処 断




「神よ、人の集合無意識よ! (とき)の歩みを止めないでくれ! それでも俺は明日が欲しい!!」
 ルルーシュの両の瞳が朱に彩られた。
 そしてそのルルーシュの渾身の願を込めた叫びに、祈りに、神はそれを受け入れ応えたのか、神を殺すためのアーカーシャの剣は音を立てて崩れ始め、また、シャルルとマリアンヌの身体は消滅しつつあった。
「そんな! アーカーシャの剣が……!」
「ラグナレクの接続が、儂と兄さんの夢が、朽ちていく……!」
 信じられないというように、消えゆく身体で、シャルルとマリアンヌが叫ぶ。
 思わずルルーシュに掴みかかるシャルルに、ルルーシュは叫んだ。
「消えろっ!!」
「愚か者めがっ! 儂を否定しても、待っているのはシュナイゼルの……」
 しかしシャルルの言葉は最後まで紡がれることなく、彼とマリアンヌの躰は溶けるように消滅した。



 二人が消滅し、崩れ落ちたアーカーシャの剣を見届けたルルーシュは、そこに残っているC.C.に声を掛けた。
「C.C.、おまえもいくのか?」
「死ぬ時くらいは、笑っていてほしいんだろう?」
「そうだったな」
「それより、おまえたちはこれからどうするつもりだ?」
 C.C.は逆にルルーシュとスザクに問い掛けた。
「ああ、ルルーシュはユフィの仇だ!」
 そう告げて、スザクは剣を構えた。
「けれど僕がこの島に来たのは、皇帝を暗殺するため。そうしたらシュナイゼル殿下が皇帝となられ、僕をワンにしてくださることになっている。
 僕はワンになるよ。そしてエリア11を所領として貰い受けて、かつての日本に返すんだ!」
 夢見心地にスザクは語る。だから今は君を見逃してあげるよ、とでもいいたげに。
 これからどのような道を歩むにしろ、三人ともいつまでもCの世界に留まり続けるわけにもいかず、C.C.の導きにより、二人はその世界を後にした。



 スザクはCの世界で宣言したように、シュナイゼルに、正確には自分がしたことではないが、それでもシャルルが弑されたのは紛れもない事実であり、それをルルーシュが名乗り出ることは出来ないだろうと踏んで、予定通り、ランスロットでアヴァロンにいるシュナイゼルの元へと戻っていった。
 それを見送るルルーシュの心境は複雑だった。
 シャルルを弑したのはスザクではなく、そして自分でもない、神だ、人の集合無意識だ。
 神は、果たしてスザクの所業を、これから彼がしようとしていることを認めるのだろうかと。



