続・迎 え




“行政特区日本”の開会式典にゼロは姿を現さなかった。代わりに式典会場のステージに、ユーフェミアの前に立ったのは二人のイレブン、否、日本人だった。
 二人が誰なのかユーフェミアは知らず、そして何故ゼロは── ルルーシュ── はこないのかと、戸惑いの表情を浮かべた。
 一方、そのユーフェミアの傍らにいるスザクは、二人のうちの一人に息を呑んだ。その男の名は、藤堂鏡志朗。かつて対ブリタニア戦において、“厳島の奇跡”と呼ばれる、ブリタニアに土をつけた日本人唯一の軍人であり、敗戦後は日本解放戦線に身を置き、だがブリタニアに捕らわれ処刑されようとしたところを、ゼロ率いる黒の騎士団によって救い出された、己のかつての剣の師。
「ゼロはこない。いや、それ以前にゼロはもういない」
 もう一人の男が口を開いた。
「貴方は誰、ですか? それに、ゼロがいないって、一体どういうことですか?」
「俺は扇要。今回の“行政特区日本”に対する対応を巡って、俺たちと意を異にして特区に参加することを拒んだゼロは、黒の騎士団を去った。今は俺が黒の騎士団の指令だ」
「そんな……」
 信じられないことを聞いたというように、ユーフェミアは首を振った。
 ここは、“行政特区日本”はゼロとして日本人のために戦っているルルーシュのために、彼がもう戦いの中に身を置かずに済むようにと── それが全てではないけれど── それをきっかけとして考えて創ったのに。そのルルーシュがいないのでは、自分が“行政特区日本”を考え出した根本の意味が()くなってしまう。
 しかし自分の言葉を信じて集まってくれたイレブン、日本人を裏切るようなことは出来ない。それに、少なくとも黒の騎士団という、今やエリア11最大といっていいテロ組織は、この“行政特区日本”に参加を表明したのだ。
 だが会場内にいる日本人たちの間にも動揺が走った。
 黒の騎士団は、いや、ゼロは、彼ら日本人にとっては奇跡を起こしてくれる存在だった。いつかきっと、ブリタニアの支配から日本を解放してくれる存在なのだと、そう思っている者は少なからずいた。いや、殆どの日本人たちがそう信じ、また願ってもいた。それはもちろんこの会場内にいる人々の中にも。なのにそのゼロは既にいないという。ゼロは日本人を見捨てたのか。それともこの特区は自分たちが考えるような、思い描いたような、提唱者であるユーフェミア皇女が言うようなものではないのか。だからゼロは黒の騎士団から離れたのか。もしそうならば自分たちは間違えた方法を取ってしまったということなのか、そう疑問に思う者もいた。しかし黒の騎士団そのものは、特区の存在を認め、参加を表明したのだ。ならばやはり正しいことだったのか、と彼らは思いを巡らせる。まるで自分たちにそう言い聞かせるかのように。
 いささかの躊躇いの後、決心したようにユーフェミアはステージ中央のマイクの前に立つと宣言を下した。
「わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアの名の下に、“行政特区日本”の成立を宣言いたします」
 ユーフェミアの傍らに控える選任騎士の枢木スザク、そして黒の騎士団の代表として、ユーフェミアの傍に立つ二人の日本人に、会場内にいる日本人たちはわれんばかりの拍手をし、歓声を上げた。
 こうして特区は始まった。既に終わりが見えているのだということをその場の誰も知らないままに。



