恩 讐




“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロによって弑された後、処刑台に磔になっていた者たちは解放された。その中にかつてブリタニア皇帝シャルルの元でナイト・オブ・ラウンズのスリーであったジノ・ヴァインベルグの姿もあった。
 解放された後、周囲が落ち着くのを待ち、一年程して、ジノはブリタニアに帰国した。カレンなどからは、このまま日本にいればいいのに、などと言われたが、それでも祖国にいる家族や親族がどうなっているか気にかかっていたこともあり、ジノはカレンの言葉を振り切って帰国した。
 帝都ペンドラゴンは既にない。フレイヤの投下によって消滅してしまっている。現在のブリタニアの新首都は、ヴラニクスだ。ヴラニクスには、元々親族がそこに住んでいたこともあり、ジノは、その家を訪ねれば家族のことも分かるだろうと簡単に考えていた。
 そしてそうしたのだ。
 だがそこで待っていたのはジノにとっては驚くべき事実だった。
 その家を訪ねたジノを待っていたのは、罵りの声だった。
「今頃になって、何を考えて戻って来た!」
「叔父上、確かに戻って来るのは遅くなってしまいましたが、混乱が落ち着いてからと思っていたためで、決して悪気があったわけではありません」
「何を言っておる! 家族や親族を、ペンドラゴンに住む者たちを虐殺した連中に組しておいて、何をのこのこと、ようも顔を出せたものだ!!」
「えっ!?」
 叔父の言葉に、ジノは一瞬呆気にとられた。
「ペンドラゴン、虐殺って、だって、ペンドラゴンには避難勧告が出ていたと……。だから私は、家族は叔父上のところにでも来たのではないかとそう思って……」
「避難勧告じゃと? そんなもん、出てなんぞおらんかった。皆、何も分からんうちに殺された。それをおまえは何をしておった! 家族を、親族を殺した連中に! 自国の帝都を滅ぼした連中に組して! それの何処に正義がある!! 言ってみろ!」
 叔父の自分を責める声に、ジノは狼狽えた。
 ジノは本当に信じていたのだ、ペンドラゴンには避難勧告が出ていたと。
 何よりもシュナイゼルがそう言い、シュナイゼルが第99代皇帝として担ぎあげたナナリーは、避難勧告が出ているというその一言に、ペンドラゴンへのフレイヤの投下を容認したのだから。
 だから家族と連絡が取れないのも、流石に慌てての避難だったことと、その規模から国内が混乱しているためと、そう思っていた、信じていた。
 確かにルルーシュが登極した後、億に近い人々が惨殺されているが、それらは全て皇帝ルルーシュに逆らったとして大した咎もなく殺された人々であり、ペンドラゴンの被災者は、いたとしても決して多くはなかったはずだとジノは信じていたのだ。
 現に合衆国ブリタニアとなった母国の代表であるナナリーからは、その点については何の表明もない。
 それがペンドラゴンに避難勧告など出ておらず、皆死んだと? ならばルルーシュが虐殺したとされる人々は何処から来たのだ。何処にいた人々だというのだ。数が合わないではないか。
「何をさっきから黙っておる! 言いたいことがあれば言ってみろと申しておろうが! この親不孝者が! 親を殺し、兄たちを殺し、親族を殺し、何の罪もない民衆まで虐殺した連中の仲間だったおまえに言える言葉があるというなら言うてみろ!」
「お、叔父上……、本当なのですか、本当に、ペンドラゴンに避難勧告は出ていなかったんですか?」
「何度も同じことを言わせるな! おまえの両親も、兄たちも、ペンドラゴンにいた者たちは皆、フレイヤによって焼かれた、一瞬のうちに消滅させられたんじゃ!」
「そ、そんな……」
 ジノは思わずよろめいた。
 では、自分がしたことは一体何だったのかとジノは振り返る。
 黒の騎士団と共にナナリーをこそ皇帝とするダモクレス陣営の一端として、先帝シャルルを弑した“悪逆皇帝”ルルーシュと戦う、それだけだったはずだ。
 だが叔父の言う言葉が事実ならば、シュナイゼルは、ナナリーは嘘をついていたことになる。シュナイゼルたちこそがルルーシュが虐殺したとされる人数を、ペンドラゴンを吹き飛ばすことで一瞬のうちに葬り去った大虐殺者だ。そして自分はその仲間だった。
 シャルル皇帝を弑したルルーシュを許せないと、ワンであったビスマルクたちと共にスザクと戦って敗れたジノは、黒の騎士団に身を寄せた。何故なら、黒の騎士団はルルーシュを“悪逆皇帝”として、決して許してはいけない存在だと認めていたからだ。だからジノは黒の騎士団に、ひいてはダモクレス陣営に身を置いたのだ。
 しかしそもそものその前提が間違っていたのだとしたら。
「何も言うことがないならさっさと立ち去れ! おまえなどが身内と知れたらそれこそ我が家の恥だ!」
 答えるべき言葉が見つからないジノに対して、彼の叔父は思い切り扉を閉めてジノを追いたてた。
 暫くその屋敷の前に立ち尽くしていたジノだったが、やがてヨタヨタと歩き出した。これまでのことを、シャルルが弑されてからのことを改めて考えながら。



