否 認




「私が騎士とするのはあそこにいる方、枢木准尉です」
 クロヴィス美術館において、マスコミを前にエリア11副総督ユーフェミア・リ・ブリタニア第3皇女は、スクリーンに映るKMFランスロットのデヴァイサーを指し示した。



 その日の内に、本国にいる弟のクリスチャンからユーフェミア宛に連絡が入った。
「久し振りね、クリス。変わりはない? 元気でやっていて?」
『お陰さまで僕は何ともありません。そんなことより、何かあるのは姉上でしょう?』
「私?」
 クリスにユーフェミアに何かあると言われて、何のことか分からずに彼女はきょとんと目を丸くした。
「私に何があったと?」
『こともあろうにナンバーズを騎士にするなどと、姉上は一体何を考えてらっしゃるんですか!?』
 そのことか、と納得しながらも、ユーフェミアはクリスに否定の言葉を与えた。
「彼はナンバーズじゃないわ、名誉ブリタニア人よ」
『同じことです! ナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人を騎士に選ぶなど、一体何を考えているんですか、姉上はっ!?』
「騎士を選ぶのは皇族の特権よ、貴方にどうこう言われる筋合いのことじゃないわ。現にコーネリアお姉さまもそう仰られていたし」
『確かにそれはそうです。問題は何故わざわざ名誉ブリタニア人を選んだのかということです!』
「確かに彼は名誉ブリタニア人で純粋なブリタニア人ではないけれど、立派な人よ。シュナイゼルお異母兄(にい)さま直轄の特派でKMFのデヴァイサーとして活躍しているわ」
異母兄上(あにうえ)の直轄で!? それならなおのこと、何故彼を選んだんです! 異母兄上にはきちんと前もって話を通されたんですか?』
「? 何故お異母兄さまに話を通さなければならないの? 私が騎士を選ぶのは私の権利であって、お異母兄さまには関係ないじゃない」
 ユーフェミアのその言葉に、クリスチャンは思わず深い溜息を吐いた。何故弟の自分が気が付いていることをこの姉は気付かないのだろうと。
『異母兄上直轄の特派の所属ということ、そのナンバーズの』
「ナンバーズじゃないと言っているでしょう、クリス」
 クリスチャンはつい舌打ちした。何故一々そんなことで訂正されなければならないのかと。
『その名誉は、シュナイゼル異母兄上の部下ということなんですよ! その異母兄上に黙ってことを進めるとはどういうことだと申し上げているんです』
「え? だって、騎士を任命するのは私の権利であって……」
『姉上に騎士を任命する権利があるのは確かです。でも姉上が任命した名誉は、シュナイゼル異母兄上の配下、部下なんですよ! これが何を意味するか、姉上にはお分かりにならないというんですか!?』
「えっ? だって、そんなこと誰も何も、お姉さまだって……」
 わけが分からないというように、ユーフェミアは狼狽えていた。
 この姉には本当に意味が分かっていないのかと、クリスチャンは頭を抱えたくなった。
『それだけじゃありません! 名誉を騎士に任命することのデメリットはお考えになってらっしゃるんですか?』
「デメリット? 何がデメリットだというの? 私は私の権利に基づいて騎士を任命しただけで、たまたまそれが名誉ブリタニア人のスザクだったというだけの話よ」
『姉上には本当に何もお分かりでないんですね。名誉を、ナンバーズ上がりを騎士に任命することの意味が』
「クリス、よく分からないわ、貴方の言っていることの意味が」
 本当にこの姉は分かっていないのだと、クリスチャンはどう説明したらいいのか頭を悩ませた。そして結局は、いくら説明してもこの姉には理解出来ないのではないかとも思った。
『わざわざナンバーズ上がりの名誉を騎士に任ずるということは、この皇室内における己の価値を下げるだけだということです! おかげでこのリブラ離宮では母上をはじめとして皆大慌てなんですよ!』
「私の価値を下げる? 私は私よ、何も変わらないわ、クリス。貴方が何を心配しているのか分からないけど、私は何も変わっていないわ。それにね、クリス、ブリタニア人も名誉も、そしてナンバーズも、同じ人間であることに変わりはないの。だから貴方が言っているような差別はしてはいけないことなのよ。スザクはブリタニア人とイレブンが共に手を取り合っていけるような、そんな世界を望んでいる私の手助けをしてくれるの。同じ理想を抱いているの。だからそんな私にとってはこれ以上ない騎士なのよ」
『姉上は国是をお忘れですか? 純ブリタニア人からすれば、名誉など奴隷同然、ナンバーズに至っては家畜と同義だということを。姉上の理想は分かりますが、それが国是に反しているということを姉上は理解していらっしゃるんですか?』
「だからその間違いを正そうとしているのよ、私とスザクは」
『国是は皇帝陛下である父上が定められたことです! 専制主義国家である我がブリタニアでは皇帝陛下のお言葉が全てなんですよ。姉上はそれに反しようとなさっているんです。それが何を意味するか本当に分かってらっしゃるんですか!?』
 半ば呆れ気味でクリスチャンは叫んでいた。自分で言っていて自分で虚しさを感じながら。
「だから私たちはそれを変えていこうとしているのよ。スザクの活躍を知れば、お父さまもきっとお考えを改めてくださるわ」
『姉上は甘いです。あの父上が、そう簡単に主義主張を変えられると本当にお考えなんですか?』
「人は変わるものよ。お父さまだってきっといつか分かってくださるわ」
 ああ、この姉は本当に分かっていない、そうクリスチャンは何度目になるか、最早分からないが、改めて思った。
 ユーフェミアは名誉を騎士と任じたことで、皇室の中における己の地位の低下を招いていることを何も分かっていないと。それ以前に、シュナイゼルの部下である存在を、シュナイゼルに一言もなく勝手に騎士に任じたことで生じる、リ家とエル家の関係、皇室内におけるリ家の対面も。
『これ以上申し上げても同じことの繰り返しになるだけのようですから、最後にこれだけは申し上げておきます、姉上。僕も、そして母上も、それだけじゃありません、母上のご実家であるロセッティ家のお祖父さま、お祖母さまをはじめとした親族や、後見をしてくれている貴族たち、誰も姉上が騎士に任じられた名誉を認めていないということだけは覚えておかれてください』
「そんな馬鹿な……。私は自分の権利に従って、そしてスザクなら私の理想を成し遂げるのに協力してくれる人だと思うから、同じ理想を持つ人だから、きっと私を助けてくれると思って、それでスザクを騎士に任じたのよ。それを誰も認めないなんて。お姉さまだって私の権利だからと何も言われなかったのに……」
『コーネリア姉上はユーフェミア姉上に甘いだけです。姉上は皇室におけるご自分の立場というものをもっときちんと考えるべきだと申し上げておきます。それでは失礼します』
 言いたいことは言い尽くしたというように、クリスチャンは通信を切ってしまった。
 通信が切れて真っ黒になったモニターを見ながら、ユーフェミアは弟の告げた内容を吟味しようとしてみたが、それでも彼女には弟であるクリスチャンに見えているものが見えていなかった。
 名誉を騎士とすることが、如何に皇族としての自分の価値を下げるものになるのか、理解しようとしなかった。所詮名誉しか騎士に任ずることの出来なかった皇女と、そう見られているだけなのを。そしてもう一つ、スザクの本来の上司である宰相たる第2皇子シュナイゼルの存在を無視し、蔑ろにしているという事実と、それが己を含めて周囲におよぼす影響を。

── The End




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