続・布 石




 それは秀一がアッシュフォード学園に用務員として勤めるようになって暫くしてのことだった。
 ルルーシュと同じクラブハウスの一室に住む秀一は、その日、ルルーシュがうっかり忘れ物をして出ていったのに気付いて、慌ててルルーシュの教室を訪れたのだった。
 秀一は教室の入り口からそっと中を覗いた。
 その気配に気付いたのだろうか、ルルーシュが秀一の方に顔を向けた。そして立ち上がり、秀一の元へと歩み寄る。
「どうした?」
「これ、忘れただろう?」
 答えながら、秀一はルルーシュが忘れていったレポートを差し出した。
「悪い、手間を掛けさせた」
 受け取りながら、ルルーシュは秀一にそう声を掛けた。
「いいって、大したことじゃないし。じゃ、俺、仕事があるから戻るな」
 そう言って、秀一は教室から去っていった。
 それを見送ってから自分の席に戻ったルルーシュに、ニーナが恐る恐る声を掛けた。
「今の人、イレブン、だよね?」
「名誉だよ。今はこの学園の用務員の一人として働いてる」
「ルルーシュ君の知り合い、なの?」
「あ、ああ、まあ、昔ちょっとな」
 昔、といってもそれは秀一が一方的に知っていただけで、ルルーシュは彼のことは知らなかったのだが、そこまでニーナに説明する必要は感じなかった。
「昔ってことは、スザクとかと一緒にか?」
 傍で聞いていたリヴァルが口を挟んできた。ちなみにリヴァルが名を出した枢木スザクは、軍務なのだろうか、今日はまだ来ていない。
「そんなところだ。スザクが小学校の頃のクラスメイトだった、と言っていたな、確か」
「怖く、ないの?」
 イレブンに対して恐怖心を持っているニーナが、幾分顔色を蒼褪めさせながら尋ねてきた。
 ニーナにとってはスザクもまた苦手な対象である。たとえ彼が既に名誉となっているとはいえ、元をただせばイレブンであることに違いはないのだ。
「人種は違うけど、同じ人間であることに変わりはないだろう?」
 ブリタニア人と、その被征服民族であるナンバーズ。だがどちらも人間であることに変わりはないのだと、ルルーシュはニーナに答えた。
 ニーナは以前、イレブンから被害を受けたことがあり、彼らに対して苦手意識、恐怖意識を持ってしまっているのはルルーシュも承知していたが、日本人がイレブンと呼ばれるようになり、ブリタニア人に対して憎しみを抱くようになったのは、元をただせばブリタニアが日本を武力制圧し、彼らをナンバーズとして蔑むようになったからだ。そしてたまたまニーナがそのイレブンに絡まれ、恐怖体験を得てしまったのだが、イレブンと呼ばれるようになった日本人たちは、ブリタニア人から、彼女が恐れるイレブンから味わわされた以上の屈辱的な扱いを、非道を働かれている。けれどイレブンに対する恐怖心が勝ってしまっているニーナにはそれは理解出来ない。



