保護者と被保護者




 ブリタニアの日本侵攻が始まった。第11皇子ルルーシュと第6皇女ナナリーがいるにもかかわらず。
 父は、母国は、自分たちを見捨てたのだ、そうルルーシュは思った。いや、日本に送られることが決まった時点で、既にそう察してはいた。ただその思いを確実なものにしただけだ。



 気が付いた時、ルルーシュの前には見覚えのある、というより、かつて見慣れた顔があった。
「シュナイゼル、異母兄上(あにうえ)……?」
 辺りを見回すと、そこは何処か自分の知らない一室だった。少なくともそれまでルルーシュがいた枢木神社の土蔵ではない。
「僕は、どうして……?」
「やっと意識が戻ったようだね、良かったよ、ルルーシュ。ここはG1ベースの中だ。もう君に危害を加えようとするような者はいない、安心していい」
「あ、ナナリー、ナナリーは!?」
 シュナイゼルの言葉に一瞬安堵し、次いで妹のナナリーのことが気になって、シュナイゼルの両腕を掴んで問いただした。
「残念だが、私が保護出来たのは君だけだ。ナナリーは何処にも姿が見えなくて、保護のしようがなかった」
 シュナイゼルが動く前に、ナナリーは枢木ゲンブに呼ばれて彼の本邸を訪ねていたのだ。それもルルーシュがたまたま外している間のことで、ルルーシュですら知らないそのことを、シュナイゼルが知る由もない。
「君には気の毒だが、ナナリーのことは諦めておくれ」
「そんな……」
 ルルーシュの、シュナイゼルの腕を掴む力が急速に弱まった。
「ナナリー……、僕が一緒にいなかったから……、一緒にいたら、一緒にシュナイゼル異母兄上に助けていただけたのに……」
「力がおよばなくてすまない、ルルーシュ」
「いいえ、いいえ、異母兄上。日本に送られた時から、何処かで死は覚悟してました。でもそれでも、僕よりも、せめてナナリーだけはなんとかして助けたかった……」
 ルルーシュの頬を一筋の涙が伝った。



 ルルーシュを保護したシュナイゼルは、早速ブリタニア本国に戻った。まるでルルーシュを保護するのだけが日本に来た目的だったかのように。いや、実際のところその通りであって、ナナリーのことは確かにルルーシュのことを考えれば同じように保護しようと思ってはいたが、積極的に動くつもりはなかった。とはいえ、それをルルーシュに知られるわけにはいかず、たまたまルルーシュを保護しに枢木神社に行った時に、ルルーシュしかいなかったことを幸いに思った程だ。
 帝都ペンドラゴンに戻ったシュナイゼルは、父であり皇帝でもあるシャルルに、ルルーシュを保護した旨を伝えた。
「ルルーシュのみか。ナナリーは如何した?」
「私がルルーシュを保護に向かった時、ナナリーはおりませんでした。長居するのも、ナナリーが何処にいったのかを確かめる時間も危険に思われましたので、ルルーシュのみの保護となりました」
「で、これからどうする所存だ?」
「ルルーシュは私が保護者として引き取りたいと思います。あの子は優秀です、いずれは帝国にとっても欠かせない存在となりましょう」
「そうか。ではそちの望むようにするがよい」
 シャルルとシュナイゼルの遣り取りはそれだけで終わった。これでシュナイゼルはルルーシュの保護者となり得たのである。
 シュナイゼルの離宮に引き取られたルルーシュは所在なさげにしていたが、シュナイゼルが戻って来たのを確認すると、彼に向かって駆け出した。
「異母兄上」
「ただいま、ルルーシュ」
「おかえりなさい、異母兄上。僕はこれからどうなるんですか?」
 ルルーシュは、シュナイゼルが自分の今後のことでシャルルの元を訪れていたのは理解していた。
 その結果がどう出るのか、また何処かの国に人質として送られるのか、ナナリーのことが頭の片隅から消えない一方で、今後の自分の身の振り方も気になるルルーシュだった。
「君のことは私がこのまま引き取ることになったよ」
「え?」
「君のことはこれからは私が面倒をみる。君は幼いながらも利発で優秀だ。これから色々と勉強して、いつか私の副官にでもなっておくれ」
「このままブリタニアに? 異母兄上のお傍にいていいんですか?」
 信じられないことを聞いたかのようにルルーシュは目を丸くした。
「そうだよ。今日から私が君の保護者だ」
 シュナイゼルが自分の保護者になるなんて、ルルーシュにとっては思ってもみなかったことだ。しかもシュナイゼルは、自分がいつか彼の副官になることを望んでいるという。それはブリタニアのために働けということだ。ナナリーを見殺しにしたブリタニアの、父のために。どうしてそんなことが出来るだろう。しかしわざわざ日本にまでやって来て自分を保護してくれたシュナイゼルのことを考えると、否とは言えなかった。
「……分かりました、一生懸命勉強して、いつか異母兄上のお役に立てるように頑張ります」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ナナリーのことがあるから、君には気持ち的に辛いことだと承知しているが、それでも私は、君に私の傍にいて欲しいと思っているから」
「異母兄上?」
 今一つシュナイゼルの心情を理解出来ないルルーシュだったが、それでも、少なくともシュナイゼルが、自分が彼の傍にいることを本心から望んでいることだけは理解した。
 その翌日から、シュナイゼルはルルーシュに家庭教師を付け、色々なことを教え込み始めた。





