ジェレミア・ゴットバルトがミレイ・アッシュフォードの元を訪れたのは、彼が忠臣として仕えた“悪逆皇帝”と呼ばれた、否、今現在も、そしておそらくはこれから先もそう呼ばれ続けるであろう、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、ゼロによって殺されてから暫くしてのことだった。
ジェレミアはミレイに告げた。
「私が貴方に会いにきたことはもちろん、これから貴方に対して為そうとしていることも、話そうと決めたことも、全て私の独断だ。我が君は決してそれを望まれないだろう。それに真実を知る他の者たちも、これを知れば反対するかもしれない。そして私がこれから貴方に為そうとしていることで、貴方は辛い思いをすることだろう。申し訳ないと思う。それでも、私は貴方には、貴方にだけは真実を知っていてもらいたいのだ。それは決して悪意からのものではない。私の独り善がりの行為だと承知はしているが、それでもそれを為したいと思う気持ちは変えられなかった。それだけは理解してほしい」
ジェレミアの苦渋に満ちた顔を見つめながら、ミレイは彼が自分に対して何を為そうと、話そうとしているのかはっきりとは分からないまでも、ただ、彼のかつての立場から考えれば、それはもしかしたらルルーシュに関することなのではないかと見当をつけ、ゆっくりと頷いた。
ジェレミアはまず、己の持つギアス・キャンセラーの能力を解放し、ミレイに掛けられていたシャルルの記憶改竄のギアスを解いた。そして掛けられていたギアスをキャンセラーされたことにより、その内容にミレイが動揺する中、ジェレミアは話し出した。
ルルーシュがゼロであったこと。何故ゼロとなったのか、どうして第2次トウキョウ決戦の後に黒の騎士団がゼロの死亡を発表したのか、つまりは黒の騎士団がゼロを裏切ったこと。その後、ゼロであったルルーシュが為したこと。つまり父であるシャルルが何をしようとしていたのかを知り、彼を弑し、精神のみ生きていた母マリアンヌも消し、彼らの望みを、願いを潰えさせ、枢木スザクと共にある計画を立てて自ら皇帝となったこと。そう、ルルーシュが“悪逆皇帝”と呼ばれ、ゼロの手にかかって死ぬことは、彼が皇帝となった最初から、いや、そうすると決めた時がら既に決められていたことを。
それらのことを話して、ジェレミアは未だ動揺が収まらぬミレイの元を去り、帰っていった。
ジェレミアが帰った後、ミレイは一人自室に籠って考え込んだ。
思い出すのは、かつてアッシュフォード家が後見をつとめたシャルルの第5皇妃マリアンヌの長子、ブリタニアの第11皇子として過ごしていた、まだ幼かったルルーシュ。そのマリアンヌを殺された後、妹の第6皇女ナナリーと共に送られた、今は合衆国日本となったエリア11で、ミレイの祖父であり、アッシュフォードの現当主であるルーベンが戦後二人を庇護し、それからアッシュフォードが── 二人の存在のためにといってもいいだろう── 建てた学園で過ごした日々のこと。
マリアンヌがシャルルの皇妃となったそもそものきっかけは、アッシュフォードが開発した第3世代KMFガニメデで、“閃光のマリアンヌ”と二つ名を付けられる程の活躍を見せたことだが、庶民出という出自から、ヴィ家の後見貴族はアッシュフォードだけだった。大公爵という身分から、ミレイの方がルルーシュより1つ年上ではあったが、物心ついた頃には二人の結婚話、婚約の話が出ていた。それは親たちの考えであり、実際のところ、自分はまだ幼くてよく理解はしていなかったものの、ミレイはルルーシュが好きだった。ずっと一緒にいられるものと思っていた。
それが翻されたマリアンヌの死。ルルーシュは妹のナナリーと共に異国の地に送られ、アッシュフォードは爵位を奪われて引き離された。そして聞こえてきたルルーシュたちの死亡。それを知った夜、ずっと泣き続けていたことを思い出した。
けれどルルーシュたちは生きていた。
祖父のルーベンは、ルルーシュたちが日本に送られた直ぐ後から、日本の有力者の一人と連絡を取り合い、戦後、ルルーシュたちを無事庇護することに成功したのだ。そしてその戦後のどさくさの中、後ろ盾のないルルーシュたちが皇室に戻っても、また弱者として利用されるだけなのは目に見えていたことから、偽りのIDを用意し、ルルーシュ自身は、いつ裏切られるか、売られるかと、アッシュフォードを完全に信用はしてはいなかったようだが、それでも一般人としての学園での生活を楽しんでいるようだった。少なくともミレイはそう感じていた。楽しんでもらうために色々と突飛なイベントを開催したりもした。もっともそれはそれで、ルルーシュは苦り切った顔を見せていたが。それでもルルーシュが楽しんだことが全くなかったとは思わない。
ルルーシュがアッシュフォード家── 正確にはルーベンとミレイ以外── を完全に信用していなかったのは事実だっただろうが、それでもルルーシュはミレイに好意を持ってくれていたと思う。憎からず思ってくれていたと。
