部としてはいいネタなんでしょう?」
「それは否定しない。けど、せめて携帯の1本位連絡くれてもよさそうなものなのになぁ」
そうリヴァルが言った時、ミレイが手を振って否定した。
「それ無理。ルルちゃんの携帯、ここにあるもの」
そう、ミレイが持ち帰った荷物の中にルルーシュの携帯も入っていたのだ。
「早く連絡来ないかしらねー」
それはその場にいた者、そして地下の機情の本部にいた者全員、同意するところだった。
その頃、ルルーシュは、ロロや機情の知らないところで、シュナイゼルに連れてこられたホテルで、彼と彼の副官であるカノンの前で、やってきたC.C.により記憶を取り戻していた。
そうとは知らぬ者たちは、ルルーシュからの「これから帰る」の連絡をひたすら待ち続けていた。特にロロと機情のメンバーは彼の記憶が戻らないことを願いつつ。既にそれが遅きに失しているとも気付かずに。
── The End
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