並行世界




 誰よりも明日(みらい)を望んだ愛し子の死に、人の集合無意識である神は、その愛し子を裏切った者たちに罪を与えることにした。
 愛し子の存在により、聖女となった者に対し、ならばその愛し子のいない世界で何処までやれるか、やってみせるがいいと。



 彼女の最初の意識が戻ったのは、アッシュフォード学園の学園祭の最中だった。
 お忍びで学園祭を訪れたユーフェミアと出会ってしまったのだ。
「私は、お兄さまと一緒にいられればそれだけで……」
「お兄さま? 何を言っているの、ナナリー。貴方にはお兄さまなんていなかったでしょう、貴方はマリアンヌ様の一人娘だったじゃないの。何か夢でも見ていたの?」
「え?」
 お兄さまがいない、言われてみれば確かにその通りだ。自分に兄はいない。なんでそんなことを思ってしまったのだろうとナナリーは不思議に思った。
「それよりいいことを思いついたの。ね、ナナリーも参加してくれるわよね?」
「いいこと? 私が参加? 一体どういうことですか?」
「うふ。今はまだ内緒、でもそのうち分かるわ」
 そういって笑っていたユーフェミアは、風によって変装用に被っていた帽子を飛ばされ、副総督のユーフェミアであることが周囲に知れてしまった。
 あっという間に周囲を人々に取り囲まれたユーフェミアは、ガニメデに乗ってピザ生地を伸ばしていたスザクによって救い上げられた。
 そうしてユーフェミアは宣言する。
「フジサン周辺に“行政特区日本”を設立することを宣言いたします」
 ナナリーは理解した。それが、ユーフェミアがナナリーに対して参加を促したものだということを。
 そういえば兄がいると思っていた記憶の中の自分は、どうしたのだろうかとふと考えてみる。
 自分たちは特区に参加はしなかった。兄が隠れて暮らしている状態で参加など出来っこないと言っていたからだ。けれどユーフェミアがいる。ユーフェミアなら自分を守ってくれるかもしれない。
 そう思って、ナナリーはイレブンとなった日本人とブリタニア人が等しく手を取りあえることの出来る特区への参加を決めた。
 その特区式典会場、突如として乱心したユーフェミアによって、日本人に対する虐殺が始まった。
 何故、と思う間もなく、ナナリーも凶弾に倒れた。
 どうして、どうしてユーフェミアお異母姉(ねえ)さまは……。
 それがナナリーの最期の意識だった。



 次に彼女の意識が戻った時、そこは薄暗い土蔵の中だった。
 どういうこと? お兄さまは何処?
 記憶の中、自分は目も見えず足も動かなかった。けれど誰よりも自分を慈しんでくれる兄がすぐ傍にいてくれた。
 なのに今、自分は目も見えて足も動く。けれどあれ程に傍にいてくれた兄がいない。
 スザクも、ここに来て一番最初の日に『ブリキのガキは出ていけ』と言って去っていったのみだ。
 スザクが何と言ったのかは分からなかった。けれど『ブリキ』というのがブリタニア人に対する蔑称だということだけは理解した。
 何故? スザクさんはお兄さまと仲直りして、自分たちとよく一緒に遊んでくれたのに、何故、今はお兄さまもそのスザクさんもいないの? どうして私一人?
 世話をしてくれる者が一人いることはいる。けれどその者は本当に必要最低限のことしかしてくれない。記憶の中のかつての兄のように、親身になって世話をしてはくれない。その世話役にとって、自分の世話はあくまで仕事でしかなくて、仕事だから、最低限のことさえすればいいと思っているのだろうか。もっと色々してほしいのに。話し相手にもなってほしいのに。
 やがてブリタニアの日本侵攻が開始された。
 ナナリーは土蔵で震えているだけだ。アッシュフォードが救い出してくれた記憶を頼りに、それが訪れるのを待っているだけ。世話役の人間はナナリーを置いてさっさと逃げ出してしまっていた。
 でも大丈夫だ、アッシュフォードが必ず自分を救いに来てくれるはず。
 そう思っていつまでもナナリーはその場で震えて待っているだけだった。
 しかし待てど暮らせどアッシュフォードの救いの手は訪れず、やがてブリキのガキがいると知ってやって来た日本人たちによって、ナナリーは殺されてしまった。
 どうして、何故アッシュフォードは助けに来てくれなかったの? それがナナリーの最期の意識だった。



 母マリアンヌに庇われながらもナナリーは重傷を負った。
 両足を撃たれ、ただ痛みに震えているだけだった。
 それなりに手当はされた。しかし見舞いに訪れてくれる者は一人もなく、当然のことながら、自分を一生懸命励ましてくれた兄の存在すらもなく、ナナリーは一人絶望感に襲われていた。
 自分はこのまま死んでしまうのではないか。助からないのではないか。
 記憶の中、視力を失い、両足の機能を麻痺しながらも生きながらえていたけれど、ここはその世界とは明らかに違う。何よりも兄がいない。兄のいない世界でたった一人でどうやって生きていけるというのか。
 そう思ったのがナナリーの最後の意識だった。



 ナナリーは、過去へと戻る度に状況が悪化していく中、為す術もなく、ただ神による無限ループのような並行世界の中を過去へ過去へと遡っていくだけった。
 それはいつ終わるのか、その果ても見えない。最期には自分の存在そのものがこの世から消えているのだろうか。

── The End




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