殲滅作戦




「えっ!?」
 思わずそう叫んでいたのは扇だった。
 自分は、フジ決戦でルルーシュの指揮するブリタニア軍と、シュナイゼルの指揮するダモクレス陣営の一陣として対していたはずなのに、なのにここは、そう思って扇は周囲を見回した。
 そこにあるのは、記憶の中、既に懐かしい過去のものとなっている、扇グループとして活動していた時の活動拠点だった。
「どういうことだ?」
「扇さん?」
 不安そうな声で扇に呼び掛けたのは井上だった。
 自分はブラック・リベリオンで死んだはずではなかったか。それが何故今ここにいる? その答えを扇は持っているのではないかと、そう思ったのだ。
「どういうことだよ、扇! 俺たちゃフジ決戦でルルーシュの野郎と戦ってたはずだろう! それが何だってこんなとこに戻ってんだよ!?」
「ルルーシュって、誰?」
 思わず扇に向かって叫んだ玉城に、井上が問い掛けた。
「ああ、ルルーシュが誰かって? ゼロに決まってるだろうがよ!」
「ゼロ?」
 目を見開く井上に、同じくその場にいた南が説明した。
「ああ、井上は知らなかったんだな、ブラック・リベリオンで戦死したから。
 ゼロの正体は、ブリタニアの元皇子、宰相シュナイゼルの異母弟(おとうと)のルルーシュだったんだ。そして俺たちは、俺たちを裏切り、ブリタニアの皇帝となったゼロと、ルルーシュとフジで戦っていた」
「わけ分かんないわ、何故ゼロが裏切ってブリタニアの皇帝になったの?」
 眉を寄せ、その場にいるメンバーたちに次々と視線を向けながら井上が問い掛ける。
「フジ決戦の前の、日本奪還のための第2次トウキョウ決戦で、ブリタニアは、フレイヤっていう大量破壊兵器を使ったんだ。それでトウキョウ租界には大きなクレーターが出来て、死傷者の数は3,500万にもおよんだ。もっとも政庁を中心としてたから、被害にあったのは殆どブリタニア人や名誉ブリタニア人だったけど」
「それって変じゃない。それって、自分たちの国民を、租界を犠牲にしたってことじゃない!?」
「疑問はもっともだが、それだけ俺たち黒の騎士団が政庁に迫ってたってことだ、それで奴らもなりふり構わなかったんだろう」
「だが連中、ゼロには通告してたんだよな?」
 玉城が確かめるように問うた。
「連中の言い分ではな。そうしてフレイヤで混乱した中、シュナイゼルが俺たちのところに外交特使としてやって来て、ゼロの正体と、行政特区での虐殺の真実を教えてくれたんだ。
 ゼロはさっき言ったように、ブリタニアの元皇子のルルーシュで、特区での虐殺は、奴が持ってるギアスっていう力でユーフェミアを操ってさせたものだって」
「だから俺たちはゼロを売るかわりに、シュナイゼルに日本の返還を要求した。そしてゼロを呼び出して殺そうとしたところを、どんな技を使ったのか逃げられて、その後、あいつの宣言した内容を事実とするなら、ルルーシュの奴は自分の実の父親であるブリタニア皇帝のシャルルを殺して自ら帝位に就いた。そして、あー、説明すると長くなるな。とにかく色々あって、俺たちは“悪逆皇帝”となったルルーシュを倒すためにシュナイゼルたちと手を組んだんだ。俺の記憶はそこまでだ」
「俺もだ」
「俺も」
「それより、今は一体いつなんだ?」
「ここにいるってことは、少なくともゼロが現れる前だよな。あいつ、現れてすぐに俺たちに本部としてトレーラーを用意して、それからここは使わなくなってたんだから」
「そうだ!」
 思わず叫んで南は懐から携帯を取り出した。そこに表示されてる月日を確認すれば、今日がいつか分かるはずだからだ。
「おお、流石南、よく気が付いた! で、今日は何日だ?」
「……例の、毒ガスポッドを奪った日だ」
「だからカレンたちがいないのか」
「って、それじゃあ、クロヴィスがルルーシュの奴に殺される日じゃねぇか」
「なら、少なくとも今日のところは静観してた方がいいんじゃないか?」
「けど、その後にやって来るのはコーネリアだぞ。クロヴィスより相手が悪い」
「そういえばそうか……」
「それより、これからクロヴィスによるシンジュクゲットー掃討作戦が開始されるはずだ、その前にどうにかしないと」
「それはルルーシュの奴が用意してくれるだろうKMFを手に入れてからでもいいんじゃないか。どうせなら利用出来るところは利用した方がいい!」
 あくまで自分たちの都合のいいように、扇はそう説明した。そう、少なくともこの段階では、ルルーシュは自分たちにKMFと本部となるトレーラーを用意してくれたスポンサーだったのだから。



