双 子




 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死亡を受けて、ブリタニアは次の代表に、“悪逆皇帝”ルルーシュと最後まで戦った“聖女”ナナリー・ヴィ・ブリタニアを選んだ。そこにはナナリーの心の中に秘めた「お兄さまの意思を継ぎたい」との思いもあったことは否定出来ない。
 そうして神聖ブリタニア帝国が合衆国ブリタニアとして名を変えて暫くしたある日の夜のこと。
 代表公邸の中、プライベート空間である自分の居間でナナリーが寛いでいる時、不意に窓を叩く音がした。
 音のした方を見やると、そこには一人の少女が立っていた。それも自分によく似た、というよりも瓜二つといっていい程の少女が。
 ナナリーは不思議に思いながらも、あまりにも自分に瓜二つな少女の顔に思わず警戒心を解いてしまったのか、窓辺に近寄り、その窓を開けてしまった。
「貴方は、誰?」
 私に瓜二つの貴方は一体何者なの?
「私の名はサリー。サリー・カーティス。けれど本来の名はサリー・ヴィ・ブリタニア」
「えっ?」
 ナナリーは告げられた名に思わず目を見開き驚愕の表情を浮かべた。
「じゃあ、もしかして死産だったといわれていた私の双子の……?」
 死産ではなかったのか、実は生きていたのかとナナリーは思った。
 ナナリーは実は双子で生まれたのだが、皇室では双子は忌み嫌われている。そんな中、双子の片割れは死産だっということで、ナナリーは無事にヴィ家で育てられたのだが、実は片割れは死産ではなく生きていたというのか。生きて、他家に預けられていたのかとナナリーは理解した。
「そう、私は貴方の双子の片割れ。死産ということにされたけど、実はきちんと生きていたのよ。でも皇室では双子は忌み嫌われるとして、アッシュフォードの手によって生まれてすぐに他家に預けられて育ったの」
「ああ、私のもう一人の肉親が生きていたのね。こんな嬉しいことはないわ、サリー」
 サリーと名乗った少女の話の内容に、ナナリーは手放しで喜びを表現した。
 しかしサリーの表情にあるのは唯一となった肉親に対する情愛などではない。それは憎しみに満ちたものだった。
「ルルーシュお兄さまは私のことをご存じで、時々手紙をくれていたわ。それは日本がエリア11となり、ランペルージという偽りのIDを入手した後も途切れることなく。その手紙の中には貴方のことがよく書かれていた。双子の片割れである貴方の存在を私が気に掛けていると思ってのことでしょうね」
「お兄さまが? お兄さま、そんなことは一言も……」
「死んだことになっている妹の存在を明らかにすることなど出来ないと考えられてのことでしょうね。たとえそれが貴方であっても」
 そこまで話をしていて、ナナリーは未だ窓の内と外にある自分たちの状態に改めて気付いたように、サリーに中へ入るように促した。サリーは促されるまま、その決して華美ではないが豪華な居間に足を踏み入れた。
「今、お茶の用意を……」
 そう言ってメイドを呼ぶ鈴を鳴らそうとそれを取り上げたナナリーの手をサリーの手が止めた。
「お茶は結構。そこまで長居する気はないから」
「? じゃあ、今日はどんな用で? ああ、今ならもうかつての皇室は存在しないから、実は貴方が生きていたと公表することも出来るわ。そのことで来たのなら……」
「勝手な憶測は止めて欲しいわ」
「え? 違うの?」
 ナナリーはサリーが今になって自分の前に姿を現したのはてっきりそのためなのではないかと思ったが、どうやらそれはナナリーの早合点だったようだ。けれど皇室は既にないのだし、サリーの存在を公表することに対してなんら差しさわりはない、彼女が望むならそれをしたいとナナリーは思った。彼女はいまやナナリーにとって唯一残された母を同じくする肉親なのだから。
「今日は貴方に言いたいことがあって来たのよ」
「私に言いたいこと?」
「お兄さまの死の上の代表の座は、座り心地は良くて?」
「えっ?」
 思わぬことを聞かれたというように、ナナリーはきょとんと小首を傾げた。
「身体障害を負ってからずっと、お兄さまの世話になって、お兄さまがいなければ生きてこれない状態を送ってきて、それなのにそのお兄さまを信じることをせずにペンドラゴンの民を大虐殺した皇女様、世間では貴方のことを“悪逆皇帝”と最後まで諦めることなく戦った“聖女”と称えているけれど、実態はどう? ペンドラゴンの民を、そしてブリタニアの多くの軍人をフレイヤで殺した虐殺皇女じゃない。ユーフェミアの虐殺も陰に隠れるくらいの大虐殺者。それが、今は聖女面で代表の座に就いている。そのご気分はどうなのかしらと思って、聞きに来てみたのよ」
