続・スカウト




 ルルーシュが生徒会の買い物でリヴァルと共に街に出て、そこで帰り道に芸能プロダクション、アムスペース社のジョー・エルムズから声を掛けられたのは昨日のことである。
 しかしそれからの展開が早かった。
 翌日には、ジョーからアッシュフォード学園生徒会宛に電話が入り、しかも運の悪いことにそれを受けたのはミレイだった。
 前日にリヴァルから話を聞かされていた、何よりお祭り好きのミレイがこの話に乗り気にならないわけがないのだ。
 本人がすぐ傍にいるにもかかわらず、本人を無視して、二人の間でルルーシュのカメラテストの予定が決められていた。
「会長……」
 力のない声でミレイに声を掛けるルルーシュに、ミレイは胸を張って答えた。
「大丈夫、大丈夫、ルルちゃんならカメラテストなんて軽いものよ! さーて、参考までに今までに撮り溜めたルルちゃんの写真も持っていったほうがいいかしらねー」
 と、いそいそと鍵のかかったキャビネットを開け、そこから一つの小さな箱を取り出す。
 そんなところにしまってあったのか。それ以前に本人の意向を無視してカメラテストの段取りを決めるってどういうことですか。
 言いたいことはあれど、今のミレイには言うだけ無駄だろうことを、これまでの経験からルルーシュは学んでいた。
 なんで俺、こんなことになってんだ?
 ルルーシュ自身の思いとは裏腹に、リヴァルは楽しそうだし、シャーリーはルルーシュからすれば見当違いの方向で叫んでいる。唯一真面な反応をしているのは弟のロロだけだ。
「兄さん……」
「ロロ、おまえも分かってるだろう。あの会長を止めることが出来る奴なんか誰もいない。何、とりあえずカメラテストさえ済めば無事に解放される。俺なんかが芸能界デビューなんて、出来るはずないじゃないか」
 力のない声で、それでも心配そうにしているロロにそう声を掛けるルルーシュだった。
 だがロロが心配しているのはそんなことではない。いや、そんなことではあるのだが、いささか意味が異なる。
 ルルーシュは今は皇帝シャルルに記憶を改竄されて全てを忘れてしまっているが、本当の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の元第11皇子である。元というのは、死んだことになっているからだ。故に今のルルーシュはあくまで一般庶民のルルーシュ・ランペルージに過ぎない。従って、以前の記憶のあった頃と違って表から隠れている必要はないのだ。そんなルルーシュが、万一カメラテストに合格して芸能界デビューが決まったらどうなるのか。ルルーシュの外見だけから判断すれば、彼自身は否定するだろうが、デビューはほぼ決定だろう。たぶん声を掛けられた時点で既に決まったことと言っていいのかもしれない。これがエリア11内だけで済むならまだいいが、もし本国にまで知られるようなことになったら、シャルルから機密情報局── 機情── は何をしていたのかとお叱りを受けること間違いなしだ。けれど民間企業の決めたことを機密行動を取っている自分たちが取り止めさせるわけにもいかない。本当にどうしたらいいのだろう、というのがロロの内心なのである。
 そしてカメラテストは明日だ。入り込む隙もないスケジュールだ。その辺は流石ミレイというべきなのだろうか。無駄がない。
 そして翌日の放課後、ルルーシュはミレイに引っ張られるようにしてカメラテストの行われるスタジオへと向かった。そのミレイの手にはこれまでに撮り溜められたルルーシュの写真が何枚もあるのはいうまでもない。
 そして到着したスタジオ。
 そこで待っていたのは、ルルーシュに声を掛けたジョーとカメラマン、およびそのスタッフは当然だが、なんと、スポンサーの代表と広報担当までが顔を揃えていたのである。昨日の今日にして、アムスペース社も動きに無駄がない。
 それとも既にジョーの内心では、既にルルーシュが今回のCMに採用されるのが決まっているのだろうか。
 ともかくも、ミレイに突っつかれるようにしてルルーシュ、そしてミレイと彼らに自己紹介し、ミレイは持参した写真の数々をカメラマンはもちろん、そこにいる全ての人間に披露した。あえてその写真から目を反らしていたのは、写っている当の本人であるルルーシュのみだ。
「うん、素人の写真でこれだけのものなら、わざわざカメラテストする必要ないような気がするねぇ」
 とは本職のカメラマンの台詞である。
「そうでしょう、そうでしょう。でも殆ど隠し撮りなんですよ。ルルちゃんに分からないように撮るのにいつもどれだけ苦労していることか。でもお蔭で生徒会の運営費が随分と潤って助かってるんです」
