続・兄 弟




 それは枢木スザクがアッシュフォード学園に復学し、お祭り好きのミレイが、スザク復学記念祝賀会を催した夜のことだった。
 もう寝ようかという直前に、ルルーシュがロロに尋ねたのだ。
「なあ、俺たちにナナリーなんて妹、いなかったよな?」
「え? な、何のこと?」
「いや、スザクがな」
 そういって、ルルーシュはロロに話し始めた。
 祝賀会の終盤、会場を抜け出した屋上で、スザクがこのエリア11に総督として赴任して来る第6皇女ナナリーに携帯を繋ぎ、ルルーシュに手渡してきたこと、そしてその相手である皇女が、自分を「お兄さま」と呼び掛けてきたことを。
「けど、俺にとって兄弟は弟のおまえだけで妹なんていなかっただろう?」
 母親の違う姉妹はとりあえずおいておくとして── とは、ルルーシュの心の声である。このクラブハウス内には至るところに隠しカメラや盗聴器が仕掛けられている。ヘタなことは口に出来ない。しかし妹がいないというのは紛れもない事実なのだから、口にしても支障はないだろうと思ってのロロへの問い掛けだった。
 枢木、余計なことを!── そう思いながらも、ロロは多少ぎこちなくはあったが笑みを浮かべながら答えた。
「きっと何か勘違いか人違いしてるんだよ、だって兄さんには弟の僕だけで、妹なんていなかったもの」
 ロロは、実は既にルルーシュが記憶を取り戻しているのを、そしてゼロとして復活したことを知っている。ところが何故か一点だけ、何が原因か分からないが、妹のナナリーの記憶だけが抜け落ちているのだ。そしてそのナナリーの位置にはロロがいる。
 ロロは、それなら兄さんにとって自分が唯一の弟であることに変わらないからそれでいいや、という気持ちになっている。
 この一年の間に、ルルーシュから与えられた愛情に、ロロはすっかり絆されていた。
 ルルーシュがゼロとして復活したのは確かに機密情報局── 機情── の関係者── 正確にいえば自分は暗殺者だが── としてはまずいかもしれないが、兄の愛情が独占出来るなら、最早ロロには何の問題もなかった。
 ただそんな姑息な真似をするスザクに対して思わず殺意を覚えたが。
「そうだよな。きっと人違いしてるだけだよな。スザクも何勘違いしてるんだか」
 それから「じゃあ、今夜はこれでおやすみ」といってルルーシュは自室に入っていった。
「おやすみなさい、兄さん」
 そう答えてルルーシュと笑って別れたロロだったが、自室に戻ると急いでスザクの携帯に通話を入れた。
 相手は直ぐに出た、
「枢木卿、余計な真似は止めてください! 兄さんに()らぬ混乱を招くだけでしょう。それでもし記憶が戻ったりしたらどうするつもりなんですか!?」
 あくまでルルーシュには記憶は戻っていないのだからと、ロロは捲し立てた。
『しかしゼロが復活したじゃないか。ルルーシュ以外には考えられない。だから念のために確認をと……』
「それが余計な真似だと言ってるんです! 兄さんの兄弟は弟の僕だけで、妹なんていないんですから、余計な情報を与えないでください! いいですね!」
 相手は臣下としては帝国一のラウンズであるにもかかわらず、ロロは言いたいことだけを叫ぶように言い放つとさっさと携帯を切ってしまった。