 ナナリーはサリーの言葉に顔色を変えた。
「そ、それは……、ペンドラゴンのことは、民は避難させたとのシュナイゼルお異母兄(にい)さまの言葉を信じて……」
「少しでも真面に考える頭を持っていれば、そんなこと不可能だって分かったはずよ。なのにそんなことも分からないで、以前はエリアの総督の地位を、そして今はブリタニアの代表の地位を得ている。しかも全てルルーシュお兄さまの犠牲の上で。さぞやいい気持ちなのでしょうね、“悪逆皇帝”の命と引き換えに得た地位だもの」
「そんなこと! そんなことないわ! 私はただお兄さまの意思を継いで……」
「お兄さまの意思を継ぐ? 大虐殺者の貴方が? そんな勝手なこと言わないで! さんざんお兄さまの世話になっておきながら、それを極当然のことのように受け取って! そしてそんなお兄さまの死の上に今の貴方はいるのよ! 自分が大虐殺者だっていう自覚はあるの? あったらブリタニアの代表になんてなれないわよね。そんな厚顔無恥なこと、出来っこないわ!」
「わ、私は……」
 ナナリーはサリーに返す言葉を必死に探したがなかなか出てこなかった。その一方でサリーのナナリーを責める言葉はなおも続く。
「お兄さまの愛情をあれだけ受けて育てて貰っておきながら、貴方にとってお兄さまは自分の世話をしてくれて当然の存在だと、そのためだけにいてくれる都合のいい人だとでも思っていたのでしょう! 私はどんなにお兄さまに会いたくても会うことすら出来なかったのに! それに引き替え貴方はずっとお兄さまの傍にいたのに、何一つお兄さまのことを理解していなかった。貴方にとってお兄さまは一体何だったの!? 態のいい召使いだったの!?」
「そんなことありません!」
 サリーのあまりの言葉にナナリーは叫び返していた。
 つまるところ、サリーは自分に嫉妬しているのではないかとナナリーは思った。常に兄の傍にいてその愛情を注がれていた自分と、文を交わすのがせいぜいだった自分の双子の片割れのサリー。サリーも受けられるはずだった兄の愛情をたった一人当然のように受けていた自分。そんな自分に対して、サリーは嫉妬しているのだと思った。けれどその兄はもういなくて、だからその心を自分にぶつけるためにやって来たのではないかと考えた。
「貴方は、私に嫉妬しているの?」
「嫉妬? そんな生易しいものじゃないわ! 私は貴方を憎んでいるのよ! お兄さまの死の上に胡坐をかいて座っている貴方を憎んでいるの! そして自分に人の上に立つ資格があるなんて思い込んでいる貴方に現実を突き付けてやるために来たのよ! 貴方に自分が大量虐殺を働いた自覚を促すためにね! そしてお兄さまは貴方のために死んだってことを思い知らせるために! お兄さまは貴方に、貴方のために“優しい世界”を遺すのだと最後の手紙で告げてきたわ。でも実際はどう? 今の世界の一体何処が優しい世界なの!? 聖女面した虐殺者が、お兄さまを殺そうとした裏切り者が指導者を務める世界の、一体何処が優しい世界なの!?」
「それは……」
 ナナリーにはサリーに対する答えがなかった。サリーが言っていることは紛れもない事実であり、今の自分はそれをよく知っている。だが、だからこそ自分は兄の意思を継ごうと思ったのだ。それを信じて欲しい。
「貴方の言葉を否定は出来ない。でもだからこそ、お兄さまが遺されたこの世界を優しい世界にしていくために私たちは努力して……」
「そんな努力はいらないって言っているのよ、私は。貴方は自分の罪と向き合っていない。自分の犯した罪の償いをしていない。私は貴方にそれをしろと言いに来たのよ! 貴方は世界に対して自分がしたことを告白し、代表の座を降りて罪を償うべきだわ。それが何よりも貴方がすべきことよ!!」
「そんなこと……」
 今の世の中でそんなことは出来ようはずがないとナナリーは思う。そんなことをしたら世の中に混乱を招くだけだ。
 出来ないと口にはしないまでも首を横に振るナナリーに、サリーは告げた。
「貴方が言わなくても、私が言ってあげるわ。だって私と貴方は双子、瓜二つ。私が貴方の振りをしたって誰も気付かない。私が貴方の罪を世界に公表してあげる」
「待って! そんなことをしたら世界は……!」
「世界がどうなろうと知ったことですか! お兄さまのいらっしゃらない世界なんてどうとでもなるがいいわ!」
 その叫びを最後に、サリーは入って来た窓から夜の闇の中を駆け去っていった。
「待って!!」
 後にはナナリーの声が虚しく響いた。

── The End




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