切り捨て




 最初に彼を見掛けたのは、たまたまエリア11を訪問していた第7皇子のクレメントだった。
 記憶の中の、亡くなったとされる異母弟(おとうと)に、そしてその母にあまりにも生き写しの容貌に、もしやと信頼のおける近侍に調べさる一方で、国に帰ったクレメントは長兄のオデュッセウスに相談したのだった。
「第11皇子のルルーシュが生きているかもしれない」と。
 やがてクレメントが調べさせている中で、“彼”の周囲に機密情報局── 機情── の影を見つけ、結局はそれが彼らに、彼がルルーシュであるとの確信を抱かせるに至った。
 そうしてオデュッセウスはクレメントが調べ上げた情報を元に、部下に命じてエリア11からルルーシュと、その弟となっているロロという人物を、機情に分からぬように本国へ連れてこさせたのである。
 そこで行われたのはルルーシュに対する最終確認ともいえるDNA鑑定だった。結果はYES。
 ルルーシュ自身には何故か記憶がなく、ロロを弟として遇しており、妹のナナリーのことをすっかり忘れていたが、DNA鑑定に基づいて、オデュッセウスはルルーシュに皇族としての教育を施した。ちなみにロロに関しては、素性は今一つ分からないものの、ルルーシュが彼を弟と信じていることから、そしてまた彼自身ルルーシュを信頼しているような在り様から、若干不安に思いながらも、ルルーシュの傍にいることを認めた。



 その頃、エリア11では総督となったナナリーがその就任演説の中で、かつて失敗に終わった“行政特区日本”を再建すると宣言していた。慌てたのは周囲の人間たちである。
 そんな中、本国から副総督を派遣するとの連絡が入った。
 オデュッセウスが父である皇帝シャルルにルルーシュのことを報告し、それを受けたシャルルは歯噛みしながらも、C.C.捕縛のことを考えて、ルルーシュをエリア11に送ることとしたのである。
 妹のナナリーが総督で、その兄が副総督、というのはおかしな図だが、先にナナリーの総督就任が決まっていた以上致し方ない。
 オデュッセウスとクレメントは、未だ記憶の戻らぬルルーシュを「気を付けて行っておいで」と見送った。ちなみにロロもルルーシュに同行している。



 エリア11に副総督として降り立った第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 その放送に慌てたのはミレイをはじめとしたアッシュフォード学園の生徒たちである。暫く前から行方不明になり心配していたのに、皇族として、第11皇子として、そして何よりもこのエリアの副総督として姿を現したのだから当然だろう。
 そしてそれは、総督の地位にあるナナリーと総督補佐を務めているスザクも同様だった。
 機情から行方不明になったとの連絡を受け、スザクはルルーシュは記憶を取り戻して捕らわれている黒の騎士団の団員たちを解放すべく動いているものとばかり考えていたのだ。
 しかしルルーシュに記憶がないのは変わらず、けれど第11皇子として、第1皇子オデュッセウスと第7皇子クレメントの後見を受けて、エリア11に副総督としてやって来たのだ。弟役のロロと共に。
 ルルーシュは副総督とはいえ、その皇位継承順位、さらに後見の存在を考えれば、総督のナナリーよりも遥かに立場が強いといえた。
 ナナリーが宣言したという“行政特区日本”をルルーシュは一蹴した。
「馬鹿馬鹿しい。一年前に失敗した案件を、何ら検証せずにそのまま復活させるとは総督は一体何を考えている!? 民衆に()らぬ増税を強いているだけではないか! そのような政策、政策とも呼べん」
 それを耳にしたナナリーとスザクは反発した。
「お兄さま、何故“行政特区日本”を否定なさるのですか? これはお兄さまには記憶はないかもしれませんけれど、亡くなられたユフィお異母姉(ねえ)さまが取り組んでおられた政策です。それの一体何処が間違っているというんですか? 日本人の、イレブンの皆さんとブリタニア人が互いに手を取り合うことの出来る特区が出来れば、お互いに理解を深め、このエリアの治安は安定します」
「総督の仰る通りです、ルルーシュ、殿下。それに、この政策は既に始められています。いまさら取り消しなど出来ません」
「……取り消し出来ぬというならそのまま続ければよい。総督たちの考えは余りにも甘く、実際的な見通しが何もないと思うのだが。故に私は特区などというものを認めない。私は私の方法でいかせていただく。それから総督、貴方は私の妹かもしれないが、政治向きの話をしている時は、貴方は総督であり、私は副総督。兄でも妹でもないということを肝に銘じておかれることです」
「お兄さま!」
 言いたいことだけ言うと、ルルーシュはナナリーの己を呼ぶ声を無視して、副官と共に総督の執務室を後にした。
 その様にさすがはオデュッセウス殿下とクレメント殿下が後見をされている第11皇子殿下だけのことはある、道理をよく弁えていらっしゃると、そうナナリーの隣に立っていたローマイヤが思っていたとは、ナナリーもスザクも知る由もない。
 元々、政庁に務める者たちにとって特区の政策は受けがよくなかった。それはナナリーの、誰に相談することもなく唐突に行った発表の仕方にも大いに問題があったのだが、ナナリーは総督として発言すれば、それは簡単に叶うことであると、ましてや素晴らしい案なのだから反対など起こりえないと楽観視していたのだ。
 そこにもってきて、ナナリーのその政策ともいえぬ政策に真っ向から反対する副総督の就任である。
 政庁に勤める者たちは、表向きは総督であるナナリーの宣言した特区のために働いてはいたが、それは最低限のもので、彼らが真実自分たちの指導者と仰いだのは、副総督であるルルーシュだった。
 ルルーシュは租界の治安を図る一方で、イレブンの住まうゲットーの整備に力を入れた。
 特区などというわけの分からぬ、そして一部の者しか入れぬものよりも、その方が確実に実があるからだ。



