シンジュクゲットー掃討作戦の指示がG1ベースのクロヴィス総督から発せられた。
その一方で、名誉ブリタニア人で構成される歩兵部隊には、テロリストに奪取された毒ガスポッドの捜索が指示されていた。
そんな中、とある廃屋で彼── 白河秀一── は彼と出会った。
彼の直ぐそばにあるポッドに、それが自分たちが捜し求めるものであることに気付き、胸元に手を当てて信号を送ろうとした段階で、何処か見覚えのある彼にその手を止めた。
「おまえ、昔スザクのところの、枢木神社にいた、ブリタニアの、えっと、ルルーシュ、か?」
幾分そのうろ覚えの名前を呼ぶのに不安そうにしながらも、秀一は彼に尋ねた。
「何故俺のことを知っている?」
呼ばれた彼── ルルーシュ── は、秀一とは別の不安感からそう問い返した。
「俺、スザクとはここがまだ日本だった頃、同じ学校のクラスメイトだったんだ。直接おまえに会ったことはなかったけど、スザクといるところは何度か見てるし、話には聞いていた。俺の記憶に間違いがなければ、おまえ、ブリタニアの皇子様、だよな?」
秀一の説明に、それならば知られていても、気付かれても不思議はないかと、それでも緊張を解くことはせずにルルーシュは頷いた。
「けど、今このエリアにいる皇族は総督のクロヴィス殿下だけのはずだけど、おまえ、今どうしてるんだ?」
「皇族といっても、俺と俺の妹は公的には死んだことになってる。今は偽りのIDで、一般庶民として生きている。調べてみるといい、ブリタニアでは鬼籍に入ったことになっているから」
「なんで偽りなんて。名乗り出ればいいのに」
ブリタニアの皇室のことを何も知らない者からすれば、極当然の疑問だろう。
「ブリタニアの国是は弱肉強食。それは皇室内でも変わらない。俺たちが日本に送れらたのも庇護者たる母が殺され弱者となったからだ。そうである以上、たとえ生きていましたと名乗り出ても、やはり弱者としてまた別の国へ人質として送られるか、よくて飼い殺し、最悪暗殺されるような事態が待っているだけだ。俺は、俺自身はともかく、ナナリーだけはそんな目にあわせたくない」
苦渋の表情を浮かべながらそう告げるルルーシュに、秀一はかつての記憶を辿りながらさらに問い掛ける。
「ナナリーって、あの車椅子に乗ってた、おまえの妹?」
「そうだ。さあ、どうする? 死んでいたはずの皇族を見つけましたと、上に報告でもするか?」
「あー……。あのさ、」秀一は言いよどんだ。「とりあえずもうちっと近くにいってもいいか、このままじゃ話辛い」
「? 構わないが?」
「助かる」
そう返して、秀一はルルーシュに近寄った。
「俺の中にさ、もう一人の俺の記憶があるんだよな。その記憶の中では、今気が付いたんだけど、おまえがブリタニアの皇帝になってて、世間から“悪逆皇帝”って呼ばれてて、そんでもって、世界中を巻き込んだ戦いに勝ったおまえが、敗けた奴らを処刑するためのパレードの最中に、“ゼロ”って呼ばれてる変な仮面を被ったテロリストに殺されて、処刑台にいた連中は皆解放されて世界中がお祭り騒ぎみたいになってた。でもその前に、ブリタニアの帝都、ペンドラゴンって言ったっけ?」
ルルーシュが黙ったまま頷く。
「そこに、何とかっていう大量破壊兵器が投下されててさ、おまえが戦ってたのはそれを投下した連中だったんだ。それでペンドラゴンにいた人たち皆、一瞬のうちに消滅させられてた。ちなみにその前にも、このトウキョウ租界に同じ兵器が投入されて、政庁を中心にして大きなクレーターが出来て、たくさんの数えきれない程の死傷者が出てた。
ペンドラゴンには避難勧告が出されていて皆生き延びたって話で、そこで死んだ人間の数は皇帝が、要はおまえが悪逆の限りを尽くして、自分に反旗を翻した連中を殺したって情報が流れてたんだけどさ、俺の中では、どう見たってその情報の方が間違いで、死んだ人たちは皆ペンドラゴンにいた連中で、その兵器にやられたんだと思うんだよ。でなきゃ、いくら世界を征服した悪逆皇帝だっていったって無理が有り過ぎる。それに、その兵器を投下した連中と一緒に戦ってたのは、黒の騎士団っていってさ、今はまだないけど、元はこのエリア11の、日本解放のためのテロリスト集団なんだけど、そいつらもおかしいんだよな。なんだって大量破壊兵器を平気で使用する連中を認めて仲間になって戦ってるんだ、って、もう一人の俺は思ってた」
「それで、何が言いたいんだ、おまえは? それに、俺はおまえの名前もまだ知らないんだが」
「あ、名乗ってなかったか。俺、白河秀一ってんだ。今は家族のためもあって、生きるために名誉になってるけどな。それでも俺の心は日本人だ」
