トウキョウ租界のアッシュフォード学園における超合集国連合臨時最高評議会での会談が不調に終わったルルーシュを待っていたのは、ペンドラゴンへのフレイヤ投下との報告であった。
まさか、と思った。可能性として全く考えていなかったわけではない。皇帝である自分が留守にして手薄になっているペンドラゴンが攻撃される可能性は、少なからず考えていた。しかしそれがフレイヤ投下などという、ペンドラゴン消滅という事態までは想像していなかった。
ペンドラゴンには億に上らんとする人々が暮らしている。それを何の躊躇いもなくフレイヤを投下し、一瞬のうちに消滅させるとは、そこまでシュナイゼルが冷酷非道な行いをするとは考えてもみなかった。
しかしルルーシュが受けたショックはそれだけではなかった。なんとナナリーが生きていたのだ。それだけならば喜ばしいことであったが、結果としてそれはルルーシュにとって非常に残念な結果だった。ナナリーはシュナイゼルに担がれ、自分こそが第99代皇帝であると僭称し、ペンドラゴンにフレイヤを投下することを容認していたのである。
実の妹が億に上らんとする人々に対する大虐殺を行ったという事実に、そして彼女がペンドラゴンの民は避難させたとのシュナイゼルの言葉を信じ、実態を全く把握していないことに、ルルーシュはいいようのない悲しみを覚えた。
だが悲しんでばかりもいられない。消滅したペンドラゴンに変わって、異母姉ギネヴィアの進言もあって、旧都ヴラニクスを改めて帝都として指定し、首都機能の構築を急いだ。
その一方で、トウキョウで身柄を確保したニーナを説得し、ロイドたちと共に、アンチ・フレイヤ・システムの構築に当たってもらえることとなったのは、せめてもの救いだった。後は時間との勝負だ。
そうして皆が不眠不休の状態にある中、ルルーシュの心を癒してくれたのは、異母姉ギネヴィアの存在だった。
先帝シャルルによって記憶を改竄されていた当初から、ルルーシュをロロと共に密かに保護し、C.C.によって記憶を取り戻し、ゼロとして復活してエリア11に戻って以降も、時々連絡を取りながら過ごしていたが、シャルルを弑逆してペンドラゴンに戻ったルルーシュを、ギネヴィアは手放しで喜んでくれた。彼女一人が、ルルーシュがシャルルに代わって第99代皇帝となることを進んで認めたのだ。結局他の皇族や貴族たち、文武百官に対しては、ルルーシュはギアスをもって己を皇帝とすることを認めさせた。
そして先帝シャルルのラウンズたちとの戦いを経て、アッシュフォード会談に臨み、現在はヴラニクスに首都機能を移築すべく忙しく働いている。そんな状態にあって、ギネヴィアは以前と変わりなく、いや、以前以上にルルーシュに対して気を掛けてくれるようになっていた。それはおそらく、妹のナナリーを敵としなければならなくなった異母弟に対する労り、愛情故であったのだろうが。
そうして再びシュナイゼルと対するべく、慌ただしくヴラニクスを発つことになったルルーシュを、ギネヴィアは優しく抱き締めて、「必ず無事に戻ってきや」と、そう告げて送り出してくれた。
迎えたエリア11のフジ決戦では、先帝シャルルを弑逆したとして敵となって向かって来たジノ・ヴァインベルグが、シュナイゼルたちの帝都に対するフレイヤ投下という事態を受けて、主であるシャルルを弑逆されたことへの恨みつらみよりも、自国の民を何の躊躇いもなく虐殺してのけたシュナイゼルにつくをよしとせず、ルルーシュの側についてくれていた。そして戦いが始まってもなお、ルルーシュの乗艦するアヴァロン内ではアンチ・フレイヤ・システム構築の最後の詰めが行われていた。
要はシステムが完成するまでの時間稼ぎが出来ればいい、そうルルーシュは判断していた。
そのために、特務隊とした編成した部隊を、いわば発射されたフレイヤに対する特攻隊として、必然的に多くのブリタニア兵を犠牲とすることとなり、ルルーシュを非常に悲しませた。だが皇帝として、この戦場における最高司令官としての立場上、決してその思いを表に出すことなく、凛としてあるべく、ただ心の中で、そうして死んでいった兵士やその関係者たちに対し、深く詫びることしか出来なかったが。それは自ら志願しての者に対してだけではなく、ギアスによってその任務に当たらせた兵士に対しても同様に。
そしてシステムは完成し、蜃気楼で出撃したルルーシュは、ロイドたちの手によってさらなる改造を受けたジノのトリスタンとの連携によって、アンチ・フレイヤ・エリミネーターを用い、シュナイゼルたちが放ったフレイヤを無効化することに成功、そのまま天空要塞ダモクレスに侵入し、シュナイゼルの身柄を抑えるに至ったのである。
そうしてフジ決戦は終幕した。
ジノと、ジェレミアによってギアス・キャンセラーを掛けられたアーニャ・アールストレイムは、恩讐を乗り越え、ルルーシュに膝を折った。二人は新たにルルーシュのラウンズとして名を連ねている。