 そして第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの総督就任式──
 ナナリーはかつての副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアの提唱した“行政特区日本”を再建すると就任宣言の中で公言した。
 慌てたのは、そのようなことは何一つ聞かされていなかった、スザクを含む周囲の人間たちであった。
 しかし総督が公の場で公言したことを翻すことは出来ず、周囲は心ならずも特区再建に向けて動き出していた。
 そんな中で懸念されたのは黒の騎士団、その指令であるゼロの動向である。
 ゼロは今回の特区に協力すると通達してきていた。果たしてその心境は如何なるものなのか。
 そこでスザクは思う。
 やはりゼロはルルーシュで、妹のナナリーと争うのを避けるために特区に協力するといってきているのではないかと。その思いからスザクは機情に出向いた。
「本当にゼロは特区に協力するつもりなのか?」
「そのようなこと、我々に分かるわけがありません。我々が監視しているゼロ、ルルーシュ・ランペルージには至って変わったところはなく、記憶も戻っていないのですから」
「兄さんにとって兄弟は弟の僕だけで、ナナリーなんて妹はいないんですよ。前にも言いましたけど、余計なことをして記憶を呼び覚ますようなことは止めてくださいませんか」
「ルルーシュは本当に思い出していないのか?」
 スザクはあくまでもゼロはルルーシュに違いないと、執拗に食い下がる。
「しつこいですよ、枢木卿」
 ロロは思わず溜息を零した。
「何かあればきちんと報告する。余計な手出しは止めて、そちらはそちらの職務に励むべきだろう、枢木卿」
 余計な嘴を入れられて、ヴィレッタも多少頭にきたのか、冷たく言い放った。
 その言葉にスザクはこれ以上ここにいても新たな情報は得られないと悟ったのか、機情の本部を後にした。
 ドアが閉まり気配がなくなったのを確認してから、ヴィレッタはロロに確認した。
「本当にルルーシュは未だにおまえのことを本当の弟だと思っているのか?」
「ええ。ナナリーのこと、首を傾げてますよ。自分に妹はいないはずなのに、何故新総督が“ヴィ”のミドルネームを名乗っているのか」
「そうか。不思議なこともあるものだな。他の記憶はきちんと戻っているのだろう?」
「ええ。もしかしたら、ナナリーは兄さんにとって心底では負担以外のなにものでもなくて、それで無意識のうちに、自分の中から除外してしまっているのかもしれませんね。あくまで僕の推測ですから、本当のところは分かりませんけど」
「まあいい。とにかく枢木卿にルルーシュの記憶が戻っていることが気付かれなければ問題はない。そこだけはおまえが注意してくれ」
「僕が注意しなくても兄さんが注意してるから大丈夫でしょう」



“行政特区日本”は失敗した。
 ゼロの国外追放を条件とした特区は、ゼロと化した100万人の日本人を合法的に出国させることになってしまったのだ。後には誰も残らなかった。
 ルルーシュは考えた挙句、特区の政策を逆手にとったのだ。100万人の日本人を合法的に出国させるために、ゼロの国外追放という条件をブリタニア側に呑ませ、そうして出国させた日本人たちによって、中華連邦からの借地とはいえ、合衆国日本という名の独立国を建国してしまった。
 それはブリタニアからは認められていなかったが、ブリタニア一国が認めないからといって、日本側が名乗り、そして他国がそれを認めれば、合衆国日本はたとえ借地の弱小国家といえど、一つの国家として世界からは認められた存在になるのだ。
 そうしてルルーシュの計画はさらにその先にある。
 今回の合衆国日本の建国、そしてそれに協力してくれた中華連邦を利用し、さらにはブリタニアと敵対している他の国々も巻き込んで、一大勢力にしてしまうという計画だ。
 一弱小国家に過ぎない日本だけが相手をするにはブリタニアは巨大すぎる。しかしブリタニアと敵対する他の国々が集まって一つの組織を創れば、それは十分にブリタニアに対することが出来る存在となる。そこまでくればブリタニアとてタカをくくってはいられまい。
 そのために、第一歩としてルルーシュはエリア11総督ナナリー皇女の宣言した特区を利用したのだ。
 しかしスザクはルルーシュの記憶は戻っていて、あのゼロはやはりナナリーと対峙することを拒否したのに過ぎないと思い込んでいる。
 思い込みという点では、ルルーシュも自分にはナナリーなどという妹はおらず、最初からロロという弟しかいないと思い込んでいるので、ある意味、スザクと同じではあるのだが。
 いずれにしろ、ルルーシュはエリア11、すなわち日本だけではない、世界を巻き込んだ壮大な計画を実行に移しつつある。
 ルルーシュの記憶に拘るスザクは、未だそのルルーシュの計画には微塵も気付いていない。

── The End




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