 ユーフェミアによる“行政特区日本”の宣言の後、黒の騎士団は二分した。いや、それは正確ではない。特区に異論を述べたのは極一握りに過ぎなかった。扇が説得して回ったことが功を奏してか、彼を中心としてその大半が、特区を支持したのだ。そこに参加することが、その先に待っているものが何なのかを深く考えることもせずに、ただ“日本人”と名乗れることに夢を見た。
 その在り様を見届けたゼロことルルーシュは、「自分が特区に参加することはない」と、そして後を特区に参加するべきだと強硬とも言える程に唱える扇に任せ、彼が共犯者と呼ぶC.C.と共に黒の騎士団から去った。特区に参加することに反論を述べていた僅かの者たちの中には、ゼロを追おうとした者もいたが、元より正体の知れぬゼロを追うことは叶わず、ゼロがしたように黒の騎士団を去ったり、あるいは長い物には巻かれろとでもいうように扇の言葉に賛同するようになる者もいた。
 そんな黒の騎士団の状況は別にして、シュナイゼルに己の存在を知られたルルーシュは、ナナリーを説き伏せ、そしてナナリーの世話役として咲世子を連れていくことを条件に、シュナイゼルの申し出を受け入れた。
 エリア11で“行政特区日本”の開会式が行われている頃、ブリタニアの帝都ペンドラゴンにある宮殿、その中でも最も広い面積を有する“玉座の間”と呼ばれる大広間では、大勢の皇族、貴族、文武百官が並ぶ中、第2皇子であり帝国宰相でもあるシュナイゼルによって、日本侵攻の折りに亡くなったとされた第11皇子ルルーシュと第6皇女ナナリーの生存が伝えられ、そして二人はシュナイゼルの副官であるカノン・マルディーニに導かれるようにしてシャルルの前に進み出た。
 幾分顔色を蒼褪めさせながらも、ルルーシュの動きに乱れはない。所作は完璧だった。それこそ幼い頃に宮廷を離れ、市井に隠れて生きていたとは信じられぬ程に。
 その場にいる者たちの中には、ルルーシュの、彼の母親譲りの美貌に見惚れる者もいた。もちろんそんな者ばかりではなく、生きていたのかと憎々しげに見つめる者も多々あったが。
「ルルーシュには私の補佐をしてもらおうと考えておりますが、皇帝陛下、お許しいただけますでしょうか」
 シュナイゼルのその言葉に、場はルルーシュたちの生存と帰還が伝えられた時以上にざわめいた。
「……そなたに任せよう。そなたがそう言うからには、ルルーシュにはそれが出来ると見込んでのことであろう。使えぬ者を情で取り立てるようなそなたではないからな」
「ありがとうございます、陛下」
 シュナイゼルはそう述べてシャルルに対して一礼した。
 シュナイゼルが望み、皇帝が認めた。それによりルルーシュの、もちろんナナリーも含めてだが、立場は確固たるものとなった。
 つまりルルーシュの後ろには、彼こそ次期皇帝と囁かれる辣腕化のシュナイゼルがいるのだと。
 シャルルが玉座を去り、ルルーシュとナナリーもシュナイゼルに促されるままに大広間を去った後、大広間のざわめきは一層大きなものとなった。
 死んだと思われていた皇子と皇女、庶民出の皇妃を母に持つ卑しき生まれの皇子と皇女。
 しかし今、その二人は帝国の実質No.2であるシュナイゼルを後見として現れた。シュナイゼルを敵に回したいと思う者など、少なくとも今の帝国内にはいない。それ程までにシュナイゼルの辣腕は知れ渡っている。実質的に現在の帝国を動かしているといっても過言ではない帝国宰相に逆らおうとする者など、今のブリタニアには存在しない。
 シュナイゼルに導かれるまま、咲世子の待つアリエス離宮に戻ったルルーシュは、緊張から疲れているナナリーを咲世子に任せると、シュナイゼルと二人で自室の居間に入った。
「今日は七年も経って皇室に戻ったばかりとは思えぬ程に立派だったよ」
「ありがとうございます、異母兄上(あにうえ)
 微笑みを浮かべながら告げるシュナイゼルに、ルルーシュは礼を述べた。しかしそれは真に心からのものではない。ルルーシュは未だシュナイゼルを信じ切れずにいる。それはシュナイゼルも承知していることではあろうが。
「予定通り、明日からは私の傍で補佐として働いてくれるね。君の働きには充分に期待させてもらうよ」
「はい」
 シュナイゼルがそこまでいう根拠は、ルルーシュが黒の騎士団のゼロだったことを知ってのことである。徒手空拳に近い状況から、ごく小さなテログループをエリア11最大の組織にまで仕立て上げた異母弟(おとうと)の手腕を、その頭脳を、シュナイゼルは認めていた。
 そしてそこまでの力量を持つルルーシュが自分と共にあるならば、いずれシャルルを退()かせ、自分の、自分たちの思い描く国家を創り上げていくことも可能だろうとの思いに、その微笑みを一層深くさせるのだった。



 そして翌日、エリア11では皇室からの正式なものとして、二つの事柄が発表された。
 一つは、死亡したものとされていた第11皇子、ならびに第6皇女の生還と皇籍復帰、そしてその第11皇子が帝国宰相である第2皇子シュナイゼルの補佐となること。
 話を聞かされていた、否、それ以前に全てを知っていた生徒会長であるミレイを除く、アッシュフォード学園生徒会のメンバー、いや、学園全体と言った方が正しいだろうか、職員や生徒たちは、姿を消したルルーシュたち兄妹の突然の皇族としての登場に驚きを隠せず、戸惑っていた。
 そしてもう一つ。エリア11にとってはこちらの方が重要だった。
 第3皇女ユーフェミアの皇籍離脱である。そしてそれに伴い、皇籍を持たぬ者がエリアの片隅といえど、統治の権利を有することは決してないと、ユーフェミアが提唱して創り上げた“行政特区日本”の廃止をも告げたのである。
 その結果、残されたのはこれまでのように外からではなく内からブリタニアという国を変えていく権利を得たルルーシュと、ブリタニアの名と庇護を失くしてただの一人の少女となった── たとえ彼女を溺愛する総督のコーネリアといえど、出来ることには限りがある── ユーフェミアと、彼女が皇女ではなくなったことで自動的に騎士ではなくなった、一名誉ブリタニア人に過ぎないスザク、そして特区に参加したことから、もう戦う必要はないのですからと、KMFや他の武器などをはじめとした抗う術一切ををもぎ取られた、つまり武装放棄させられたかつてのテロ組織、黒の騎士団。ゼロが去った後に指令となった扇も、軍事を担当していた藤堂も、こんなはずではなかったと、特区には参加しないと告げたゼロの言葉を聞こうとしなかった自分たちの行動に酷く後悔した。既に全てが遅いのだが。

── The End




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