戦犯として捕えた、ダモクレス陣営として参戦していた黒の騎士団とシュナイゼルたちの身柄を、エリア11内の軍事刑務所に収監した後、ルルーシュは改めてジェレミアたちの他に、ジノとアーニャを従えてブリタニアに、新帝都ヴラニクスに凱旋した。
もちろん、一番に出迎えてくれたのは異母姉ギネヴィアだった。
「ルルーシュ、よう無事で戻った!」
ギネヴィアはそう言ってルルーシュを抱き締めた。その頬には、嬉し涙だろうものが伝っていた。
「異母姉上」
一旦抱擁を解いてルルーシュの顔を見たギネヴィアだったが、彼女は
「そなたの顔が、涙で霞んでよう見えぬ」
そう言って頬を伝う涙を拭った。
「ギネヴィア異母姉上の祈りもあったのでしょう、無事に帰還いたしました」
ルルーシュのその言葉に、ギネヴィアは何度も頷いた。
その翌日からは、ルルーシュは戦後処理のためにまた忙しい日々を送るようになった。そんな中、ギネヴィアの心尽くしの差し入れなどが行われたりして、忙しい中にも心温まる日々を送るルルーシュだった。
ルルーシュの中では、敵となり、大虐殺を働いた実妹ナナリーの存在が重く伸しかかっていた。誰よりも慈しんできた妹、自分の生きる縁だった妹を、戦犯として、逆賊として裁かなければならないという辛さに、胸が締め付けられる思いだった。
そんなルルーシュを慰めてくれたのは、やはりギネヴィアだった。
思えば、父シャルルによって記憶を改竄されていた時に自分を保護してくれて以来、記憶が戻り自分が再びゼロとして起った後も、黒の騎士団の裏切りにあってロロを失い、真実を知って、シャルルと誰よりも敬愛していた母マリアンヌの精神を消滅させた時も、ペンドラゴンを消滅させられ、妹ナナリーが敵となった時も、いずれもギネヴィアは何くれとなくその手を差し伸べ、ルルーシュを慰めてくれた。
それが最近になって、単に姉弟という枠を超えたものだったようにルルーシュには思えるようになっていた。
それはもしかしたらルルーシュの一方的な想いだけで、ギネヴィアにとっては幸薄い異母弟に対する異母姉としての単なる愛情なのかもしれないとも思う。しかしそれで済ませるには、ルルーシュの中におけるギネヴィアの存在はあまりにも大きくなりすぎていた。
その日、ルルーシュが決裁した書類の中には、シュナイゼル、コーネリア、そしてナナリーに対する処刑承認のためのものが含まれていた。
重い気分になりながらも、皇帝としてそれにサインをしたルルーシュだったが、それを見越したようにギネヴィアがルルーシュの執務室を訪れた。
「あまり根を詰め過ぎるのも良くない。一緒に茶でもせぬか?」
「異母姉上」
ルルーシュが落ち込んでいるのを察しているかのように、ギネヴィアはあえて普段通りに誘いの言葉を掛けてきた。
こうしてギネヴィアが直接やって来て声を掛けてくるのは実は珍しい。たいていは侍従を通してで、彼女が直接出向いて来る時というのは、だいたいにおいてルルーシュが落ち込んでいる時だったりする。そんなところに、ギネヴィアの心遣いを感じるルルーシュだった。
おそらく次に彼女が自分から声を掛けてくるのは、ナナリーの処刑の日であろうことが既に予測がつく。
そんな異母姉に対して抱いている自分の想いを告げたら、この異母姉はどう思うだろう、と考えてみる。けれどそれに答えは出ない。
そしてナナリーが遠いエリア11で処刑されたその日、やはり思っていた通りにギネヴィアはルルーシュの執務室にやって来た。しかも今日は彼女自ら焼いた茶菓子を持参してのことである。そうして侍女の手を借りながらも、自分でルルーシュのために茶を淹れてくれる。
そんなギネヴィアに、今こんなことを切り出すのは不謹慎かもしれない、そう思いながらも、ルルーシュはとうとう声に出していた。
「異母姉上、この皇室では、母が異なれば兄弟姉妹でも結婚出来ましたよね?」
「そ、そうであったかの。それが如何した?」
唐突なルルーシュの切り出しに、ギネヴィアはその先が分かったように少し慌て気味に、そして頬を赤らめながら答えた。
現在、ブリタニアの皇族で生き残っているのは、ペンドラゴンの消滅を受けて、皇帝であるルルーシュとギネヴィアのみである。
「今日のような日に不謹慎とは承知していますが、あえて申し上げます。俺と、結婚していただけませんか」
「わ、妾でよいのかえ? そなたより10以上も年上じゃ。そなたならどのような女子でも選べるであろうに、それを……」
「貴方がいいんです。いいえ、貴方だからこそ、俺と結婚していただきたい」
神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、その異母姉でもあるギネヴィア・ド・ブリタニアとの華燭の典を迎えたのはそれから半年後のことである。
── The End
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