そこは胸を張って秀一は答えた。
「それでだな、おまえの質問だけど、おまえが皇帝になったってことは、そこに何かあったわけだよな。ちなみに記憶の中の情報では、おまえが今の皇帝を弑して帝位に就いたってことになってる。そこに何があったのかは分からないけど、とにかく、おまえは何らかの力を得て、それで今の皇帝を倒して帝位に就いたってわけだ。なら、それを早めることって出来ないのか? そんでもって、あんな変な死に方しないで、おまえがブリタニアを治めろよ。
おまえが皇帝になった直後は、おまえは皇族や貴族たちの特権を廃止して、財閥も解体して、ナンバーズ制度も廃止して、エリアの解放も進めるって言って、“賢帝”って呼ばれてたんだ。俺の中のもう一人の俺は、そっちの方がおまえの本当の姿なんじゃないかって、そう思ってる。だからいつまでも隠れてないで、いっそのこと名乗り出てみるのもて手じゃないのか?」
「さっきも言っただろう、今の俺は、ブリタニアの皇室では弱者にしか過ぎないと」
「うーん、問題はそこだよな」
秀一は腕を組んで考え込んだ。
「何がおまえを皇帝にしたのか、だよな。つまり、おまえが何の力を得たのか、ってのが問題なわけだ。それが分かって、それを一日も早く手に入れることが出来れば、さっさとおまえが今の皇帝を倒して、帝位に就くことが出来る」
何なのかなー、と秀一は首を左右に振りながら、ひたすら考え込んでいた。
するとその時、ルルーシュの脇にあったポッドが光輝き、二つに割れた。
「な、なんだっ!!」
秀一は慌てて飛びのく。
それは毒ガスポッドだったはずだ、しかしその光の中から現れたのは、ブリタニアの拘束服に包まれた一人のライトグリーンの髪をした少女だった。
「「……」」
ルルーシュも秀一も、言葉もなくその少女を見つめていたが、やがて倒れ込んでいく少女を、ルルーシュは慌てて駆け寄って抱き止め、口元を覆う拘束具を外してやった。
「見つけた」
意識を取り戻して瞳を開いた少女は、その琥珀色の瞳を細めて己を抱き止めるルルーシュを見つめ、そう呟いた。
「おまえの知り合いか?」
少女の言葉を受けて、秀一はルルーシュに尋ねた。
「いや、少なくとも俺の記憶の中では一度も会ったことはない」
首を振りながら答えるルルーシュに、秀一は不思議そうに首を傾げた。
「けど、このお嬢さんはおまえのことを知ってるってことだよな。っていうか、それ以前に、これって毒ガスポッドじゃなかったのか!? 俺はそう言われて探してたんだぞ!」
いい加減な嘘つきやがって、と鼻息も荒く秀一は叫んだ。
「力が欲しいか?」
直前の二人の会話を聞いていたかのように、少女はルルーシュに向かって問い掛けた。
「その力はおまえを孤独にする。人とは異なる摂理。異なる時間。異なる命。それをおまえが受け入れる覚悟があるのなら、私はおまえに力を授けよう」
少女の顔を見ていた秀一が、思わず「あーっ!」と叫びながら少女を指さした。
「あんた、確か皇帝になったこいつの傍にいた……、いや、それ以前に、テロリストのゼロの傍にいた女、あれ、あんただったのか!? あれ? ちょっと待て。ゼロの傍にいて、その後皇帝になったこいつの傍にいて……ってことは、もしかして、ゼロってこいつだったのか!?」
秀一の言葉に、ルルーシュは少女に向けていた顔を秀一に向けた。
「皇帝になった俺は、ゼロに殺されたんだろう?」
「ああ。……けどその前に、黒の騎士団から、ゼロの死亡が公表されてた。あれは、黒の騎士団が日本を奪還するために起こした第2次トウキョウ決戦の時、トウキョウ租界で、例の兵器が使用された後だ。だから、おまえを殺したゼロが本物のゼロとは限らない」
「それもおかしな話じゃないか。黒の騎士団とやらはゼロの死亡を発表したんだろう?」
「うーん」と思わず秀一は唸りながら考え込む。「じゃあ、何らかの方法でゼロの正体がブリタニアの皇子であるおまえだって知れて、おまえが黒の騎士団から逃げ出したか何かしたとかってことは考えられないか?」
「随分と想像性が逞しいというか豊かというか」
半ば呆れたようにルルーシュは秀一に向けて呟いた。
「いや、だって、考えてみればその後の黒の騎士団の動きって、明らかにおかしかったし。だってそれまで敵対してたブリタニアと共同歩調とったりとかしてたんだぜ。考える余地はあるだろう?」
問い掛けに答えを得られずにいた少女は、再度ルルーシュに問い掛けた。
「どうする? 力を得るか? 力を得て魔王として生きるか、それともこのまま市井に紛れて死んでいくか、どちらを選ぶもおまえ次第だ」
