執務室は保育園




 神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを弑逆して第99代皇帝となったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、数々の政策を打ち出した。その最初がナンバーズ制度の廃止であった。植民地であるエリアの取り扱いに関しては、将来的には解放とそれに準ずる方向で考えてはいるが、エリアとなった時期、それ以後のその地での状況などを鑑みれば、即座にどうするという結論は出せないし、一度に処理するのには無理がある。故にエリアの取り扱いに関しては慎重をきした。
 国内的には特権階級の廃止があげられるだろう。貴族階級の廃止、財閥の解体などだが、その中でも特に問題だったのは数多(あまた)いる皇族だった。
 まずは後宮にいるシャルルの100人を超える皇妃たちを、そしてその子供たち── シャルルの皇子や皇女たち── と共に皇籍から除籍して宮殿から追い出すことにした。もちろん皇族であることを放棄する代わりに、その子供たちにはそれなりの資産を持たせて。だが、問題はその、全員ではないが、一部の皇妃たちのとった行動である。
 彼女たちは自分の子供たちを置き去りにした。つまりは育児放棄したのである。
「私は陛下のご命令通り実家に戻りますが、子供に関しては母が異なるとはいえ、陛下と半分は同じ血を引く陛下の弟妹なのですから、陛下が面倒を見てくださいませ」
 とは、とある皇妃がルルーシュに自分の子供を押し付けるようにして告げた言葉であり、それはそうした行動をとった他の皇妃たちも異口同音のことを口にした。
 ルルーシュは唖然とした。親としての責任を放棄した皇妃と、置き去りにされた、まだ幼い子供たち。残された子供たちを一同に集めたルルーシュは正直頭を抱えた。
 父親は憎い。子供たちを置き去りにし、親としての責任を放棄した母親である皇妃たちに対しては侮蔑することくらいしか出来ない。しかし残された憐れな子供たちには何の責任も、もちろん罪もない。
 考えた結果、ルルーシュはまず就学年齢に達している子供たちには本宮の一部に世話役を付けて集め、それぞれ学校に通わせることにした。だが問題は就学年齢に達していない子供たちである。
 ルルーシュは様々な手段を考えた挙句、最終的に執務室とそれに続く部屋に手を入れた。ルルーシュが一日の大半を過ごすのが執務室である。
 つまりどうしたのかというと、子供たちの面倒を見るために執務室に続く部屋にベビーベッドを入れ、自分用のベッドを入れ、その隣部屋に幼い子供たち用の遊戯室を造り、そこに子供たちを集めたのである。
 皇帝たるルルーシュの立場からすれば、皇帝としての執務を蔑ろにするわけにはいかない。かといって、父を亡くし、さらには母に見捨てられた幼い弟妹たちを放っておくことも出来ず、結果、ルルーシュは皇妃が捨て台詞のように残していった言葉のように、自分が子供たちの面倒を見ることにしたのである。
 しかし皇帝としての本業を疎かにするわけにはいかず、常にルルーシュが子供たちの傍にいて面倒を見るということまでは流石に出来ない。従って実際に子供たちの面倒をみるのは、女官長の地位にある咲世子を筆頭として、しっかりと専門の資格を持った乳母(ナニー)たちではあるが。そしてその中には、おぼろげな手つきながらも少しでも兄の役に立ちたいと願うロロの姿もあり、ルルーシュはそんな様子を微笑ましく見つめている。
 ルルーシュも可能な限り子供たちの顔を見、面倒を見るようにしている。そして就学している子供たちは、学校から戻ると異母兄(あに)であるルルーシュの、皇帝としての執務の邪魔にならないようにと子供たちなりに気を遣いながら、我先にと争うように「お異母兄(にい)さま、今日はこんなことがあったの」と報告をしてくる。異母同士とはいえ、仲の良い兄弟姉妹の姿がそこにある。そこにはかつての弱肉強食、皇族間でも皇位継承争いを推奨していたシャルル時代の面影は全くない。そしてまた、子供たちからしても、侍女まかせ、乳母まかせで殆ど面倒を見てくれなかった実の母親よりも、皇帝としての執務が忙しい中、自分たちを常に気を掛けてくれる異母兄(あに)の方がずっと身近な存在と言えた。
 皇帝としての執務中、隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてくると、ついそれに気を取られて書類から意識を持っていかれるルルーシュを、彼の補佐官たちも微笑ましく見つめている。もちろん皇帝としての本来の執務が疎かになってくればまた話は変わってきただろうが、ルルーシュは自分自身のプライベートを削りながら、皇帝として、そして残された弟妹たちの保護者たる兄としての務めを果たしている。そんなルルーシュを責めるような者は今の宮殿内にはいない。
 今日も今日とて、執務室の隣から赤ん坊の泣き声が響き渡り、ルルーシュの意識がそちらにもっていかれ、けれど咲世子たちがいるのだからと、ルルーシュは必死に目の前の書類に意識を切り替える。
 そんなルルーシュは、一部で自分が「パパ皇帝」とか「子育て皇帝」などと呼ばれているとは思いもしない。その話がブリタニア国内に流れていることも。そしてそのことが、今のルルーシュの治めるブリタニアはかつての弱肉強食を謳っていたシャルル治世下のブリタニとは違うのだという認識を国民に与えていることも。
 子供たちの笑い声が響き渡る皇帝執務室。第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの支配の下、神聖ブリタニア帝国は今日も平和である。

── The End




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