続・外交儀礼




 エリア11のトウキョウ租界にある私立アッシュフォード学園、この度、ブリタニアの超合集国連合への加盟を決める為の臨時最高評議会の場所となったその学園内の会場で、最高評議会議長皇神楽耶は、ブリタニアの第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの訪れを今や遅しと待ち構えていた。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア── すなわちゼロの訪れを。
 しかしいつまで経っても彼がやって来る気配はなく、何人かの代表が様子を見るべく、会場となっている体育館を後にした。



 やがて戻って来た彼らの中に、ルルーシュの姿はなかった。そればかりか、代表たちの顔は皆意気消沈している。
「どうされました?」
 議長として檀上から、神楽耶は彼らに声を掛け、その問い掛けに、一人が重々しく口を開いた。
「ルルーシュ皇帝陛下なら、帰られましたよ」
「帰った? どういうことです?」
 神楽耶は眉を寄せてさらに問いを発した。
「議長、貴方の指示だったとはいえ、我々は礼儀の何一つ分かっておらぬ娘一人だけを出迎えに送り、さらにはその娘はルルーシュ皇帝を呼び捨てにしたのですよ。
 そんな態度を取る我々超合集国連合に加盟する意義はないと、そのような超合集国連合に加盟することはブリタニアの品位を疑われるだけだと仰って帰ってしまわれました」
「なっ!? 元をただせば今回の最高評議会は、ブリタニアの参加表明を受けてのものではありませんか? それを顔も出さずに帰るなどと、ブリタニアこそ何を考えているのです!?」
 神楽耶のその物言いに、別の代表の一人が口を開いた。
「ルルーシュ陛下はこう仰いました。
『外交儀礼を何一つ分からぬような娘一人を出迎えに寄越し、あまつさえその娘は私に詰め寄った。そのようなことを許す超合集国連合に、我がブリタニアが加盟する意義を見いだせない』と。
 しかもその娘は、一国の君主たるブリタニアの皇帝を呼び捨てにしたのですよ! そしてそれが、我々超合集国連合のブリタニアに対する評価だとルルーシュ陛下は仰った! そんな行動をとる超合集国連合に加盟する意義は見いだせないと!」
「貴方が指定した出迎えの小娘一人のために、我が超合集国連合は礼儀を知らぬ恥知らずと言われたのですよ!」
「そ、そんな……」
 口々に言われる代表たちからの言葉に、神楽耶は狼狽えた。
 何故カレン一人を出迎えに出したかと問われれば、それは黒の騎士団の幹部たち── 主に日本人たちだが── の要請であり、また、彼女がかつてルルーシュの、つまりゼロの親衛隊長という立場にあったからだ。それはルルーシュに対する牽制であると同時に、彼を油断させるためのものでもあった。
 だがそれが裏目に出たというのか。しかも超合集国連合は、ブリタニアに対し、礼儀を知らぬ恥知らずな集団と見られたと。
「議長」
 それまで黙って彼らの遣り取りを見ていたEUから参加している代表の一人がそう呼び掛けて立ち上がった。
「彼らの」様子を見に出ていた代表たちを見て「言う通りだったとしたら、我々は、外交を行っていく上で相応しからざる存在と判断されたということです。それも貴方の指示のせいで」
「わ、私は黒の騎士団幹部たちからの助言を得て……」
「議長の貴方が、黒の騎士団幹部たちからの助言、ですと? 貴方は何を考えていらっしゃるのですか!? そして助言したという黒の騎士団の幹部たちもだ! 今の結果をご覧なさい! 我々は話し合うに足りない集団だと宣言されたのですよ!」
 別の一人が立ち上がった。
「本日の本来の議題からは逸れますが、私はここに、皇議長の議長職解任を要求します」
「それなら議長に助言をしたとかいう、己らの立場を理解していない黒の騎士団幹部たちも同様でしょう」
「ま、待ってください! ブリタニアには、ルルーシュには最初から他に何か目的があって、超合集国連合への加盟などというのは単なるおまけでしかなかったのではないのですか? だから彼は適当な理由をつけて帰ってしまったのでは……」
「その理由とは何です? 第一、議長たる貴方までが一国の君主を呼び捨てとは如何なることです!? これでは我が、超合集国連合が話し合うべき相手ではないと受け取られても致し方ない!」
「私の議長解任の案に賛成の方は挙手を願います」
 神楽耶の議長職解任を言い出した代表は、議長である神楽耶を無視して他の代表たちに問い掛けた。
 先刻からの遣り取りを目にしていた、ルルーシュが告げたとされる言葉を聞いた代表たちは、神楽耶の議長職解任は当然のことと揃って挙手をした。しなかったのは、神楽耶と親しくしており、政治というものを未だあまりよく理解しておらず、先程からおろおろしているだけの中華の天子くらいのものだ。
「騎士団幹部たちの交替について賛成の方は?」
 同じく神楽耶を無視して行われたその問いに、これまた天子以外の全ての代表たちの手が上がる。
「ま、待ってください! このような、超合集国連合が割れるような事態は、それこそルルーシュの、ブリタニアの望むところなのではありませんか!?」
 思わず神楽耶はそう叫んでいた。しかしどこが割れているというのか。
「今の事態のどこが割れているというのです? 反対されたのは中華のみ。それとて、中華の代表である天子殿が幼く、物事をよく理解していないからでしょう。そして貴方との個人的な友誼からとしか考えられない。我々の意見は一致しています。さあ、皇神楽耶殿、その座を退()いていただきましょう。我々は貴方と中華の天子殿を抜かした中から、つまり子供ではなく、大人の中から、新しい議長を選出します。そして自分たちの立場も顧みず、貴方に愚かな助言を行ったとされる、おそらく日本人幹部たちでしょうな、彼らに対する更迭と、代わる幹部の選出を行います」
「そ、それがブリタニアを利するだけだと申し上げているのです!」
「我々は! 既にそのブリタニアから、ルルーシュ陛下から、まともな儀礼一つとれない無礼者の集団とのレッテルを貼られたのですよ! それならばそうなった原因を払うのは当然のことでしょう!! 今回の事態を招いた貴方には、口出しする権利はない!」
「そんな……」
 神楽耶は言葉もなく頭を左右に振った。
 そんなつもりはなかった。ただルルーシュの持つギアスのことを考えて、それで行った処置だったのに。
 けれどギアスに関する情報を共有出来ない代表たちに、それを告げることは出来ない。いや、告げたとしても、馬鹿にされるのがオチだ。
 自分たちが、ブリタニアに、その皇帝たるルルーシュに対して外交儀礼に欠いた行動を取ったのは、紛れもない事実なのだから。



 それから二日後。
 超合集国連合は、議長の交代と、超合集国連合の外部機関である黒の騎士団の幹部の大半を入れ替えたことを世界に対して公表した。
 そして改めて、ブリタニアに対して超合集国連合参加を考慮してもらいたい旨と、そのための評議会開催の用意があることを告げたのであった。

── The End




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