生徒会室で二人きりになった時などに、ルルーシュは時折、全てを知るミレイにだけ、他の皆に見せるような態度ではなく、何処か甘えたような、縋るような態度を見せることがあった。ミレイを抱き締め、そのミレイの細い肩に頭を預け、時に首筋に唇を寄せてきたりしたこともあった。
ルルーシュに恋慕の情を見せだしたシャーリーの存在は、ミレイを慌てさせた。
そしてある時を境に急接近しだした二人。そのきっかけはシャーリーの父親の死だった。事実を知った今なら、その原因に、ゼロとなったルルーシュ率いる黒の騎士団が関与していたことが大きかったのかもしれないと分かる。ルルーシュからすれば、仲の良い友達、仲間だったシャーリーに対し、贖罪の気持ちがあったのだろう。けれど何がきっかけにせよ、ひたすらに自分を想ってくれるシャーリーに、ルルーシュの心は確かに彼女に向かっていった。それはミレイがどうにかして止められるようなものではなかった。だから自分のルルーシュに対する想いに区切りをつけるためにも、自分の卒業にかこつけて「キューピットの日」などというイベントを企画し、二人を学園公認のカップルに仕立て上げたりもした。とはいえ、本当にあそこまでうまくことが運ぶとは思ってもいなかったのだが。その二人に、シャーリーに対して嫉妬の念がなかったのかと問われれば、それはない。嘘だ。ルルーシュに想われるシャーリーが、傍にいるシャーリーが妬ましかった、羨ましかった。そこにいるのは自分だったはずなのに、との思いが、一緒にいる二人の姿を見るたびに脳裏を過った。けれどそれでも、ミレイは何をおいてもルルーシュに幸せでいてほしかったから、だから諦めたのだ。
それらの思い出した数々の事実、そしてジェレミアから教えられたことを改めて考えた後、ミレイの中に渦巻いた思いは、悲哀と絶望と、多少の呆れと、そして憎しみだった。
ミレイが誰よりも幸せにと願っていたルルーシュは、彼の思いを知る者以外から“悪逆皇帝”と謗られ、ありもしない罪を押し付けられ、罵られ続けている。そうなることを全てを承知した上でルルーシュは行動に移したのだろうけれど、それでもあまりに悲しすぎる、憐れすぎる。
ジェレミアはゼロの手にかかった後のルルーシュの遺体がどうなったのかは教えてくれなかった。死後、程なくしてルルーシュの遺体は何者かによって持ち出され、消えてしまったのだ。多分、ジェレミアたちによってだろうと今は思う。
“悪逆皇帝”であるルルーシュを表立って葬ることは出来なかっただろう。もししたとしたら、そこがどのような扱いを受けることになるか、深く考えるまでもなく分かる。だから彼らはルルーシュの遺体を持ち去ったのだ。
アッシュフォード学園の廃校は既に決まっており、既にそのために動き出している。 ルルーシュの死後、ナナリーを国家代表として、合衆国ブリタニアとなった母国にとって、エリアの解放を行うことは既に決定路線である。そしてエリアでなくなった日本で、ブリタニア人が迫害を受けることは決して否めない。そんな中で学園を経営し続けるのは困難であり、また、そもそも学園を創立したきっかけの肝心の二人の存在がないのだ。いつまでもトウキョウ租界で学園を維持することに拘る必要性は、アッシュフォード家には、少なくとも全てを知ったミレイにはないのだ。
ブリタニアのかつての帝都ペンドラゴンがフレイヤによって消滅した時、当時ペンドラゴンにいたミレイの両親、ルーベンの息子夫婦は死んだ。同じくペンドラゴンにいた多くの一族もまたいなくなった。 学園の閉鎖が終えたら、ルーベンとミレイは本国に戻り、ミレイの仕事柄、おそらくは新首都であるヴラニクスに、二人だけで暮らすに十分な家を購入する予定だ。
そうして本国に戻ったミレイは、祖父であるルーベンにすら内緒で、ヴラニクス郊外にある小さな教会に一つの墓を作った。白い墓石のその下に、遺体は無い。
墓石に刻まれた名前は“ルルーシュ・ランペルージ”。かつてアッシュフォードがルルーシュのために用意した偽りのIDの名前。生年はルルーシュが生まれた日から、彼がブリタニアの皇帝として世界に姿を現す日の前日まで。そして遺体の代わりにそこに埋められているのは、ミレイが密かに集めてとっておいた、僅かではあるが在りし日のルルーシュの遺品の数々。
ルルーシュが本当に眠っているであろう場所を探すのは無理だろう。だから確かに遺体は無いけれど、ミレイにとってはこここそがルルーシュの眠る地。ミレイだけが知る── リヴァルが知れば、何故教えてくれなかったと責められるかもしれないが── ルルーシュの墓。
今もミレイのルルーシュを想う気持ちに変わりはない。ジェレミアに事実を教えられる前もそうだった。それはミレイがルルーシュの人となりを良く知っていたからだろうが。
これから先、もしかしたら他の誰かと結婚し、子供を持って家庭を築く時がくるかもしれない。けれどそうなっても、自分の命がある限り、自分はルルーシュを、彼に対して抱いていた想いを忘れることなく、この自分だけのルルーシュの墓を守り続けるだろう。ミレイはそう思い、今日も一人、その白い墓石の前に跪いて、どうか安らかにと祈りを捧げ続けるのだ。
── The End
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