続・騎 士




 ミレイ企画による枢木スザク復学記念祝賀会の後半、スザクはルルーシュを会場の屋上に呼び出した。妹のナナリーと話をさせることで、ルルーシュの記憶が戻っているかどうかを確かめるためであった。
 しかしそれはロロのギアスによって阻まれた。ロロが己のギアスでスザクの体感時間を止めている間に、束の間ではあったが、ルルーシュはナナリーと無事に会話を交わすことが出来た。ただし、「今は他人の振りをしなければならない」と付け加えざるを得なかったが。
 ルルーシュは思う。記憶を取り戻してから、取り戻す前のことを。
 記憶を改竄されていたのはルルーシュだけではなかった。生徒会のメンバーは皆そうだった。誰も彼も、ナナリーのことを忘れさせられ、ナナリーの位置にはロロがいる。
 そしてもう一つ、基本的に皆の性格が変わったわけではなかったが、その中でも注視したのがフランツの存在だ。
 フランツはルルーシュを第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと知って騎士としての忠誠を彼に対して誓い、普段は他の者にそうとは知れぬように、けれど騎士としてあった。そしてこの一年の間も、振り返って考えてみれば彼に変わったところはなかった。もはや刷り込み状態だったのだろうかとも思う位に、フランツのルルーシュに対する態度に変化はなかった。記憶が改竄されているのは間違いないのにもかかわらず。
 そこまで考えて、ふと、以前にリヴァルから聞いた話を思い出した。
 フランツは、ブラック・リベリオンと前後して行方不明となり── 言われてみれば、彼は変装して黒の騎士団に在籍していたのだから、そうなっていても当然だろう── 、そしてその後、暫くして戻って来たのだと。もしそれが本当なら、あるいはフランツにはシャルルの記憶改竄のギアスはかかっていない可能性もある。そうだった場合、ロロのことに関しては、周囲に合わせているだけなのかもしれない。あくまで可能性としての話ではあるが。
 そしてロロ。偽りの弟。
 けれど偽りの、改竄された末のこととはいえ、この一年の間、ルルーシュがロロに向けた愛情に偽りはなかった。そしてロロも、今では本心からその愛情を受け入れてくれているように思う。
 そして思わず比較してしまう。
 初めての友人であり、幼馴染ともいえるかつての親友スザクと、アッシュフォード学園の中等部に入ってから知りあったフランツ。
 スザクは全てを知りながら、ルルーシュたちがアッシュフォードに匿われていると知りながら、ユーフェミアの騎士に任命され、それ以降も学園に通い続けた。それがどれ程ルルーシュたち兄妹を危険な目にあわせていることか、何も知ろうともしないで。そして何処の誰とも知れぬ子供の言葉を信用し、ゼロとしてのルルーシュを追いつめ、遂には銃で撃ち、皇帝シャルルの元へと突き出した。己の出世のために売り渡したのだ。ルルーシュが誰よりも憎んでいるシャルルに対して。
 そしてラウンズとなり、総督補佐としてエリア11に赴任してきたにもかかわらず、学園に通うという。ルルーシュたち、己が記憶を改竄させた皆の友人の振りをして。それはゼロであるルルーシュを見張るためなのだろうが、スザクは本気でそんなことを考えているのだろうか。自分に対してはともかく、ミレイたちに対する罪悪感はないのか。そしてまた、不思議に思わないのだろうか。総督補佐という立場にある者が、学園に通うということに関して。
 そしてナナリー。皇室に戻って僅か一年で一体どれ程のことを身に付けたというのだろう。それまでずっと市井で一般庶民として暮らしていたにもかかわらず、エリアの総督になるということが、総督という地位の意味するところが果たして本当に分かっているのだろうか。
 思うに、ナナリーのエリア11総督就任はゼロであるルルーシュに対するシャルルの牽制に他ならない。だがナナリーは何も知らない。何も知らず、総督という地位に就こうとしている。
 記憶を改竄されても態度の変わらない── 実際には彼には記憶改竄が行われておらず、周囲に合わせているだけという可能性も全く否定は出来ないが── フランツ。皆の記憶を改竄させながら変わらぬ友人として振る舞い続けるスザク。
 偽りの弟でありながら、その向ける愛情は互いに真実のものとなっているロロ。何も知らぬまま、何も理解せぬままエリアの総督になろうとしているナナリー。
 スザクにとって、ルルーシュは己の出世のための道具であり、復学してからはミレイをはじめとした皆を騙している。それに対して、加害者という立場にありながら、申し訳ないという気持ちが全く見えない、自分がミレイたちにしたことに対して。全ては己の出世のために利用出来るか否かでしかないのか。このアッシュフォード学園の皆は、スザクにとってその程度の存在でしかないというのか。
 そしてナナリーにとっては、少なくともこの一年を振り返る限り、ルルーシュはいなくても済む存在でしかなかったのだと思えてしまう。
 現に、スザクはナナリーは行方不明の兄を捜していると言っていたが、この一年の間にナナリーが兄の行方を調べた形跡はない。調べようと思ったらまずアッシュフォード学園を調べるのが一番だ。なのにそれをした形跡は全くないのだ。口では捜していると言いながら、その実、彼女にとっては一番の存在でも、なくてはならぬ存在でもないのだろう。結果、何もしていないことがそれを証明しているといえるのではないか。
 現在のルルーシュにとっては、親友の振りをし続けるスザクよりも、記憶を改竄された── そうでなく、周囲にあわせているだけの可能性もあるが── 後も態度の変わらないフランツや、悪友といって差し支えないリヴァルのほうが如何に信頼出来る存在であることか。
 そして愛情を知らずに育ったロロに愛情を教え、偽りとはいえ、今では真に弟といって差し支えない存在にまでなったロロ。
 ルルーシュの中では、現在では彼らの存在の方が、スザクや、かつては誰よりも慈しんできた妹のナナリーよりも、ずっと愛おしいものとなっている。