 アヴァロンに戻ったスザクは、一人、ラウンズのマントを羽織ってシュナイゼルのいるの艦橋に向かった。
 そこにはワンのビスマルク・ヴァルトシュタインもいた。
 一瞬の躊躇いの後、それでもシュナイゼルは己に約束をしてくれたのだから、とシュナイゼルの前に進み出た。
「枢木スザク、ただ今任務を無事に果たし終えて帰還いたしました」
「任務? 君の任務とは何だったかな?」
 シュナイゼルは微笑みを絶やすことなくそう返した。
「! 何を仰るのです、殿下! 僕はシャルル陛下の暗殺を進言しました。そしてそれが成功したら、僕をラウンズのワンにしてくださると、そう仰ったじゃありませんか。そのために、ラウンズのワンを任命するために、ご自分が皇帝になると!」
「おのれこの不忠者が! 陛下を暗殺したなどとよくもいけしゃあしゃあと言ってのける!」
 そうスザクに向けて怒鳴りつけたのは、シュナイゼルと共にいたビスマルクだった。
「シャルル陛下はもう何処にもいらっしゃいません。もちろん、マリアンヌ様も」
「何っ!?」
 シュナイゼルは知らなかったが、彼らの同志であったビスマルクは、マリアンヌの精神がシックスのアーニャの中で生き続けていることを知っていた。
「貴様、何故それを!?」
「シャルル陛下も、マリアンヌ様の精神体も最早存在しません。ラグナレクの接続は失敗に終わったのです。
 シュナイゼル殿下、これからは殿下がブリタニアの皇帝。ならば約束通り、僕をワンにしてください!」
 シュナイゼルは鷹揚に口を開いた。
「マリアンヌ様の精神体ね。一体どうやって殺したというのかな、君は?」
「そ、それは……」
 シュナイゼルのその問いに、スザクは己の失言を悟った。
「……C.C.によって導かれたCの世界で会ったんです。そしてラグナレクの接続という神殺しを企んでいる二人を殺しました」
「この呆気者があ! ラウンズでありながら恐れ多くもお仕えすべき皇帝陛下を弑逆し、その上、シュナイゼル殿下にワンの位を要求するとは、貴様は一体何様のつもりか!」
 叫びながら、ビスマルクは帯びていた剣を抜き放った。
「シュナイゼル殿下! 僕との約束、お忘れですか!?」
 思わず後ずさりながら、スザクはシュナイゼルに向けて叫んだ。
「ラウンズでありながら、主である陛下を弑逆するとは、とてもラウンズとはいえないね。仮に約束が本当のことだったとしても、そんな者をワンに指名したりすれば、今度はいつ私が寝首をかかれるともしれない。そんなこと出来るはずがないだろう。
 ビスマルク、陛下を弑逆した裏切り者に相応しい処罰を」
「殿下!」
「イエス、ユア・ハイネス!」
 避ける間もなく、ビスマルクの剣がスザクの腹部を切った。この時、何故かルルーシュによって掛けられていた「生きろ!」のギアスは効かなかった。故に、スザクはビスマルクの一撃を避けきれなかったのだ。
「くっ!!」
 スザクは思わず膝を付き、左手で切られた腹部を抑えた。
「で、殿下、約束、は……? 嘘を、つかれ、たんです、か……?」
「少なくとも、陛下を殺せといった覚えはないね」
「そ、そんな……」
「ユーフェミアの騎士でありながら、彼女を守ることも出来ずに、いや、せずに、彼女が死ぬや、ゼロを売ってラウンズの地位を得た枢木スザク。陛下は良しとされたようだが、一度忠誠を誓った騎士が、その相手が死んだ途端に、他の者の、ましてや帝国一の騎士たるラウンズになることなど、私には許しがたい。そこにもってきてさらに主を私に変えてワンになろうと? 冗談ではないよ。君は自分を何様だと思っているのかな? ビスマルク、さっさと処分してしまっておくれ」
「御意!」
「シュ、シュナイ、ゼル……」
 悔しそうにその名を呼ぶスザクを無視して、シュナイゼルは副官のカノンと共に艦橋を後にした。
 そして残るはシャルルのワンたるビスマルク。既に深手を負っているスザクが叶う相手ではない。
「裏切り続けの尻軽の騎士が! いいや、貴様は騎士などではない! ラウンズの地位など貴様には不相応に過ぎる! シャルル陛下の仇、討たせてもらう!」
 そう叫び、ビスマルクはスザクに向けて剣を振り下ろした。
「ちがっ……!!」
 最後のスザクの声は、ビスマルクには届かなかった。
 最後の最後になって、スザクはシャルルを殺したのは自分ではなくルルーシュだと、そう言い逃げようとはかったのだが、既に遅かった。ルルーシュによる「生きろ!」のギアスは、最初の一撃の時と同様、全くその効果を発しなかったのだ。あるいはそれが、ルルーシュが懸念した、神がスザクの所業を認めるだろうか、ということの答えだったのかもしれない。
 スザクは自分の理想を追い求めるあまり、狭量になり過ぎ、人の、シュナイゼルの本質を見抜けていなかった。ブリタニアという国を理解していなかった。騎士のなんたるかを分かったつもりで何も分かってはいなかった。
 結果主義にも過程主義にも関係なく、物事の本質に気付くことの出来ないスザクには相応しい末路といえたかもしれない。
 ビスマルクは艦橋にいる乗員の一人に、息絶えたスザクの死体の処理を任せると、シュナイゼルの後を追うようにして艦橋を去った。

── The End




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