迎 え




 トウキョウ租界にある私立アッシュフォード学園の学園祭、そこで、己の騎士である枢木スザクの騎乗する第3世代KMFガニメデの手の上で、副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアは宣言した。
「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、フジサン周辺に“行政特区日本”を設立することを宣言いたします」
 胸を張り、特区はこんなに素晴らしいものなのだと、己を取り囲む人々に熱弁を振るうユーフェミア。
 その姿を、ルルーシュとその妹であるナナリーは、学園祭用に臨時に設けられた仮説小屋の中で失望の内に見、そして聞いていた。
 ことにルルーシュの落胆は激しい。
 黒の騎士団の指令、ゼロとして、彼はシンジュクゲットーに合衆国日本と言う独立国を()ち上げようとしていた矢先であるだけになおさらである。先手を取られた、それが正直な感想であろうか。



 黒の騎士団の中でも、意見は二つに別れた。
 扇をはじめとした、特区に参加しようという者たち。それに対し、これはブリタニアの罠であるとして参加は見合わせるべきだとする者たち。
 ゼロはまだ答えを出さず、黒の騎士団員たちの意見を聞くに留めている。
 しかし、ブリタニア側から手を差し伸べられた案件。それを無下に断るということは狭量と取られる。しかし参加するということは、武力を取り上げられる、つまり武装解除させられるということだ。
 参加を求める者たちも、それを否定する者たちも、それを理解しているのだろうかと、ルルーシュは疑問に思う。