「魔王?」
少女の口にした言葉に、ルルーシュは思わず問い返していた。
「私はC.C.。永遠の時を生きる魔女。私から力を得て私と共に生きるということは、おまえが魔王になるということだ。さあ、どうする、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。“閃光のマリアンヌ”の息子よ」
「おまえ、母さんのことを知って!?」
C.C.と名乗った少女が口にした母の名に、ルルーシュは即座に反応した。
「おまえのことなら何でも知っている。だから尋ねている。力が欲しいかと」
「こいつがその力を得れば、こいつは今の皇帝を倒して、こいつ自身が帝位に就くことが出来るのか?」
C.C.の問い掛けに問い返したのは、ルルーシュではなく秀一だった。
「それはルルーシュ次第だな」
「あんたがこいつの傍にいたってことは、こいつはあんたからその力を得たってことだよな。だから皇帝にまでなれた。ならルルーシュ、その力を貰うべきだ。そしておまえが今のブリタニアをぶっ壊して、新しい、強者も弱者もない、皆に優しい世界を創るべきだ。それが正しい方法だと、俺は思う。
まあ、あくまで俺の中のもう一人の考えが正しければの話だけどな」
「……」
ルルーシュは考え込んだ。
すると、いつの間にか三人の前には総督であるクロヴィスの親衛隊の姿があった。
「そこの名誉! 見つけたなら何故即座に報告せん!」
親衛隊長と思しき男が秀一を怒鳴りつけた。
「あ、それは……だって、これって毒ガスじゃなかったし、それにこいつ俺の知り合いだし……」
「そうか、ならば貴様も、その貴様が知り合いだというそいつにもここで死んでもらおうか。その少女にはまだ用がある」
親衛隊長のその言葉に、親衛隊員の持つ銃が彼ら三人に向けられた。
「待て! 殺すな!!」
そう叫んで、ルルーシュの腕の中にいた少女が二人の前に立ちふさがる。
放たれる銃弾は少女を撃ち抜いた。
── 力が欲しいか?
ルルーシュの脳裏に響いた少女のその声に、倒れゆく少女の腕を掴みながら、彼は思わず答えていた。
「結ぶぞ、その契約!」
そこに残されたのは、親衛隊員たちが自らを撃って出来た死体の山だった。
それを見下ろして秀一がルルーシュに問う。
「今のが、おまえが得た力?」
「らしいな……」
さて、これからどうしようか、といった感じで二人は出来あがった死体の山を見下ろした。
「……おまえの力── ギアス── は絶対遵守らしいな」
二人の後ろで、銃で撃たれて死んだはずの少女が起き上がってそう告げていた。
「あ、あんた、生きてっ!?」
「言っただろう。私は永遠を生きる不老不死の魔女。このようなことで死にはしない」
「そういえば言ってたな……」
少女が告げていた言葉を思い出しながら、秀一はそう呟いた。
「ギアス、絶対遵守とはどんな力だ?」
ルルーシュが少女に問い掛ける。
「その名の通り。その力、ギアスを使えば誰もがおまえの命令には絶対服従となる」
「その力がこいつを皇帝にしたってわけか?」
C.C.の答えに、漸く納得がいったといった気に秀一が答えた。
「で、これからどうする?」
「とりあえず、シンジュクゲットー掃討作戦を止めさせるか」
ルルーシュは今現在の問題を口にした。それが止まらない限り、アッシュフォード学園に戻ることも出来そうになかったので。
「んじゃ、俺、おまえに付き合うわ」
「家族のことはいいのか? 家族のために名誉になったんだろう?」
「家族全員名誉になってるから、その中で軍人になった俺が抜けても大丈夫。行方不明ってことで死亡扱いになるだろうから、却って金が入って── といってもたかが知れてるだろうけど── 家族の懐が少しは潤うかも」
「行方不明って……、おまえ……」
「言ったろ、おまえに付き合うって」
そう言って秀一はルルーシュの手を取って握り締め、そしてC.C.の肩を叩いた。
「お嬢さん、C.C.って言ったっけ、これからよろしくな」
そうして不思議な同盟が、まだ三人だけに過ぎなかったが出来あがった。
秀一の記憶の元、ルルーシュはあえて黒の騎士団とやらを創ることはやめた。だがそれでも、秀一の記憶の中のゼロが自ら告白したように、クロヴィスのところに出向き、シンジュクゲットー掃討作戦を取りやめさせ、その命を奪った。
それが始まりの合図。さあ、これからブリタニアへの反逆の始まりだ。
── The End
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