神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンの一角にその三姉妹は住んでいた。両親は既に他界して、両親の遺してくれた僅かばかりの貯蓄と、長女の働きがその家計を賄っていた。
そしてある夜、三姉妹は、似て非なる夢を見た。
その夢の中、三姉妹は皇族だった。
長女のコーネリアは“ブリタニアの魔女”とも呼ばれている第2皇女、次女のユーフェミアはその実の妹で第3皇女、三女のナナリーは、母を異とする異母妹で、第6皇女。
コーネリアはエリア11に総督として、妹のユーフェミアを副総督として伴って着任していた。その頃のナナリーは、母である第5皇妃マリアンヌの死去により、その七年余り前に、当時のエリア11となる前の日本に、母を同じくする兄のルルーシュと共に送られていた。その頃のナナリーは足を撃たれてその機能は麻痺し、ショックから失明状態にあった。車椅子がなければ動くことすら満足に出来ぬ状態だった。
翌日、幸い休日であったこともあって、三人は互いに見た夢のことを話していた。
そして互いの夢を照らし合わせ、疑問に思う。もしかして自分たちは本当に元は皇族だったのではないか。そして何らかの方法で過去を遣り直しさせられているのいではないだろうかと。
ちなみに現在の皇室の状態はといえば、彼女たちが関係した中では、コーネリアとユーフェミアが生まれたリ家のアダレイド皇妃には、クリスチャンという第15皇子がいるのみ。ヴィ家の皇妃のマリアンヌは存命で、第11皇子のルルーシュと第14皇子のロロがいる。ついでにコーネリアに変わって常勝将軍の名をほしいままにしているのは第7皇子のクレメントだ。
おかしな夢もあったものだと思う一方で、それが真実であったなら、今の自分たちはどうしてこんな目にあっているのかと思う。
夢で見たその記憶の中、ユーフェミアは仮面のテロリスト“ゼロ”によって、彼女が提唱した“行政特区日本”の式典会場で虐殺を働いた後に殺された。
ナナリーはヴィ家の後見であったアッシュフォード家に兄のルルーシュと共に匿われ、一般庶民として暮らしていた。
あまりにも現在の自分たちとは雲泥の差だ。皇族など雲の上の存在もいいところなのに、何故そんな夢を見たのかと不思議に思いながらも、結局は三人とも日常の生活に追われる日々に戻っていった。
だが夢に見た皇族という地位、身分、それに相応しい待遇を受けていた記憶が、その後の彼女たちの暮らしに影を落としていく。
ヘタに夢見てしまった分、そしてその夢の中、誰もが自分たちにかしづいていた記憶に、彼女たちは変にプライドを刺激されていた。
こんなのは私たちじゃない、私たちは皇族で、誰もを従えてもっといい暮らしをしていたはず、出来るはずと。
ここだけは夢と変わらない天真爛漫さを持ったユーフェミアは、一度宮内省に行って確かめてきましょうよ、もしかしたら何かの間違いで、私たちは本当に皇族なのかもしれないわ、とそう言った。そしてもしそうなら、こんな貧乏くさい生活からはおさらば出来るのよ、行くだけ行ってみましょうよ。そう提案するユーフェミアに、妹を溺愛しているコーネリアは、それが事実ならば確かめてみる価値はあると思ってしまった。現在の自分たちの親が、既に他界しているとはいえ、紛れもなく存在していたのに、そのことを忘れて。
そして翌日、ユーフェミアは己の提案を実行に移してしまった。即断即決は変わりはないというところか。
そしてもちろん、宮内省から何をトチ狂った馬鹿なことを言っていると追い払われたのはいうまでもない。
皇室では、皇帝シャルルが弱肉強食を謳い、兄弟姉妹間の争いを奨励しながらも、実際的には、一部ではあるが兄弟姉妹の仲は大変よろしいといっていい。
第3皇女のカリーヌとロロ、そしてクリスチャンは、揃って第11皇子ルルーシュに憧れていて、彼らは三人で集まっては楽しそうにじゃれ合っていた。
そんな三人を優しく見守るルルーシュと、たまに訪れる異母兄たち。
そんな彼らには、ルルーシュには秘密にしている共通の事項がある。
彼らは夢を共有していた。
その夢の中で、ルルーシュは母マリアンヌを殺され、今はいない妹のナナリーと共に日本に送られて、そこでブリタニアの侵攻を受け、自分たちを死んだことにして母の後見だったアッシュフォード家に救われ、偽りのIDを得て一般庶民として暮らしながら、祖国に反逆するテロリストとなっていた。
そして第3皇子クロヴィスを殺し、第3皇女ユーフェミアを殺し、けれどユーフェミアの騎士に捕まって皇帝に売られ、皇帝直属の機密情報局による24時間の監視を受けていた。その時に偽りの弟という立場を与えられたのがロロだ。
