兄妹と姉妹




 ブリタニアが日本に侵攻してから五年後のこと。
 かつて日本侵攻前に、人質として日本に送り込んだ二人の皇女、第5皇妃マリアンヌの遺児であるコーネリア・ヴィ・ブリタニアとその妹のナナリー・ヴィ・ブリタニアが、エリア11となった日本のトウキョウ租界にある政庁に名乗り出てきた。
 これを迎えたのは第3皇子のクロヴィスである。クロヴィスは異母姉(あね)異母妹(いもうと)の突然の出現に驚きながらも、二人が無事であったことを喜び、早速本国に連絡を入れた。
 そうして二人は無事に五年振りに本国の地を踏んだのである。



 その日は、コーネリアとナナリーの帰還報告を兼ねて、玉座の間と呼ばれる大広間に大勢の皇族、貴族、文武百官が揃っていた。
 その中を、近侍に呼ばれてコーネリアと車椅子に乗ったナナリーが玉座に向かって進み出る。
「コーネリア・ヴィ・ブリタニア、ナナリー・ヴィ・ブリタニア、遅くなりましたが、ただ今、帰還いたしました」
 そう言ってコーネリアは頭を下げ、ナナリーも目が見えずどうなっているか分からぬまま、頭を下げた。
「よくぞあの戦乱を生き延びたものだ。今までどうしておった?」
「はい、母の後見をしていたアッシュフォード家に庇護されておりましたが、考えた末、やはりブリタニアの皇女として本国に帰還するが筋と思い、庇護してくれていたアッシュフォードには悪いと思いましたが、こうして帰国の運びといたしました」
「そうか。これよりは後のことが決まるまで、以前のアリエス離宮にて過ごすがよい。クロヴィスから連絡を受けて簡単な手入れはさせておいた。暮らしに不自由はあるまい」
「はい、ありがとうございます、父上、いえ、陛下」
「ありがとうございます」
 コーネリアに続いてナナリーも、再度シャルルに向けて頭を下げた。
 その日はそれをもって散会となったが、コーネリアは広間を後にしようとする異母弟(おとうと)のルルーシュとその妹であるユーフェミアを見つけて声を掛けた。
「ルルーシュ、ユーフェミア」
「何でしょう、異母姉上(あねうえ)
 二人は立ち止まり、その二人にコーネリアが近づいた。
「内々に話したいことがある。そちらの離宮でもアリエスでも構わない。時間を取ることは出来ないか?」
「……」一瞬考え込むようにしてから、ルルーシュは答えた。「今日は帰国されたばかりでお疲れでしょうし、お忙しくもあるでしょうから、明日でよろしければ、午後にでもこちらからアリエスに伺います。ユフィも構わないな?」
 念のため、ルルーシュは妹のユーフェミアにも確認をする。
「ええ、構わないわ、お兄さま」
「では明日の午後、アリエスで待っている」
 そう告げて、コーネリアはナナリーの車椅子を押しながら玉座の間を後にし、残されたルルーシュとユーフェミアは顔を見合わせた。
「コーネリアお異母姉(ねえ)さまが私たちに話って、一体なんでしょう、お兄さま。お心あたり、あります?」
「いや、ないな。いずれにしろ明日になれば分かることだ。今から悩んでも仕方ないだろう」
「そうですね」
 そうしてルルーシュとユーフェミアの二人も玉座の間を後にするのだった。