 特区の整備が進められ、イレブンに対して特区への参加を呼び掛けるブリタニアの広報が響く中、ある日、クラブハウスの居住区の玄関に、護衛用の車に前後を挟まれた1台の高級なリムジンが乗りつけられた。
 そこから降り立ったのは、ブリタニアの帝国宰相であり第2皇子のシュナイゼル・エル・ブリタニアである。
 それに気付いたルルーシュは蒼褪めた。
 わざわざシュナイゼルが一エリアの、しかもただの学園のクラブハウスに用もなくやって来ることなどありえない。彼は気付いているのだ、自分たちがここにいることに。気付いて迎えにやって来たのだと、そうルルーシュは思った。
 応対に出た咲世子は、シュナイゼルと彼に付き従って来た副官のカノンを応接室に通すと、ルルーシュの部屋を訪った。
「ルルーシュ様、シュナイゼル殿下が是非お目にかかりたいとお見えですが、如何なされますか?」
 咲世子はミレイからルルーシュたちの世話を指示された後、彼女なりにルルーシュたちの身元を調べた。ただのブリタニア人に、いくら妹の身体が障害を抱えているとはいえ、寮ではなくクラブハウスに住まわせ、名誉である自分を世話役としてつけるなど考えられないと思ってのことである。
 理由は程なく知れた。アッシュフォード家が匿っている、死んだとされている元皇族。それがルルーシュとナナリーの二人なのだと。彼らはブリタニアの皇族でありながら、そのブリタニアから、父である皇帝から捨てられた存在なのだと。それからは、咲世子は懸命に二人の世話をしてきた。同じブリタニア人であっても、彼らはそのブリタニアから捨てられた存在、弱者であり、イレブンとなった日本人たちと変わらない、いや、ブリタニア人であるだけに、元皇族という立場で隠れ暮らしている以上、その存在は自分たち以上に悲惨なものだと思われた。
 そこに第2皇子シュナイゼルの訪問である。ルルーシュたちの身元を承知している咲世子であれば、彼がやって来た理由は直ぐに察せられた。
「……」
 当初は黙って考え込んでいたルルーシュは、どちらにしろもう全ては手遅れと諦めたのか、決意したように「直ぐに行く」と咲世子に告げた。
 そうなれば咲世子がすべきは、来客であるシュナイゼルたちと、主であるルルーシュのための茶の準備をすることくらいだ。
 自室を出て応接室の扉を前に、それでもルルーシュは一瞬躊躇いを見せ、けれど覚悟を決めたようにノックをするとその扉を開けた。
「やあ、ルルーシュ」
 ルルーシュが応接室に足を踏み入れての第一声は、シュナイゼルの、そのあまりにも軽い呼び掛けだった。
「わざわざ宰相閣下自ら一エリアに、しかもただの学園によくいらっしゃいましたね、異母兄上(あにうえ)
 誤魔化すことは無理がある、無駄であると既に悟っているルルーシュは、己がシュナイゼルの異母弟(おとうと)のルルーシュであることを隠そうとはしなかった。
「大切な異母弟の迎えだ、私自ら足を運んだとて不思議はないだろう?」
 室内を進み、シュナイゼルの前のソファに腰を降ろしたルルーシュは柳眉を寄せた。
「迎え? そうしてまた別の国に人質として赴けとでも?」
 皇室に見つかれば、自分たちに待っているのは新たに別の国に人質として送られるか、よくて飼い殺し、最悪殺されるか、そのどれかしかあるまいとルルーシュはそう考えていた。
「そんな愚かな真似はしないよ。君は優秀だからね、何せあのコーネリアを手古摺らせる程だ」
「!」
 シュナイゼルのその言葉に、ルルーシュは目を見開いた。
 そこでノックがされて、シュナイゼルは開こうとしていた口を閉じた。咲世子がルルーシュと来客のために紅茶を淹れて持って来たのだ。咲世子は紅茶を彼らの前に置き、何を告げるでもなく一礼をして立ち去った。
 しかし彼女は気配を消して、万一の時は己の身を挺してもルルーシュを守るべく、応接室の扉の前に立ち、中の様子を窺っていた。
 咲世子の気配がなくなって、シュナイゼルは改めて口を開いた。
「君がゼロだということは調べは付いている。ゼロである君の目的は、このエリア、すなわち日本の解放ではなく、ブリタニアの破壊、だろう?」
 ルルーシュはシュナイゼルの言葉に目を細めて睨み付けた。
「そこまで知っていて、迎え、ですか?」
「ユーフェミアが愚かなことを言いだしたからね。さぞや君が困っているだろうと思ったんだよ。
 そして君が望んでいることをしようとするなら、外からではなく内からの方がやりやすい。だからね、今日は私は君をスカウトに来たんだよ。私の補佐にならないかと」
「……貴方の、補佐……?」
 想定外のシュナイゼルの申し入れに、ルルーシュは呆然とした。
 当然だろう、ルルーシュがテロリストとして母国に反逆しているのを承知で、己の元に迎え入れようというのだ、シュナイゼルは。
「熟れ過ぎた実は中から膿んでいく、それが今のブリタニアだ。改革するなら今しかない。幸いというべきか、皇帝陛下は政を俗事と言い放って全て私に丸投げの状態でね。だから君のことくらいどうとでも出来る立場だ。どうだい、帰る気にはならないかい? 今なら君の望むように、ブリタニアに変革を齎していく道を取ることが出来るよ」
 何処までも微笑みながらそう告げるシュナイゼルの真意を、ルルーシュは疑った。
「本気、なんですか?」
 疑われているのだと気付いたのだろう、シュナイゼルは困ったような表情を浮かべた。
「もちろん本気だよ。それに小さい頃の君は、大きくなったら私の補佐をしてくれると言っていたじゃないか。その約束を果たしてくれる気はないのかい?」
 まだルルーシュたちが皇室にいた頃、彼はシュナイゼルとチェスを通して交流があった。そして、確かにいつか大きくなったらこの兄の役に立つようになりたいと、そう思える程の好意を持っていた。
 しかし、かつてと今とでは状況があまりにも違い過ぎる。
 帝国宰相であるシュナイゼルと、一般庶民の振りをしているとはいえ、その実ブリタニアに対するエリア11最大のテロ組織である黒の騎士団の指令たるゼロである己。
 しかし同時に、今のルルーシュはユーフェミアの“行政特区日本”設立発言に、身動きが取れなくなっている。
「君にとって、決して悪い話ではないと思うけどね。君が戻って来るなら、ナナリーに対しても最高の治療を約束しよう」
「……」
 ルルーシュは唇を噛みしめた。
 その様子を見たシュナイゼルは、テーブルに一枚のメモを置いた。
「今すぐに答えを、というのは流石に無理だろう。決心がついたらそこに連絡してきなさい」
 そう告げて、シュナイゼルは立ち上がった。
 応接室の外では、その気配に咲世子は急いでその場を去った。
 そうしてシュナイゼルは副官のカノンを連れて、そのままクラブハウスを立ち去っていった。
 ルルーシュはそんなシュナイゼルを見送ることもせず、ソファに腰掛けたままだ。そこへノックがあって、「咲世子です、よろしいですか」との声に、ルルーシュは諾と答えた。
「……ルルーシュ様がゼロでいらしたのですね」
 咲世子のその言葉に、ルルーシュは一瞬驚いた表情を浮かべた。そうして思い出す、彼女が忍びであったことを。
「聞いていたのか」
「はい。申し訳ないとは思ったのですが、ルルーシュ様の身に万一のことがあってはと思いまして」
「それで、聞いていた感想はどうだ? シュナイゼルは本気だと思うか?」
「私の感想でしたら、そうだと申し上げます。偽りは感じられませんでした」
「咲世子さんは、ゼロとしての俺をどう思っている?」
「私も、黒の騎士団の団員です」
「咲世子さんが!?」
「はい」咲世子は頷いた。「ディートハルト氏の下で働いております。ディートハルト氏は、ゼロであるルルーシュ様に対しても私のことを隠していらっしゃるようですが」
「……確かに聞いていない」
 一つ溜息を吐きながら、ルルーシュはそう零した。
「現状、ユーフェミア副総督の“行政特区日本”の政策が進められている以上、このままでは黒の騎士団に未来はありません。ならばシュナイゼル殿下の仰ることに乗ってみられるのも一つの手ではないかと、私は愚考いたします」
 咲世子はルルーシュが心を許している数少ない人間の一人だ。その人物の持つ言葉には重みがある。ましてや彼女は黒の騎士団の団員でもあるというのだから。
「外から変えるか、内から変えるか、の差か」
「ブリタニア程の大国となれば、外からよりも内からの方が余程やりやすいと考えます」
「……そう、だな……」
 呟くように言いながら、ルルーシュはシュナイゼルが置いていったメモを手に取り、ナナリーに話をすべく立ち上がった。

── The End




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