 そんなことがあってから数日後の放課後、ニーナは珍しく一人で買い物のために租界の中のショッピングモールを歩いていた。
「ねえねえ彼女、今一人? よかったらお茶でもどう?」
 買い物を済ませて歩いていたニーナに、軽薄そうな若いブリタニア人の男がそう声を掛けてきた。
「え? あ、あの……」
 ニーナは思わず後ずさった。相手は一人ではなかった。左右両方から挟まれるような形になり、ニーナはガタガタと震え始めた。
 そこへ少し離れたところから声がかかった。
「ニーナさん!」
 自分を呼ぶ声に、ニーナは思わず振り返った。
「よかった、見つかって。ルルーシュから頼まれて」
 そう言いながらニーナに向かって駆け寄ってきたのは秀一だった。
「都合で少し遅れるから、先に約束していた店に入って待っててくれって」
 秀一のその言葉に、ニーナを挟んで立っていた男たちは、ちっ、と舌打ちをした。
「なんだよ、約束してる相手がいるならさっさとそう言えよ」
「イレブンの癖に口挟んでくるんじゃねえよ」
 一人はニーナに、もう一人は秀一に向かって言葉を投げ捨てるようにしてその場を離れていった。元は軍に身を置いていたこともある秀一から放たれる気に押されたかのように。
「えっと、ルルーシュ君と約束なんて、して、ない、よ?」
 上目使いでそう告げるニーナに、秀一はにこっと笑い掛けた。
「うん、知ってる。ナンパされそうになってるの見掛けてさ、それで声を掛けたんだ。けど、もしかして却って悪いことしちゃった?」
 困っているように感じたからそうしたんだけど、と答える秀一に、ニーナは慌てて首を振った。
「ううん、助かった」
 二人は並んで、といっても少し間は離れていたが、一緒に学園に向かって歩き出した。
「ニーナさんて凄く頭いいんだって? 特に理系では叶わないって、ルルーシュが言ってた」
「そ、そんなこと、ないよ。ルルーシュ君の方こそ、ホントは凄いって、シャーリー言ってたし」
 どうしても声が震えてしまうのを止めることが出来ないまま、それでもニーナは懸命に返した。
 少なくとも秀一は、絡まれて困っていた自分を救ってくれた相手なのだ。自分が嫌い恐れているイレブンではあるけれど。
「ルルーシュ君と、とっても仲がいいんだね?」
「最近のことだけどね」
「最近?」
「そ。昔のあいつのことも知ってるけど、それは俺の一方的なもので、あいつは俺のことは知らなかったから。でもこの前、偶然出会って話があって、それからあいつの傍にいさせてもらってる。
 ルルーシュから聞いてるけど、ニーナさんは、そんなにイレブンが嫌い?」
「……嫌い、っていうか……正直、怖いの。……ごめんね、さっき助けてもらったばかりなのに」
「以前、いやな目にあったことがあるからって聞いてるけど、でもさ、その前にブリタニアが日本に武力侵攻してきて、日本人を大勢殺したんだよ。だから日本人は、イレブンはブリタニアを憎んでる。それって、君がイレブンに怖い目にあわされて怖がって嫌ってるのと、根本的に何処が違うのかな? 俺は生きるために名誉になったけど、本音を言えば、俺はブリタニアが憎いし、怖いよ」
 秀一の言葉に、思わずニーナは立ち止まった。その顔には明らかに戸惑いの色が見て取れる。
 自分が怖いと思っているイレブンが、ブリタニアを怖がっていると言われて。そんなこと、ニーナは考えたこともなかったから。ニーナにとってイレブンは恐怖の対象でしかなく、そのイレブンがブリタニア人を怖がっているなんて、彼女にとっては思いもしないことだったから。
「戦争前、日本とブリタニアの関係が悪化している時、俺の周りの連中は何も分からないままにルルーシュを苛めちまったけど、今思うと何であんなことをしたのかなって考えるよ。同じ人間同士、話し合えば分かりあえるはずだったのに。なんで戦争なんてものになってしまったんだろうって。まあ、ブリタニアは日本に戦争を仕掛ける前から、他国を侵略しまくってたけど。両国の関係が悪化して、ブリタニアが日本に攻め寄せて侵略したりしなければ、日本人がイレブンて呼ばれてブリタニア人から嬲られることも、卑下されることもなかったのにって、そう思う。そしたら君が日本人に嫌な思いをさせられることもなかったのにって。
 あー、でも人種に関係なく、ヤな奴もいるけどな、さっきの奴みたいに」
 日本を攻めて、大勢の日本人を殺して日本を侵略したブリタニア人。そのブリタニア人がイレブンと呼ばれるようになった日本人から恨まれるのは、実は当然のことだったのだと、今初めてニーナは理解した。現在のブリタニアの繁栄の裏では、エリアとなった地に住む大勢のナンバーズと呼ばれる人々が、そのブリタニアに苦しめられているのだと。
「……」
 自分はナンバーズを殺したブリタニア人の一人なのだと突き付けられたようで、ニーナは軽い恐慌に陥った。
 以前、自分を襲ったイレブン。そのイレブンを生み出したのは自分たちブリタニア人。どちらが悪いのだろう?
 ブリタニアがエリア政策を執らなかったら、ナンバーズは、イレブンは存在しなくて、そうしたら自分が以前イヤな、怖い思いをさせられたようなことも起きなかったのだと、そう知らされて。
 そしてルルーシュや秀一が言ったように、イレブンだって自分たちブリタニア人と同じ人間で、人間には、人種に関係なく、いい人もイヤな人もいるのだと知れて。
 ニーナは自分の中のイレブンに対する感情が、少しずつ変わっていくような気がした。そして同胞たるブリタニア人への思いもまた。

── The End




【INDEX】