 翌日の昼過ぎ、ルルーシュとユーフェミアは、昨日コーネリアと約束した通り、アリエス離宮を訪問した。
 アリエス離宮は、確かに皇帝が告げた通り手入れはされていたが、それは最低限のものだったらしく、二人が暮らしていくには問題ない程度、でしかなかった。
 そんな中、ルルーシュとユーフェミアは出迎えた侍従によって応接室に通された。
 その応接室では、既にコーネリアとナナリーの二人が待っていた。
「お待たせしてしまいましたか、異母姉上」
「いや、私たちが気が急いていただけだ。気にするな」
「ともかくも、お異母姉さまもナナリーも無事に帰国されて良かったですわ」
 そんな会話をしていると、侍女の一人がワゴンを押しながら部屋に入って来た。ワゴンに乗っているのは四人分の紅茶と茶請けの菓子である。それらを四人の前に並べると、一礼して黙って立ち去り、応接室には再び四人だけとなった。
「それで、私たちに内々の話とはなんですか?」
「お兄さま、いきなりその話はないのではなくて。とりあえず二人の無事をお祝いしなきゃ」
 早速話題にかかろうとしたルルーシュをユーフェミアが止めたが、逆にコーネリアがそれを制した。
「いや、帰国の祝いに関しては無用だ。それよりもおまえたちに確認したいことがあって来てもらったのだ」
「確認したいこと?」
 コーネリアの物言いに、ルルーシュは柳眉を寄せた。あまりいい話ではないような予感がしたのだ。
「実は、私とナナリーには別の記憶がある」
「別の記憶?」
「そうだ。その記憶の中では、私はコーネリア・リ・ブリタニア、ルルーシュがナナリーの兄のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアで、五年前に日本に送られたのはルルーシュとナナリーということになっている。そしてブリタニアの日本侵攻後、アッシュフォード家に庇護してもらっていたことは変わりはないが、七年後、つまり今から二年後に、ルルーシュは仮面のテロリストとしてブリタニアに対して反逆の狼煙を上げた。その先はまだ色々あるが、それはとりあえず置いておこう。
 ちなみに私たちがその記憶を持ったのは、クロヴィスに名乗り出る一ヵ月程前のことだ。突然のことに、そして私だけではなくナナリーにもその記憶があると知って悩んだ。その結果、私は記憶の中のルルーシュがしたように反逆するのではなく、帰国する道を選んだ。
 それで確認したい。おまえたちにはそのような記憶はあるか?」
 コーネリアの話を黙って聞いていたルルーシュとユーフェミアは、互いに顔を見合わせた。
 二人ともそんな記憶など持ってはいない。ルルーシュは間違いなくリ家の、アダレイド皇妃を母とする皇子であり、ユーフェミアは実の妹だ。
「何か、勘違いなされているか、二人揃って同じ夢をご覧になったかではないのですか?」
 ルルーシュが控えめにそう口にした。
「ではおまえたちには記憶はないと? 私がユフィの実の姉だった記憶はないと? ルルーシュはエリア11の総督であるクロヴィスを殺し、その後私が総督として、ユフィが副総督としてエリア11に着任した。その記憶はないというのか、二人共?」
「お兄さまが仰る通り、何か勘違いされてらっしゃるんですわ、お異母姉さま」
「本当に覚えてらっしゃらないんですか、お兄さまもユフィお異母姉さまも?」
 ナナリーがここで初めて口を挟んできた。ナナリーにとって、記憶の中では母を同じくする兄弟姉妹はルルーシュだけであり、色々ありはしたが、確かにルルーシュに慈しまれ愛されていた。その記憶は本当にルルーシュにはないのだろうかと、失望を露わにしながらの問い掛けだった。
「残念ですが、私にもユフィにもそのような記憶はありません」
「本当にないのか、ユフィ!?」
 あれ程愛した妹に、その記憶はないのかと諦めきれずに再度尋ねるコーネリアだった。
 ユーフェミアは気の毒そうに二人を見ながら、ゆっくりと首を横に振った。
「私のお兄さまはルルーシュお兄さまだけです。コーネリアお異母姉さまはマリアンヌ様を母とするヴィ家の皇女。リ家とは関係ありません。お兄さまが仰る通り、勘違いされているか、ナナリーと二人して同じ夢をご覧になっただけだと思いますわ。あの戦乱の中を生き延びられたのですもの、何があってもおかしくありませんものね」
「そんな……」
「勘違いなどであるものか! ルルーシュはテロリストのゼロだった。ユフィ、おまえを殺した奴なんだぞ!」
「お兄さまが私を? それこそ勘違いもいいところですわ。お兄さまが私に手を掛けるなんて、そんなことあるはずがありませんもの」
 憐れみの視線を向ける二人に、コーネリアは打ちひしがれたように力をなくしてソファの背もたれに背を預け、車椅子に座ったままのナナリーは、二人の視線がどのようなものか分からぬまでも、二人とも自分たちが持つような記憶はこれっぽちもないのだと思い知らされて、項垂れていた。
「お話がそういうことだけでしたら、これで失礼させていただきます。これ以上お話しても時間の無駄だと思いますので。行こう、ユフィ」
 ルルーシュは立ち上がりながらそう言い、ユーフェミアにも促した。
「そうですね、お兄さま。コーネリアお異母姉さま、ナナリー、二人ともエリア11でどれ程大変な目にあったのか想像はし難いけれど、夢みたいな話はやめてくださいね。ルルーシュお兄さまは私にとってたった一人の大切なお兄さまなんですから、そのお兄さまを侮辱するような発言は控えられてください」
 コーネリアは、ユーフェミアの言葉にさらに追い打ちを掛けられた。コーネリアの記憶の中のユーフェミアはこれ程しっかりしてはいなかった。天真爛漫で常に戦闘から帰った自分を癒してくれる、天使のような存在だった。それが、自分ではなくルルーシュが兄というだけでこうも変わってしまうのかと、記憶の中の己が愛情を注いだユーフェミアとの差に、このユーフェミアは違うのだと改めて思い知らされた。
 そうして二人はアリエスを後にした。
「お姉さま、記憶があるのは私たち二人だけだったんですね」
「……そうだな。考えてみれば、ルルーシュたちに記憶があれば、さっさとアッシュフォードに匿われていた私たちを見つけ出していたはずだ。それがなかったということは、やはりルルーシュたちには記憶はないということなのだろう」



 それから一ヵ月も経っただろうか。
 コーネリアは他国へ嫁ぐことが決まり、ナナリーもまた、別の国へと人質として送られることとなった。
 マリアンヌが死去したことでアッシュフォードが没落した今、ヴィ家を後見する家はない。二人はブリタニアの皇室内では弱者に過ぎないのだということを、記憶に拘るあまりすっかり忘れていたのだ。
 そうして旅立った二人を見送ったルルーシュとユーフェミアは、顔を見合わせて笑い合った。
「ありもしない事実を記憶として持っているなんていって、わざわざ帰国してきたせいですね」
「そうだな。あのままアッシュフォード家のやっかいになっていれば、将来はともかく、今回のことはなかっただろうから」
「二人にとってどちらが良い結果になるのか分かりませんけど、でもお兄さま、間違いなくお兄さまは私だけのお兄さまですよね?」
 確認するように聞いてくるユーフェミアに、ルルーシュは笑顔で頷いた。
「もちろん決まっている」

── The End




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