ちなみにユーフェミアはクリスチャンの姉で、さらに姉はもう一人、現在のクレメントに変わり常勝将軍として“ブリタニアの魔女”の名をほしいままにしていた、ユーフェミアを溺愛していたコーネリアがいた。
そしてゼロとなったルルーシュは、父シャルルを弑して皇帝となり、“悪逆皇帝”として、“ゼロ・レクイエム”と呼ばれる計画の下、ユーフェミアの騎士だった、ゼロに成り代わった枢木スザクによって殺された。
あの優しいルルーシュが、そんな“悪逆皇帝”なんかになるはずないのに。
それが彼ら兄弟姉妹の共通の認識だ。もしそんなことになるようだったら、何としても阻止しようと彼らは決めていた。それにはまずはマリアンヌ様の存命だよね、というのもまた共通認識となっている。
そして今日もまたルルーシュが見守る中でじゃれ合っている最中、ふとクリスチャンが口にした。
「僕たちみたいに、コーネリアやユーフェミア、ナナリーも何処かにいるんでしょうか? そして同じように記憶を持ってたりしないでしょうか?」
「そういえばそうね。いても不思議はないわね」
「そうでしょう?」
「けど、皇族の中にはいないよ。貴族たちの中にはどうかな?」
ロロが首を傾げながら疑問を口にした。
流石に貴族の家系全てまでは記憶していない。これがルルーシュあたりだったら覚えていても不思議はないのだが。
しかしルルーシュ自身には彼らが持っている記憶がないことは確かなようで、流石に聞いてみるわけにもいかない。
「もしかしたら庶民になって生きてたりしてね」
何気に笑いながらカリーヌが口にした。
「だとしたら面白いですね」
「あれだけプライドの高かったコーネリアや、世間の闇を知らないユーフェミアやナナリーが庶民って、どんな生活してるのかな。っていうか、もし記憶があったら、出来てるのかな?」
「プライドが邪魔をして真っ当な生活を送れていない可能性もあるわね」
三人がそんな会話をしているとは聞こえていないルルーシュは、テラスで一人優雅に、時折三人に目をやりながら読書をしていた。
そんなルルーシュに声がかかった。
「あの三人は相変わらず仲が良いね」
「クレメント異母兄上」
名を呼んで、ルルーシュは座っていた椅子から立ち上がった。
「いつお戻りに?」
「昨日の夜だよ。それで愛しい異母弟たちの顔を見たくなってね、連絡も入れずに申し訳なかったが、半分驚かそうと思って押し掛けさせてもらったよ」
微笑みながらそう告げるクレメントに、ルルーシュは空いている椅子を勧め、傍らに控えている侍女に新しい紅茶と茶菓子を用意するように伝えた。
「戦況はどんな具合ですか?」
「KMFの開発は、やはり我がブリタニアに一日の長があるからね、そうそうやられはしないよ」
「では異母兄上の“常勝将軍”の名は当分は安泰ですね」
「そうありたいものだ」
「クロヴィス異母兄上が総督をしているエリア11の状況が芳しくないという話を聞いています。今の状況が落ち着いたら、もしかたら異母兄上がエリア11の総督になってテロを殲滅するようにという勅命が下るかもしれませんね」
「私は政治より軍事の方がいいのだけどね。その方が難しいことを考えなくて済む」
「軍事でも戦略やその他、考えなければならないことがたくさんおありでしょう。異母兄上なら総督として政治だって十分にやっていけますよ」
「嬉しいことを言ってくれるな、ルルーシュ。だが、政治向きといえば、やはり何といっても宰相のシュナイゼル異母兄上を別にすれば、続くのはおまえだろう。おまえの方が余程クロヴィスより総督向きだと思うがな」
「お誉めの言葉ありがとうございます。ですが私はまだ学生に過ぎませんから」
「学生かどうかより、その才能があるかどうかだろう。おまえの才能を埋もれさせるのは惜しい、早く表に出て私たちを楽にしてくれ」
ありがとう、と出された紅茶に、それを差し出した侍女に礼を言いながら、クレメントはカップに口をつけた。
「お異母兄さまたち、何を話してらっしゃるのかしら、随分と楽しそうだけど」
クレメントが来ていることに気付いたカリーヌが、他の二人に呟くように尋ねた。
「さあ。でも楽しそうにしているならいいんじゃないのかな」
「そうだね。父上は奨励しているけど、兄弟姉妹間で争うのはやっぱりいやだから」
「そうよね。少なくとも、私たちは同志で、仲間よね。皆で仲良くやっていきたいわ」
記憶の中にあるようなルルーシュの死はたくさんだ、あんな死に方は見たくない、裏切られ、自棄になっている兄は見たくないと三人は思う。
そうして世界中にブリタニアの版図がどれだけ広がろうと、そんなことには関係なく、自分たちはルルーシュを守って平和な日々を過ごしていきたいと。
── The End
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