 ルルーシュはゼロによって殺された。
 だがその前に、ゼロは第2次トウキョウ決戦の折りに戦死していたはずだ。
 ならばあのルルーシュを殺したゼロは、現在存在しているゼロは何者だ。そして彼は何故(なにゆえ)にシュナイゼルをブレーンとして置いている。
 数々の疑問が浮かび上がってくる。
 ジノはふいに思いついたかのように携帯を取り出し、あるナンバーを押した。それは紅月カレンのものだった。
『はい』
「カレンか? 私だ、分かるか」
『ジノ? どうしたの、今頃』
「教えてほしいことがあって電話した」
『何? 私で分かることならいいけど』
「……ゼロは何者なんだ?」
『……悪いけど、それは私にも分からないわ。きっと誰も分からない。でも以前の、第2次トウキョウ決戦までのゼロは、ルルーシュよ』
「なんだって!? 本当なのか!?」
『ええ、本当よ。貴方には信じられないかもしれないけれど』
「そんな馬鹿な……」
 それでは、ゼロがゼロに殺されたことになるではないか。
 そして叔父から教えられた事実と公表されている事実との差、これは何だ。
『ジノ、ジノ? 大丈夫、どうしたの?』
 ジノはカレンのその声が耳障りに思えて携帯を切ってしまった。
 ゼロはルルーシュだった。ならば黒の騎士団はかつての自分たちの指導者を相手に戦っていたことになる。それは裏切りではないのか。
 ルルーシュが虐殺したとされる人数と、叔父のいう通りならペンドラゴンでフレイヤによって虐殺されたはずの人数の不気味な一致。これは何を意味するのか。
 そしてかつてゼロであったルルーシュを殺した現在のゼロ。ルルーシュを手に掛けた時のゼロの動きに、今になって既視感を覚えていた。あれは、スザクだ。ダモクレスで死んだとされた枢木スザク。だがスザクは本当に死んだのか、誰もその死体を確認してはいない。ただブリタニア側からそう公表があっただけだ。
 つまり、もし今のゼロがスザクだったと仮定したなら、あのルルーシュの死は全て仕組まれていた茶番ということになる。
 そしてその結果、利益を得たのは誰だ?
 超合集国連合とその外部機関である黒の騎士団、そして誰よりも、現在のブリタニアの代表であるナナリーということになる。
 自分は何のために何と戦っていたのだ、自分は果たして正しかったのか。正義は何処にあったのか。
「ルルーシュ先輩、私は……」
 思わず、過去の記憶の中、トウキョウ租界のアッシュフォード学園の生徒会で副会長をしていたルルーシュを思い出し、その名を言葉に出していた。
 考えてみれば、あのルルーシュが悪逆皇帝などであるはずがない。あれ程に似合わない人はいない。ゼロとして、確かに何度も奸計を用いただろうが、全て対ブリタニアのためだった。
 皇帝となったルルーシュはそれまでのブリタニアを内側から壊したのだ。結局、あの人は皇帝となっても、シャルル時代のブリタニアと対していたのだ。それの行きついた先があのフジ決戦だったのだ。
 そしてその戦いの中でダモクレス陣営に組していた自分は、明らかに旧ブリタニア側の人間だった。決して現在の合衆国ブリタニアに組する人間ではない。
 自分には現在のブリタニアにいるべき場所はない。ペンドラゴンを消滅させた陣営に身を置いていた自分がいていい場所じゃない。



 辿りついた答え、現在のナナリーの演じている茶番を考えた時、ジノは自然と空港へと足を向けていた。ブリタニアから去るために。誰も自分を知る人間のいないところへ行くために。

── The End




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