 その頃、政庁ではポッドが奪われたことを知って、シンジュクゲットーに対して掃討作戦を行おうとしていた総督のクロヴィスを、彼の異母弟でもある副総督が止めていた。
「そのような効率の悪いことをする必要はありませんよ、異母兄上(あにうえ)
「しかし……」
「要は、ポッドを奪った連中をはじめとするテロリストだけを殲滅すればいいのです」
「何か方法があるのか?」
「この日のために、私の配下を使ってシンジュクを根城にしているテロリストたちをあぶりだしておきました、もちろん本拠地としている場所も含めて」
「本当かい?」
「ええ」彼は頷いた。「これから先の軍への指揮、お任せいただけますか?」
「間違いなく連中を殲滅出来るんだね?」
「はい」
 クロヴィスの確認のための問い掛けに、彼は一言そう答えて頷いた。
「なら任せるよ。君がそう言う以上、間違いもないだろう」
「では、そのように」
 総督であるクロヴィスの異母弟、このエリア11副総督の第11皇子ルルーシュは、クロヴィスに対して一礼すると広間を出ていった。そんな異母弟をクロヴィスは頼もしげに見送る。
 それはクロヴィスだけではない。二人の遣り取りを見ていた、その場にいた他の貴族たちも同様だ。彼らは皆、母親譲りの漆黒の髪と、常に身に纏っている黒の衣装から“黒の皇子”と呼ばれているルルーシュの才能を認めていた。彼が自ら動くとなれば、少なくともシンジュクを根城にしているテロリストたちが、明日の日の出を拝むことは出来ないと、彼らは承知していた。
 G1ベースに入ったルルーシュは、バトレー将軍や、純血派のジェレミア・ゴットバルトを艦橋に呼び寄せた。
 作戦テーブルの上に、シンジュクゲットーの地図を広げる。その中には数ヵ所、赤い印が付けられていた。
「無暗にあちこちを攻撃して()らぬ犠牲を出す必要はない。最小限の犠牲で最大の効果を。
 この赤で記したところが、シンジュクにいるテロリストたちの本拠地だ。例の奪われたポッドもその中の何処かに運ばれた、あるいは運ばれるはず。
 今日を機に、シンジュクゲットーにいるテロリスト共を殲滅する。直ちに軍を出撃させよ」
「「イエス、ユア・ハイネス」」
 バトレーとジェレミアは、ルルーシュによって示された場所を改めて確認し、軍を出動させるべく動き出した。
「例のポッド、テロリストに奪われたのは厄介だが、攻撃を加えても何ら問題はあるまい。何せ中にあるのは毒ガスではなく、不老不死の魔女なのだから」
 そう呟いて、ルルーシュは不敵な笑みを浮かべた。



 自分たちの都合だけを考えてルルーシュからのKMFの差し入れを待っていた扇グループだったが、彼らは他のテロリストと同様、軍の集中攻撃を浴びて一人残らず殺されてしまった。一人KMFで出ていたカレンも、本部が攻撃されているとの報告に慌てて戻ったが、ジェレミアの騎乗するサザーランドの餌食となった。技量は互角といっても良かったが、機体性能の差が有り過ぎたのだ。
 そして彼ら扇グループは、誰一人として最期まで気付かなかった。少なくともこの時点では彼らの味方だったはずの、そう思っていたルルーシュがこのエリア11の副総督と言う地位にあり、今回の作戦の総指揮を執っていたことに。なんら確認することなく、ただ待っていればKMFが手に入るとばかり思っていた自分たちの思い違いに。
 その日の作戦によって、ルルーシュが明言した通り、シンジュクを根城とするテロリストは一掃された。彼が告げたように、最小限の犠牲で最大の効果を上げたのである。これにより、ルルーシュの皇位継承権はまた上がるだろう。
 マリアンヌを敬愛しているジェレミアは、総督のクロヴィスに対してよりも、彼女の息子であるルルーシュへの忠信が篤い。いつの日か、彼を己の騎士として任ずるのもいいか、そう思いながら、G1ベースの指揮官席で、ルルーシュはその日の成果に満足そうな笑みを浮かべるのだった。

── The End




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