 年月は流れ、ルルーシュは17歳となり、今では宰相となったシュナイゼルの補佐官となっている。ちなみに彼が暮らしているのは、生まれ育ったアリエス離宮ではなく、相変わらずシュナイゼルの離宮の中で、結局、24時間一緒にいるようなものだ。
 ルルーシュの中、ナナリーを見捨てた父、母国への恨みは決してなくなってはいない。だが現実には、ルルーシュはシュナイゼルの補佐官として、母国ブリタニアが版図を広げるための助けをしている。勉強だけしている間はそうでもなかったが、実際に政務に携わるようになって、その矛盾はルルーシュの中で鬱積していった。そしてそんなルルーシュの変化に気付かぬシュナイゼルではない。何しろ一日24時間、それこそ寝る時以外の殆どを一緒に過ごしているのだから。
 ある日の朝食の席、シュナイゼルはルルーシュに対して切り出した。
「まだ、ナナリーのことを考えているんだね。無理もない話だが」
「異母兄上……」
「いいかい、ルルーシュ。陛下は今のブリタニアを進化していると仰っているけれど、実際には退化だと私は思っている。確かに版図は拡大し、ブリタニアは繁栄している。しかしそれは多くのエリアの民の犠牲の上の繁栄だ。そしてそれはいつか終わりがくる。この世に滅びない国家などない。どんな国家も繁栄の後は凋落し、消滅している。かのローマ帝国しかりだ」
「では、異母兄上はいつかはブリタニアもそうなると……?」
「遠からず、そんな日がくるだろうと思っているよ。熟れ過ぎた実は内から腐っていく。現に、全てのではないけれど、他の皇族や貴族たちに横行している賄賂や、行き過ぎたナンバーズへの差別は反発を生んでいるだけだ。いつかきっとこれに反動する勢力が現れるだろう。けれど私たちはこのブリタニアの皇族である以上、この国を守っていかなければならない。それが皇族としての使命だからだ。
 だからね、ルルーシュ。君のこの国を恨む気持ちを否定する気はないが、同時にただこの国の国是に従っていることもない。元々今の国是は父上の代になってからのもので、このブリタニアの本来の騎士制度からいえば、強者は弱者を差別し虐げるのではなく、守るべき存在なんだ。だから、私たちはこの国を守るために、今は陛下の国是に従っている振りをしながら、内から変えていく努力をすべきなのではないかと思う」
「異母兄上、それは、それはこの国に対する反逆になるのではないのですか?」
「この国を守るためだよ。陛下は政を俗事と言い放たれている。そんな為政者を抱く国が、いつまでも安泰でいられるわけがない。そのためにこそ、私たちは今後のための布石を、ブリタニアがかつての良きブリタニアに戻るための努力をすべきではないのだろうか。ひいてはそれが我が国の将来のためでもある」
「本気でそのようにお考えなのですか、異母兄上?」
「それが、今後二度とナナリーのような悲劇を生まないためでもある」
 ナナリーのような悲劇── それはルルーシュにとって身を切られるような一言だった。
 日本侵攻後、かつての枢木家からナナリーの遺体が発見されたのだ。最初はそうとは分からなかったが、傍にあった車椅子、そしてDNA検査をはじめとした検死結果から、その遺体がナナリーのもので、彼女が死んだのはルルーシュがシュナイゼルに保護された頃だということが判明していた。つまりルルーシュがシュナイゼルに保護されている頃、ナナリーは枢木に殺されていたのだ。
「異母兄上がそのおつもりなら、このルルーシュ、お力になります。それが死んでしまったナナリーに対するせめてもの供養にもなるのでしょうから」
「そう言ってもらえると思っていたよ」
 シュナイゼルはルルーシュの返事に、嬉しそうに微笑みを浮かべて見せた。
 ブリタニアという現在の歪んだ国を生まれ変わらせるために、これから内からの反逆の狼煙があがる。

── The End




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