現実の認識




 フジ決戦終了後、敗者であるナナリーたちが収監されている軍事刑務所を訪れた者がいた。ロイド・アスプルンドとC.C.の二人である。
 二人は、収監されている者たちの内、ナナリーへの面会を求めた。
 通された面会室で待つこと、およそ10分。ダモクレス内にいた時とは全く異なる粗末な車椅子に座ったナナリーが、看守に付き添われながらも面会室に入って来た。
「久し振りだな、ナナリー」
「その声は、C.C.さんですか?」
「ああ」
「僕のこと、お分かりになりますかぁ、ロイド・アスプルンドですが」
「ロイド、さん? あの、スザクさんのKMFを開発した……」
「そうでーす」
「それでそのお二人が今日は一体どんな用件で、私を訪ねてらしたんですか? 私の知識に間違いがなければ、C.C.さんがお兄さまにギアスという能力を授けられたんですよね。その結果、お兄さまはゼロとなり大勢の人を殺し、同時に人の意思を奪って己の意のままに操る人の道に誤る行いをした。そんなC.C.さんが一体私に何の用なんですか?」
「ふん、相変わらず自分を育ててくれた兄よりも異母兄のシュナイゼルの言葉を鵜呑みにしたままか」
 C.C.はナナリーの責めるような問い掛けに、彼女を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言葉を返した。
「だって本当のことじゃありませんか! ゼロはお兄さまだったのでしょう? 大勢の人を操って世界に混乱を招いた張本人じゃありませんか!?」
「世界を混乱に招いたっていうなら、それは以前の先帝のシャルル陛下ですよ、ナナリー様。シャルル陛下が世界に対して侵略戦争なんか仕掛けなければ、世界に混乱は起きなかったし、もちろん、ルルーシュ様や貴方が人質として日本に送られることも、死んだふりをして市井に紛れて暮らすこともなかった」
「そ、それはそうかもしれませんが、お兄さまが、ゼロが余計な混乱を招いたのは事実ではありませんか!?」
「ゼロは、ルルーシュはエリア11のテロリストを糾合し、ブリタニアに対抗した。そしてブリタニアに抵抗する国々を集め超合集国連合を創り上げた。それの何処が混乱を招いたことになるんだ? 聞かせて欲しいものだな」
「それは……、お兄さまがそんなことをしなければエリア11の混乱はなく、ユフィお異母姉(ねえ)さまの“行政特区日本”も成功していました! そうしたらユフィお異母姉さまが虐殺皇女だなんて、そんな不名誉なことを言われることはなかったんです! 全てはユフィお異母姉さまを陥れたお兄さまのせいです!」
「エリア11が混乱していたのはゼロが現れる前からですし、それに、ユーフェミア様の提唱した特区は、ゼロの介入がなくても失敗していましたよ」
「え?」
 ナナリーとC.C.の会話にロイドが割って入った。
「特区が当時のブリタニアの国是に逆らったものだったのはお分かりでしょう。そしてそれを認めさせるためにユーフェミア様は皇籍奉還をなさった。提唱者だった皇女が皇女じゃなくなった、つまり庇護者がいなくなったわけですね。そんな特区がいつまで保つとお考えだったんですか?」
「でも! 日本人とブリタニア人が手を取りあえるようになれば……!」
「そんなこと、徹底した差別主義を教育されているブリタニア人の一体誰が認めるとお思いで?」
「それは……」
「しかも貴方はユーフェミア様の特区の穴に気付くこともなく、そのまま同じ特区を再建しようとした。過去の教訓になんら学んでいらしゃらなかった。でもそんな貴方と敵対することを拒んだゼロ、つまりルルーシュ様は中華に引っ込んで、貴方がエリア11をうまく治めることが出来るようになさったわけですが」
「私のため? そんなの嘘です! だったら何故エリアに攻め寄せてきたんですか!?」
「そりゃあ、超合集国連合の最高評議会で日本奪還が決められたからですよ。それでもルルーシュ様は貴方を救い出すべく手は打たれてたんですよ。もっともその前にシュナイゼル殿下によって救い出されてらっしゃったみたいですが」