 ナナリーのエリア11総督就任式、彼女は、自分は目も見えず足も動かず何も出来ないと言ってのけ、皆の協力を求めた。そしてまた、かつての副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアが提唱した“行政特区日本”を再建するとも。
 それをTV中継で観たフランツは辛辣に言ってのける。
「何も出来ないならなんで総督なんかになったんだ? そんな総督はいらないだろう」
「そうだな、矯正エリアとなっているこのエリアに必要なのは、矯正エリアから衛星エリアに昇格させてくれるだけの実務能力のある総督だ」
「それに“行政特区日本”の再建? 馬鹿馬鹿しい。それこそナンセンスだ。総督に求められるのは我々ブリタニア人に対する施政であって、ナンバーズに対する温情じゃない」
「確かにその通りだな」
「ましてや前回は虐殺という事態を招いて失敗してるんだ。果たしてどれだけのイレブンが納得して参加しようとするものやら。俺はいない方に賭けるね」
 ここにスザクがいたなら憤懣やる方なしと言ったところだろう会話がフランツとルルーシュの間で交わされる。
 二人の遣り取りに口を挟んでこないミレイたちも、考え方としては大差ない。
「今はスザク君がいないからいいけど、彼がいる時にそんな会話しちゃダメよ」
 せいぜいミレイがそんな注意を言ってのける程度だ。
「分かってますよ、会長。しかしそれにしても分からない人事だな。あんな何も出来ない10代半ばの少女を総督にするなんて」
「彼女の言う“行政特区日本”の再建目当てかな」
「どういうこと、兄さん?」
「つまり、それでまた黒の騎士団の弱体化を図ろうって算段じゃないかってことさ」
「もっとも、今のこのエリアの状態で再建出来ればの話だけどね」
「再建出来なかったら、総督はどうなるの?」
「失格者の烙印を押されるだろうな」
 他人事のようにそう告げるルルーシュに、ロロは言葉には出さずに、それでもいいのかと心配そうな表情を見せた。
「何、おまえがそんな心配そうな顔をしてるんだ、ロロ?」
「え? だって……」
 兄さんはナナリーが心配じゃないの、そう問いたかったロロだが、もちろん口に出来ることではない。それを察したかのようにルルーシュは答えた。
「皇族の総督なんて、俺たち庶民から見たら雲の上の存在だ。そんな存在がどうなっても俺たちには関係ないだろう?」
 自分とは関係ないのだとの姿勢を崩さないルルーシュに、ロロはある意味で安堵の溜息を小さく零した。
「そういうことだな。あの総督が失格者の烙印を押されようと俺たちには関係ない。余計な心配することはないさ」
 フランツがルルーシュの言葉を補うかのように告げた。
「もう、ホントにスザク君がいるところでそんな話しないようにしないと駄目だよ。こんな会話交わしてることがスザク君にバレたら、きっとただじゃすまないから」
 シャーリーが心配げに告げるのを、ルルーシュとフランツは肩を竦め、互いの顔を見合った。
「言わないよ。言う必要もないしな」
 心配無用というように、ルルーシュはシャーリーに向けて微笑みながら答えた。
「それにしててもフランツの言った通り、本国は何考えてあの皇女様を総督として送り込んできたのかしらね」
 ミレイが何気なく呟くのを、ルルーシュは他人事だと言うように聞いていた。
 あのナナリーには自分はもう必要ないのだとの思いを強くする。ナナリーの傍には互いに望み望まれたスザクがいる。そして自分を必要としてくれるのは、今ここにいる者たちだけなのだと、一層その思いを強くした。

── The End




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