主と騎士




 それは、ナリーがユーフェミアから解任された騎士である名誉ブリタニア人枢木スザクを、己の騎士として迎えてから暫くした日のことだった。
 マリアンヌはこの日、ルルーシュやユーフェミアを招いて、天気もいいことから応接室に面したテラスで茶会を開いていた。もちろんその場にはナナリーと彼女の騎士となったスザクもいる。
 ユーフェミアはいまだ騎士を新たに任命してはおらず、一方のルルーシュは、エリア11で兄クロヴィスの配下だったジェレミア・ゴットバルトを伴っていた。まだ正式なものではないが、ルルーシュがこのジェレミアを己の騎士に任ずるのは既に公に知られていることであったので、マリアンヌはルルーシュがジェレミアを伴って現れたことについては特に何も言わなかった。
「今日はわざわざお越しいただきましてありがとうございます、ルルーシュ殿下、ユーフェミア殿下」
「いいえ、マリアンヌ様からのご招待であるなら、一向に構いませんよ。寧ろご招待いただけて光栄です」
「そうですわ。コーネリアお姉さまもいらっしゃったら、是非伺いたいと申していたと思いますわ」
「嬉しいことを仰ってくださいますわね。
 実は、今日お二人をお招きしたのは、何でも先日うちの娘のナナリーが、お二人に大変失礼なことをしたと聞きましたので、せめてそのお詫びにと思いましたの」
 それは、ルルーシュとユーフェミアの二人にとっては、もうとうに過ぎた話ではあったが、ナナリーと、今は彼女の騎士となっているスザクとが、自分たちには共通の記憶があって、その中ではルルーシュは自分の兄だったと言っていたことだ。
 ナナリーとスザクの二人は、自分たちにあるその記憶をルルーシュとユーフェミアも持っているのではないか、だからこそユーフェミアはスザクを騎士にしたのではないかと思い、探りを入れてきたのだ。
 もっとも探りというには、あまりにもあからさまであったが。
 しかしルルーシュとユーフェミアにはナナリーやスザクが言う記憶とやらはなく、気分を害したルルーシュは出されたものに手を付けることもなく立ち上がり、それに際してユーフェミアも同じく席を外した。その後、ユーフェミアを送り届けたルルーシュは、彼女の住まうリブラ離宮にて改めてユーフェミアと二人でお茶をし、その際に、ユーフェミアに対して、スザクを解任することを勧めたのだ。彼の存在は決してユーフェミアのためにならないと。
 そしてユーフェミアはその進言を受け入れ、スザクを己の騎士から解任した。
 ところがこれも捨てる神あれば拾う神ありと言うのだろうか、ナナリーがユーフェミアから解任されたスザクを、己の騎士として任命したのである。
 そして今、スザクはユーフェミアではなくナナリーの騎士として、アリエス離宮にいる。
「そのことでしたらもう済んだことですから、あまりお気になさらずに」
「そうですわ。ルルーシュと同じように、私にとっても終わった話ですもの」
「そう言っていただけると助かりますわ。
 ところで、ルルーシュ殿下はこの度そちらにいらっしゃるゴットバルト卿を騎士に任じられたとか?」
「ええ」ルルーシュは己の後ろに控えるジェレミアを一瞬振り返って見やった。「兄のクロヴィスを守れなかった分も私を守りたいと言ってくれました。正式な騎士叙任式はもう少し先になりますが、彼なら騎士としての矜持をしっかりと持っていますし、立派に私の騎士としての任を果たしてくれると思います。そしてその分、私自身も、彼にとって相応しい主とならねばと、気を付けなければならないと思っているところです」
「それはそれは。よい主と騎士となられることでしょうね、楽しみですわ。
 ところでユーフェミア殿下は、新しい騎士となられる方はまだお決めになってはいらっしゃらないのですか?」
「ええ、今のところはまだ。どちらにしろ、今の私は公務に就いておりませんし、急いで決める必要もないかと思って、今度こそじっくりと、自分に相応しい騎士を選びたいと思っていますの」
 ユーフェミアのその言葉に、ナナリーの後ろに控えていたスザクは顔を蒼褪めさせた。
 それはユーフェミアの言う言葉をそのまま受け取るなら、自分がユーフェミアに相応しい騎士ではなかったということを物語っているからだ。
 それはナナリーも同様だった。記憶の中、あれ程に主と騎士として親しくしていた二人なのに、今のユーフェミアの言葉は完全にスザクを否定しているものだ。
 そんな二人の思惑を余所に、マリアンヌは一向に会話に入ってこないナナリーを無視してルルーシュやユーフェミアと歓談を交わし、やがて茶会は散会となった。
 今日もまた、ルルーシュはユーフェミアを彼女の離宮まで送り届けると言って。ただし、今回はジェレミアも共にいるが。