 ミレイが自慢げに話している。
 ルルーシュからすれば、それの何処が自慢出来る話なのか、というところである。
「いいね。うん、昨日の君の話では半信半疑だったが、実際に会ってみて、この写真を見て気に入ったよ。こちらの要望通りだ。是非彼で話を進めてくれたまえ」
 スポンサー代表のその言葉に、カメラテストもまだなのに、本決まりなのか? それで本当にいいのか? とはルルーシュの内心の声である。
「じゃあ君、早速、ルルーシュ君だったか、彼にメイクと衣装の用意を。このまま撮影に入ってしまおう」
「えっ!?」
 カメラマンのその言葉に誰よりも驚いたのはルルーシュである。
「用意はとうに出来ていたんだよ。ただ肝心のモデルが決まらなかっただけで。だからスポンサーが君でいいというなら何も問題はない。早速撮影だ。さあ、急いで仕度してくれたまえ」
 カメラマンの言葉に、ルルーシュはメイクアーティストと衣装担当者に引っ張られるようにして控室に消えた。
 その間に、スタジオ内が本番撮影用にスタッフたちの手で慌ただしく用意されていく。まるで時間が惜しいかのように。
 実際、スポンサーサイドのスケジュールが押しているのは事実である。本当ならとっくにCM撮影が行われているはずだったのだ。それがここまで伸びたのは、ひたすら彼らのイメージするモデルが見つからなかったからに他ならない。そこにルルーシュの登場である。俄然彼らはやる気になっていた。本人にあまりやる気がなさそうなところから、いっそ無理矢理やらせてしまえと暗黙の了解が為されたようなものである。
 そしてその間にも、ミレイはルルーシュの写真をスポンサーたちに見せていた。それらの写真の中で今回のCMに使えそうなものがあればもっけの幸いと、写真を漁っていたのである。そしてその写真の中には男女逆転祭りの、つまり女装したルルーシュの写真もあったりする。それに気が付いたスポンサー側は、諸手を上げて喜んだ。これでCMの幅も広がると。もちろん、仕事の幅を増やせられるだろうと踏んだジョーもだ。
 やがてそんなことになっているとは知らぬ、メイクを施され、衣装を着替えさせられたルルーシュが登場した。
「何、特別気を張ることはないよ、君は自然体のままでいい。今日のところはとりあえずポスター用の写真を撮るだけだからね」
 特別意識することはないとカメラマンはルルーシュの気を落ちつけようとそう声を掛けた。
 当のルルーシュは別に緊張などはしていない。ただ、あまりの突然の流れに呆然自失状態が続いているだけだ。
 本当にこんなことでいいのか? 今日はカメラテストだけの予定じゃなかったのか? それを受けてやっぱり駄目です無理ですと断るつもりでいたのに。カメラテストもなしにいきなり本番なんて、そんなことあっていいのか? こっちはド素人なんだぞ。ルルーシュの頭の中ではそれらの言葉が渦を巻いている。
 そして腕を組んでカメラマンの横に立っているミレイを見た段階で、ルルーシュは諦めた。
 駄目だ、会長が乗り気だ、断れないと。何故か昔からミレイには頭の上がらないルルーシュである。
 そうしてカメラマンの指示するままに用意されたセットの中、指示されたポーズをとって写真に納まるルルーシュに、スポンサー側は笑みを絶やさない。それだけ彼らのイメージ通りだったのだろう。そして彼らの反応に、誰よりも気を良くしているのは、ルルーシュを見つけて確保したジョー自身である。



 撮影が終わって帰宅したルルーシュにロロは様子を尋ねたが、ルルーシュは言葉を濁すだけだった。その様子に、ロロはカメラテストは上手くいかなかったものと判断したのだが、それが間違いだと気付いたのは一週間後。テストは上手くいかなかったのではなく、テストもなしに、なし崩し的に本番に入ったのだと、ルルーシュはあまりの展開に口にしがたかっただけだったのだ。
 週明けにはTVで流す為のCM撮影があるという。
 機情は完全にしてやられていた、ミレイというアッシュフォード学園の生徒会長という名の女王様と、芸能プロのやり手のマネージャーであるジョー・エルムズによって。
 街に張り出されたポスターに、そしてTVで流されるCMに気付いた機情のメンバーは、いずれも肩を落としていた。後はせめてこのことが本国に、そして何よりも、彼が元第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることがバレないことを祈るのみだ。

── The End




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