紅月カレンは焦っていた。
ゼロであったルルーシュをブリタニアから取り戻すために、残った仲間と共に身を顰めてその機会を待っていたというのに、気が付けばルルーシュはアッシュフォード学園から姿を消し、しかもその後に、副総督という皇族の立場でエリア11に戻ってきたのだから。その上、共に行動していたはずのC.C.もいつの間にやら姿を消している。
総督たるナナリー・ヴィ・ブリタニアは、公開の就任会見において、自分は障害を抱えており何も出来ないと述べて皆への協力を要請し、その上でゼロと彼の率いる黒の騎士団にも協力と参加を求めて、“行政特区日本”の再建を討ち出し、けれどそれ以外は殆ど何もしていない。それは総督補佐としてやって来たナイト・オブ・ラウンズの枢木スザクも同様だ。
そして現在、実質的にエリア11の執政を執り行っているのは、ナナリーよりも後から赴任してきた彼女の兄である副総督のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。ルルーシュの指示の下、租界はもちろんのこと、現在イレブンと呼ばれているナンバーズ、かつての日本人たちの住むゲットーにも整備の手が入れられ、その暮らしは格段に上がっている。
ナナリーとその補佐たるスザクの執政力の無さ、そして逆にルルーシュの手腕の見事さは、政庁内はもちろん、租界、ゲットー、いずれに住む者たちにも広く知れ渡り、イレブンの多くは副総督たるルルーシュに期待を寄せ、かつての“行政特区日本”における、第3皇女ユーフェミアの日本人虐殺に始まるブラック・リベリオンで黒の騎士団が敗北して以来、確かに減ってききてはいたが、ブリタニアに対する抵抗はさらに目に見える程に少なくなってきている。
そんな中に齎された新たな人事。
総督たるナナリーと、その補佐たるスザクの解任、そしてルルーシュの副総督から総督への昇進。
総督として政庁に身を置くルルーシュを、一体どのようにして取り戻すことが出来るのか。そしてうまく取り戻せたとして、今は姿を消してしまったC.C.が言っていた、ルルーシュの改竄されているという記憶をどのようにして戻し、そして再びゼロとして起ち上がってもらえばいいというのか。何ら方策が立てられず、カレンや残された仲間たちの焦燥は増えるばかりだ。
一方でルルーシュはエリア内の整備、環境の改善を図りながら、テロリストに対する摘発、処罰を断行していった。エリア内の秩序を保つことを考えればそれは当然のことであり、その手は遂に黒の騎士団の残党にもおよんだ。
彼らが身を顰めていた隠れ家を摘発し、蟻の這い出る隙間もないくらいに取り囲み、一人として残すことなく捕えたのである。その中にはもちろん、カレンの姿もあった。
「黒の騎士団の残党を捕まえたそうだな」
総督たるルルーシュの私室、居間のソファに寝転んでピザを口にしながら、C.C.はルルーシュに問うた。「良かったのか?」と。
C.C.が口にしなかった内容までも察してルルーシュは微笑みを浮かべながら答えた。
「たった一人、俺が抜けただけで瓦解するような黒の騎士団など不要だ。何の役にも立たない。それに俺が何者であろうと従うと言いながら、ゼロの中身が俺だと知るや、俺を見捨てて一人逃げ出した娘、庇う必要も情けを掛ける必要もないだろう。違うか?」
「確かにその通りだな」
ルルーシュの答えに納得したかのように、C.C.は手にしたピザの一切れを口にした。
ルルーシュは黒の騎士団の残党はもちろん、他のテロリストの摘発に関しても一切ラウンズを関与させなかった。必要とは思わなかったからである。
ゼロであるルルーシュの監視を皇帝であるシャルルから命ぜられていたスザクであったが、彼は何も出来なかったし、それ以前に知る由もなかった。とうの昔にルルーシュとC.C.が接触し、ルルーシュがその記憶を取り戻していたことを。スザクは何を知ることも出来ぬまま、蚊帳の外に置かれた形であった。
それはナナリーにも言えた。ナナリーはルルーシュの記憶が戻っていることに、ついぞ気付くことはなかった。ただ、以前のような愛情を兄から注いでもらえないことを、その理由を知ろうとすることもなく、ただ嘆いているのみだった。そんなナナリーに対して、ルルーシュは愛していないとまでは言えないまでも、実際のところ、以前のような無償の愛情を注げはしなかった。自分では何をしようとも、知ろうともせず、与えられることが当たり前と考えているような存在に、かつてのような愛情を注ぐことは最早出来なかった。為政者たる存在が、そうそう身内に甘い顔をしているわけにはいかないということもありはしたが。
テロが終息し、治安、生活環境そのものも整備されたエリア11は、程なく衛星エリアへと昇格した。
ルルーシュが本国からその連絡を受けている頃、C.C.はギアス嚮団の嚮主であるV.V.に通信を入れていた。
「Cの世界に行ってみたらどうだ? 面白いことになっているぞ」
それだけを告げて通信を切ってしまったC.C.を訝しみながらも、V.V.はCの世界に足を踏み入れた。そして目にしたものに絶句する。
双子の弟である神聖ブリタニア帝国皇帝シャルルと共に、長い時間を掛けて創り上げていたアーカーシャの剣が、見事なまでに粉砕されていたのだ。
V.V.からの報告を受けたシャルルは、もしやとルルーシュに通信を繋いだ。
その繋いだモニターの向こう、ルルーシュは壮絶とも言える微笑を浮かべていた。しかもその傍らにはシャルルたちが捜し求めていたC.C.の姿があった。それを見てシャルルは全てを悟った。
「如何ですか、ご自分たちの長年にわたる夢が破壊されたご気分は」
『ルルーシュ! そ、そなたは……』 C.C.からシャルルたちの計画、すなわち“ラグナレクの接続”を聞いたルルーシュは、C.C.と共に神根島を訪れ、そこにある遺跡からCの世界に入り、神に、人の集合無意識にギアスを掛けた。いや、願ったのである。 人々の意識の共有を否定し、昨日に留まるのではなく、明日を、未来を得ることを。そしてコードによる集合無意識への不介入を。それがアーカーシャの剣の粉砕を招いたのだ。
そうしてルルーシュは己の共犯者たるC.C.の手だけを取って、政庁から姿を消した。かつての仲間も、愛しい妹も、自分を皇帝に売って出世した、友人だったスザクをも切り捨て、そして何より自分を捨てたシャルルの希望を打ち砕き、全てを棄てて自由の身となって、これからこの世界がどうなろうと関係ないと、ただC.C.の不老不死というコードを解除してやることだけを考えて、ハッキングした嚮団のコンピューターから入手した、コードとギアスに関する情報だけを手に── ついでのように嚮団の保持する情報は再生不可能なまでに破壊したが── C.C.と二人、何に縛られることもない自由の天地へとその足を踏み出した。
── The End
|