「そんなことより、今日はおまえに是非とも見て貰いたいものがあってな」
 今度は聞き役になっていたC.C.が言葉を挟んできた。
「ああ、そうでしたそうでした、それが今日の本来の目的でしたっけ」
「見てもらいたいもの? 一体何です? いまさら、処刑を待つだけの私に一体何を見せようというんです」
 C.C.は持参してきた鞄から二枚の大きな写真を取り出してナナリーの目の前にかざした。
「? これは一体何の写真ですか? 大きな穴が開いているようですけど」
「分からないか? こちらは」一枚を上げて「フレイヤを使用された直後のトウキョウ租界。そしてこちらは」残る一枚を示して「フレイヤが投下された後のペンドラゴンだ」
「えっ!?」
 言われたナナリーは、示された写真を食い入るように見つめた。
「これが、トウキョウ租界と、ペンドラゴンの跡……?」
「そう。トウキョウ租界では3,500万人余が死傷した。ペンドラゴンではそこに住んでいた億からの人間全てが一瞬で吹き飛んだ」
「なっ!? う、嘘です、トウキョウ租界はともかく、ペンドラゴンには避難勧告が出ていたはずです、それがそんなに人が死んだなんて……」
「ペンドラゴンに避難勧告? はっ、そんなもの、出てはいなかったさ。第一どうやって出すんだ? 当時既にペンドラゴンはルルーシュの支配下にあったんだぞ。そんな中、一体どうやってシュナイゼルが避難勧告を出せると?」
 ナナリーを馬鹿にしたように告げるC.C.にナナリーは半ば怒りで顔を赤らめた。
「でもシュナイゼルお異母兄(にい)さまはそう仰いました! シュナイゼルお異母兄さまはお兄さまと違って嘘などつかれません!」
「ナナリー様もいい加減あの腹黒殿下にいいように騙されてらっしゃいますねぇ」
 ロイドが呆れたように言ってのけた。
「確かにルルーシュはギアスで人を操った。だがそれは己が助かるため、そして作戦を上手くいかせるためにしか使用しなかった。それに引き替えおまえやシュナイゼルはどうだ? 人の意思を捻じ曲げるのが悪いというが、それ以前に人の意思など関係なく、フレイヤで一瞬のうちに吹き飛ばしたおまえたちにルルーシュを責める資格があるとでも思っているのか?」
「……わ、私は……」
「私は?」
「私は、何も知りませんでした! ただシュナイゼルお異母兄さまの仰られることを信用しただけです」
「ふん。そうして今度はシュナイゼルに責任を押し付けるか。だがフジ決戦でフレイヤのスイッチを押し続けたのは何処の誰だ? ルルーシュの罪は自分が討つと、進んでフレイヤのスイッチを押していたのは、そうして大勢の軍人を殺したのは、他ならぬおまえではなかったのか?」
「それは……」
 言い返す言葉が思い浮かばずに、ナナリーの視力を取り戻した瞳が揺れる。
「とにかく、ナナリー様はご自分がなさったことをもっとご自覚されるべきですね。これからでも遅くありませんから」
「この二枚の写真は、おまえへの差し入れとして置いていこう。これを見て良く考えることだな」
 C.C.のその言葉を最後に、二人は面会室を後にした。
 残されたのは、一枚のガラスを隔てた向こう側に置かれたままの二枚の写真。
 その写真を視界に映して、ナナリーは震えた。
 あの二人の言ったことが事実なら、自分は一体何をした? ペンドラゴンにフレイヤを投下したのは、帝国の中枢を破壊して国内の混乱を招くためだけだったはずだ、ルルーシュの力を殺ぐために。それが、そこに住んでいた人を皆、一瞬のうちに吹き飛ばしたというのか。けれどシュナイゼルは、ペンドラゴンには避難勧告を出したと言っていた。シュナイゼルは兄のルルーシュと違って自分に嘘はつかないはずだ。
 ここに至ってもなお、ナナリーは現実を現実として受け入れることを拒否していた。自分がそんな大勢の人を殺したなんて嘘だと、そう思いたかっただけなのかもしれないが。

── The End




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