 そうしてスザクたちの不安を余所に、黒の騎士団が動くこともなく、ましてや捕らわれの黒の騎士団員たちが解放されることもなく、“行政特区日本”の開会式典の日が訪れた。
 しかし蓋を開けてみれば、特区となるシズオカゲットーには、ちらほらとしかイレブンの姿は見えなかった。
「どういうことだ、これは!?」
 思わず開会式典のためのステージに立つスザクは叫んでいた。
「どういうことも何も、これが現実ですわ、枢木卿」
 そう答えたのはローマイヤである。
「副総督であられるルルーシュ殿下によって、租界の治安は維持され、ゲットーに対する整備も行われました。そしてイレブンに対しても、ルルーシュ殿下の指示により、無用の虐げは禁止されております。そうなった以上、以前、虐殺という事態を招いて失敗し、今度もどうなるか分からない特区に参加するよりも、整備されたゲットーのほうが過ごしやすいと考えるイレブンが多いのは当然のことです」
 ちなみにこの特区式典にルルーシュは参加していない。
 特区については総督であるナナリーとスザクによる案件であり、自分は関係なく、あくまで自分が為すべきことをするだけだと、彼は二人が推進する特区を無視したのである。
 そして今、ローマイヤの告げたその言葉も、総督であるナナリーではなく、ルルーシュを認めている旨を告げたも同然である。
「そ、そんな、どうしてです? こんな素晴らしい行政特区という案を、何故皆さん否定されるんですか?」
「以前の特区はイレブンの虐殺を招きました。それと全く同じ特区に、イレブンが信用を置けないと思うのは当然でしょう。ましてやルルーシュ殿下の政策で、ゲットーの整備が進められているのですから」
「何故です、何故お兄さまは私がしようとしていることを認めてくださらないんです!?」
「ルルーシュ殿下に限られたことではありませんわ。特区政策を心から認めて推進してらっしゃるのは総督と、総督補佐の枢木卿だけです。他の者は皆、副総督であられるルルーシュ殿下の指示に従っておりますし、特区のために重税を課されたブリタニア人はもちろん、イレブンの信用もルルーシュ殿下に分があります。皆、総督よりも副総督のルルーシュ殿下を支持しております。申し訳ありませんがそれが事実ですし、立場上、総督のお傍におりますが、私自身もルルーシュ殿下のなさりようのほうを支持しております」
「なんだって副総督の方が総督より支持されてるんだ!?」
 スザクは納得いかないと、ローマイヤに向かって叫んだ。それに答えるローマイヤは冷静である。
「それだけ副総督のルルーシュ殿下の方が為政者として、人の上に立つ者として、実績も含めて相応しいからですわ。ですから人望があるのです。ましてや、総督とはいえ継承権87位という低位の総督と比べれば、副総督という総督より下位の立場ですが、実質的には皇位継承権は13位、さらにその後見は第1皇子オデュッセウス殿下と第7皇子クレメント殿下、総督とは比べようもございません」
「そんな馬鹿な……」
「どうしてお兄さまは、私のすることに反対されるんです……? お兄さまが賛成さえしてくだされば……」
「副総督として、ルルーシュ殿下は当然の義務を果たされているだけですわ。総督はこの馬鹿げた特区にかかりきりで他の政策を碌に顧みない。それを副総督が補っていらっしゃるんです。そしてこのエリアにとってどちらが重要かといえば、副総督がなさっている日々の政策の方です。当然の結果でございましょう」
 冷たく突き放すように言い放つローマイヤに、ナナリーもスザクも言葉がなかった。
 このエリアの総督は確かにナナリーだが、結局彼女はただのお飾りで、実質このエリアを動かしているのは、副総督であるルルーシュだと言われたのだから。

── The End




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