偶像破壊




 その日は、新帝都ヴラニクスにある宮殿の中、皇帝執務室において民間のTV局による皇帝に対する独占インタビューが行われる日だった。
 しかしそのインタビューを受ける側であるルルーシュは、拳を震わせていた。
 聞いていないぞ、インタビュアーがミレイに変わったなんて! と。
 朝になって突然、「大変申し訳ないのですが、都合でインタビュアーが変更になりました」と連絡が入ったのだ。その時は変更になった相手の名前までは確認出来なかった。局側も本当に直前に予定していたインタビュアーが駄目になったことで慌てていたらしい。
 そして時間になって入って来たインタビュアーの姿を見て、ルルーシュは内心で冷汗を流した。
 何故なら、その相手とはかつてアッシュフォード学園において、さんざんルルーシュを振り回していたミレイ・アッシュフォードその人だったからである。
 せめてミレイがここが皇帝執務室であること、相手がかねてより知り合いのルルーシュとはいえ、現在は皇帝という地位にあることをきっちりと念頭において相手をしてくれることを願うのみである。ミレイの性格を考えれば、それはとても薄い望みだが。
 ちなみに、現在皇帝執務室にいるのは、ルルーシュとTVクルーの他には、ルルーシュの筆頭騎士であるジェレミア・ゴットバルトのみである。