 ルルーシュとユーフェミアの姿を見送ったマリアンヌは、席に着いたままのナナリーを見やった。
「ナナリー、今日、私があのお二人を招いた理由が分かって?」
「お母さま?」
 マリアンヌを見上げるナナリーの瞳は疑問に溢れている。
「何も分かっていないようね。じゃあ、ルルーシュ殿下とゴットバルト卿を見てどう思って?」
「え? そ、それは、ゴットバルト卿は、ルルーシュお兄さまに相応しい方だと……」
「そう。で、貴方が選んだ貴方の騎士は、本当に貴方に相応しいのかしら? そして騎士の主としての貴方は、本当に主たる資格があるのかしら?」
「ど、どういうことですか、お母さま?」
 マリアンヌは思わず溜息を零した。
「他の皇族が捨てた騎士を、何も考えずに拾い上げて己の騎士としたのは一体何処の誰かしら? そして、騎士から見て、主として相応しくあらねばならないと仰られたルルーシュ殿下の言葉を、どう受け止めたのかしら?」
「それは、その……、わ、私とスザクさんには共通の記憶があって、それで同じ理想を持っているし、それならきっと私のためになってくださると思って」
「その共通の記憶とやらがどんなものか知らないけれど、他の皇族が捨てた騎士を即座に拾い上げる皇族なんて、未だかつて聞いたことがないわ。私自身、今はシャルルの皇妃だけれど、それ以前は騎士として仕えていたから、騎士とはどうあるべきか、よく承知しているつもりよ。貴方のような甘い考えで騎士を任命したりはしないわ。それは本来の騎士たるべき存在に対して失礼極まりないことよ。
 もっとも貴方の今の騎士も、捨てられて、でも代わりに拾ってくれる皇族がいたからとほいほいとついて来るような尻軽で、どっちもどっちだけれど」
「お母さま! 言い過ぎです! スザクさんは立派な方です!」
「スザクさんですって。さっきも思ったけど、一体何処に臣下を、自分の騎士を“さん”付けする皇族がいると思って?
 ナナリー、これは母としてではなく、かつて騎士としてあった私からの言葉として覚えておきなさい。
 臣下を、ましてや己の騎士を“さん”付けする皇族はいないし、他の皇族が捨てた騎士を拾うなんてもっての他の行為、恥ずべき行為だということを」
「お母さま!」
「こ、皇妃殿下、それは、僕がナナリーの、いえ、失礼しました、ナナリー様の騎士に相応しくないということですか?」
「貴方に発言を許した覚えはないわよ、枢木スザク!」
 マリアンヌは一喝した。
「でもそうね、答えてあげるわ。貴方は結局ナンバーズ上がりだけあって、ブリタニアの騎士のなんたるかを何も理解していない。つまり以前の貴方の主だったユーフェミア殿下はもとより、今現在の貴方の主であるナナリーだけではなく、他の誰の騎士にも相応しくないということを。ましてや主を呼び捨てにする騎士なんて、聞いたこともないわ。
 二人共、今後のこと、皇族たる主と騎士とはどうあるべきかをよく考えなさい。私からはそれだけよ」
 そう告げると、マリアンヌは二人をテラスに残してさっさと立ち去った。
 後に残された二人は互いに顔を見合わせ、どうしたものかと溜息を零し、途方に暮れるだけだった。
 いまさらスザクを解任したとしても、一度地に堕ちたナナリーの名誉は回復されないだろうし、解任されたスザクはスザクで行くところもないのだ。
 けれどマリアンヌは今後のことを考えろと言う。マリアンヌが二人に何を求めているのか、全く理解出来ていない二人だった。

── The End




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