「この度はお忙しい中、我が局の独占インタビューに応じていただきまして誠にありがとうございます、陛下」
「いや、たまにはこんなこともあってもよかろうと思ってな」
「早速ですが、陛下は即位前は市井に紛れてお暮しだったとか?」
 いきなりそれか! と思いつつ、ルルーシュは鷹揚に頷いて見せた。
「今はエリア11となっている日本侵攻前、日本に妹のナナリーと共に留学していて、そこで死んだことになっていたからな」
「どうしてそのような、死んだことなどに?」
「ブリタニアの国是は弱肉強食。庇護者であった母マリアンヌが亡くなり、私と妹は弱者となった。生きていましたと名乗り出てブリタニアに戻っても、弱者としてまた他の国に送られるのがオチだろうと判断したためだ」
「市井ではどのようにお過ごしだったのですか?」
「戦後のどさくさで偽りのIDを取得して、妹と二人、一般庶民として過ごしていた」
「その時、学生として通われていたのが、私立アッシュフォード学園でいらっしゃいますよね?」
 ミレイは口角を上げて笑みを浮かべながらそう尋ねた。
「よく知っているな」
 ルルーシュの心の中で冷汗が流れる。一体ミレイは次に何を言い出すつもりかと。
「そりゃそうですわ。だって私、そのアッシュフォード学園で高等部生徒会長をしていましたもの。ねえ、副会長のルルーシュ・ランペルージ君」
「……」
「あの頃は私のお祭り好きに付き合って、よく手伝ってくださいましたよねー」
「ミレイ……」
「ちなみに」
 そう言ってミレイは胸元から一枚の写真を取り出した。
「これが、そのお祭りの一つ、男女逆転祭りの際の皇帝陛下の麗しいお写真でーす!」
 思い切りTVカメラに向かってその写真を差し出した。
「ミレイ!」
 慌ててルルーシュがそれを止めようとするがもう遅い、その写真は既に全国ネットで流れてしまった。なにせこれは生中継。
「どうですかー、今は亡き陛下の母君であられる“閃光のマリアンヌ”様に瓜二つの美女でいらっしゃいますでしょう?」
 ミレイはTVの前の視聴者にそう問い掛けた。
「会長! 一体どういうつもりですか!?」
 思わず叫んだルルーシュに、ミレイは右手の人差し指を上げて左右に振った。
「ノンノン。違うでしょう、ルルちゃん、私はもう会長じゃないんだから」
「はっ!!」
 ミレイに指摘されて思わず自分の失言を悟ったルルーシュだった。
「私はですね、陛下、陛下のお考えになってらっしゃる“ゼロ・レクイエム”とやらいうものを止めていただきたくて今日参ったんですよ」
「な、何故それを!?」
「私の情報網を甘く見ないで欲しいわね。貴方が世界中の悪意を背負って復活したゼロに殺されることによって、後に“優しい世界”を遺す、そんな考えみたいだけど、それはルルちゃんの思いよがり」
「ミレイ、一体何を言い出す気だ! TVカメラを止めろ、インタビューはここまでだ!」
「まだ止めちゃダメよ」
 ルルーシュがTVカメラを抱えているクルーに命じるのに対して、ミレイはそれを止めさせた。
 そしてこの間、ジェレミアが全く動きを見せないことに、ここに至ってルルーシュは不振に思った。
「ジェ、ジェレミア、まさかおまえか、おまえがミレイに……」
「私ではありません」
「ゴットバルト卿じゃないわよ」
 二人は同時にルルーシュの言葉を翻した。
「とはいえ、ゴットバルト卿にはギアス・キャンセラーを掛けて貰って、先帝シャルル陛下から掛けられていた記憶改竄は解いてもらったけど」
「ジェレミア!」
「ルルちゃん程優しい人は、そして優秀な人はいないのよ。この世界は貴方を裏切った黒の騎士団や、気付いていなかったとはいえ、ペンドラゴンにフレイヤを投下して大量虐殺を働いたナナちゃんに任せていいものなんかじゃない。貴方が生きて、貴方が治めてこそ、貴方が誰よりも望む“優しい世界”が出来るのよ」
「……しかし……」
「貴方のために死んでしまった人たちのことを思うならなおさら、貴方は生きて、世界をよりよく治めることで償いとすべきよ。貴方一人が死んでも何の解決にもならないって、優秀なおつむをしてるくせにどうして分からないかな?」
「会長、俺は……」
「だから、私はもう会長じゃないって。ねえ、ゴットバルト卿、誰も“ゼロ・レクイエム”の成功なんて望んでませんよねー?」
「もちろんだ!」
 ミレイの問い掛けにジェレミアは即答する。ただ、心の中では、「たった一人を除いては」、と続けて呟いていたが。
「ジェレミア!」
「だからね、ルルちゃん、いえ、陛下、“ゼロ・レクイエム”は取り止めにしましょうね。第一、こうして公共の電波にのって世間に知られてしまった以上、何の意味もありませんしね」
「ミレイ……」
 そのためか、そのためにミレイにキャンセラーを掛けた上で誰かがゼロレクイエムのことをチクったのか。思わず脱力してしまうルルーシュだった。
「そういうことで、この放送と同時にテロップで流れているし、ネットでも情報を流してますが、ルルーシュ陛下の“悪逆皇帝”は真っ赤な騙り、データは全て捏造されたものです。ルルーシュ陛下程、この世界のことを考えていらっしゃる方はいません。ということで、“悪逆皇帝”だなんて言うのは止めにしましょうね。そんなことを言っているのは、ルルちゃんがゼロだったって知って、彼を裏切った黒の騎士団くらいなんですから」
「なっ!?」
 ルルーシュは何でそこまでミレイが知っていると慌てた。
 ちなみにルルーシュは知る由もないが、TV画面の片隅とネット上では、斑鳩の4番倉庫における黒の騎士団によるゼロことルルーシュに対する裏切りの画面が流されている。
「……ミレイ……」
 最早ルルーシュにはミレイの名を呼ぶしか、言うべき言葉がなかった。
「ほーほほほっ、ルルちゃん、この私に勝とうなんて100万年早いわよ。恨むならインタビュアーが私に変わったことを把握しきれなかった自分を恨みなさいな」
 そしてミレイは改めてTVカメラに向かってとびきりの笑顔で一言。
「以上、皇帝執務室からルルちゃんことルルーシュ皇帝陛下の独占インタビューを、ミレイ・アッシュフォードがお送りしました」



 この放送により、ゼロ・レクイエムのこと、さらにはルルーシュが他ならぬゼロであったこと、ひいては黒の騎士団がゼロを裏切ったことまでが知られるにおよんで、結局ルルーシュはゼロ・レクイエムを諦め、その後は登極した頃のように、“賢帝”と言われるに相応しい治世を行ったことは言うまでもない。
 付け加えておくなら、ジェレミアが心の中で呟いていた一人である枢木スザクは、フジ決戦において死亡したことになっており、ゼロ・レクイエムの時にそなえて、ルルーシュに指示された通りに隠れひそみ、そこでゼロとなるべく猛勉強に励んでいたのだが、放送を見、そしてその後の世界の反応を見るにおよんで、これまたゼロ・レクイエムを実行するのは不可能であると嫌でも認識するしかなく、結果、誰にも何も告げることなく、意気消沈したまま姿をくらました。その行方は誰も知らない。

── The End




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