続・亡命生活




 それは突然だった。
 ルルーシュは記憶を()くしたまま、かつての日本、現在は神聖ブリタニア帝国の植民地の一つ、エリア11となっている地から、ジェレミア・ゴットバルトとC.C.と名乗る一組の男女によって、開戦直前だった日本からEUへ、イギリスへと連れてこられた。ルルーシュという己の名前すら、二人から教えられたものだ。そうして記憶の戻らぬまま、幾つかの疑問はあったものの、それでも二人から自分に向けられる愛情は疑いようもなく、ルルーシュは記憶がないという事実に一抹の不安を覚えつつも、それなりに充実した年月を過ごしてきた。
 しかしそれは唐突に破られた。
 17歳の誕生日を迎えたその朝、ルルーシュは失くした記憶を持って目覚めたのだ。
 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴン、そこにある宮殿の中、離宮の一つである自分が生まれ育ったアリエス離宮、美しく優しい母、3歳年下の妹ナナリー、滅多に会うことはなかったが、それでも尊敬していた偉大な父、第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。幸せな日々だった。そう、あの日までは。
 ルルーシュと、そしてナナリーを襲った突然の悲劇。
 殺された母と、その母の腕の中で負傷し、その時のことがきっかけで瞳を閉ざしたナナリー。
 父に謁見を行い、その父から「死んでおる」と己の生を否定されて、ナナリーと共に送られた、ブリタニアが次の征服地として考えている日本へと。
 送られた先である日本でのルルーシュとナナリーに対する待遇は、名目上はともかく、実質的には確かに人質ではあったが、それを考慮しても、到底一国の皇族に対するものではなかった。
 住まいとして与えられたのはボロボロといっていい程に古びた土蔵。まだ幼いといえる年頃であるにもかかわらず、世話をしてくれる者などもなく、光と足の自由を失い身障者となったナナリーの世話はもちろんのこと、食事ですらルルーシュ自ら用意せざるを得ないような状態だった。
 そんな中で唯一の救いといえたのは、枢木スザクという友人を得たことぐらいだっただろうか。最初の出会いは最悪とも言えるものではあったが。
 買い物に出掛ければきちんと売ってもらえないことも多く、近所に住む子供たちに殴る蹴るの暴行を受けた日も多々あった。
 そんな中、ブリタニアの侵攻を目前にした日、ルルーシュだけがジェレミアとC.C.の二人に救われ、EUへと連れてこられた。そうして今に至る。
 ではナナリーは? ルルーシュがいなくなり、一人残されたナナリーは一体どうなったのだろうか。
 その朝、ルルーシュは記憶が戻ったことを二人に気付かれることなく、いつものように過ごして学校に行く振りをして、そう遠く離れてはいない図書館へと足を向けた。



 図書館についたルルーシュは、PCを数台置いてある一室に籠り、1台のPCの前に座ると即座に()ち上げてネットに接続した。
 調べたのは、ルルーシュがジェレミアとC.C.によって日本から連れ出された直後から、ブリタニアに敗戦し、征服されてエリアとなった頃までの日本── 現エリア11── のことと、現在の、特にトウキョウ租界のことだった。
 実を言えば、ルルーシュが取り戻したのは過去の失った記憶だけではない。
 敗戦後の焼け野原で「ブリタニアをぶっ壊す」と叫んだ自分、ナナリーと共に、かつて母マリアンヌの、ヴィ家の後見だったアッシュフォード家に庇護され、偽りの名の下で、アッシュフォードが建てた学園でナナリーやそこで得た友人たちと過ごした日々、スザクとの再会、C.C.との出会い、ジェレミアとの出会い、ゼロという仮面のテロリストとして()ち上がり、黒の騎士団の結成と、ブリタニアとの戦い、異母兄(あに)クロヴィスと異母妹(いもうと)ユーフェミアを手に掛けたこと、それからの様々の出来事と、そしてゼロ・レクイエムと呼ばれる計画で、ゼロとなったスザクの手にかかって果てた自分。
 現在の自分ではない自分の過去と、そして多分、未来。
 PCで調べたところ、日本に送られたブリタニアの皇族、すなわちルルーシュとナナリーは戦争の中で死亡したこととなっている。そして現在のエリア11では頻繁にテロ行為が繰り返されている。これはルルーシュの中の記憶と合致している。
 しかし大きく違うことが一つ。トウキョウ租界に、アッシュフォード学園は存在していなかった。
 それはつまり、アッシュフォードはエリア11には赴かなかったということなのか。ならばナナリーは庇護されなかったということか。
 ルルーシュというナナリーにとって唯一の存在を失った彼女は、その後どうなったのか。そこにルルーシュはナナリー生存の可能性を見いだすことは出来なかった。



 その日の夕食の時、帰宅後、部屋に一人籠っていたルルーシュから、何かを察したのだのだろうジェレミアとC.C.の二人が、彼からの言葉を待っているのをルルーシュは感じ取った。
 ルルーシュは二人に記憶を取り戻したと告げた。そしてそれだけではなく、他の記憶もあることを。
 告げられた二人は、ルルーシュが記憶を取り戻したことはさておき、彼もまた逆行した記憶をも持つことに驚いた顔をしていたが、暫時の沈黙の後、C.C.が口を開いた。
 それはナナリーのことだった。
 戦後間もない頃、C.C.は単身でエリアとなった日本に行き、かつてルルーシュたちが住んでいた枢木神社の土蔵にまで足を運んだことを。そしてそこで息絶えた── 死因は餓死と思われた── ナナリーを見つけ、葬ったのだということを。
 C.C.の告げた内容に、ルルーシュは、やはり、と思った。
 どういう伝手でか、自分がいなくなったことを知ったアッシュフォードは、おそらく日本に赴くことはしなかったのだと。だからナナリーは庇護されず、戦争の中、まだ子供のスザクにナナリーを助けるまでのことは出来ずに、ナナリーは棄てられたのだと。
 ではもう一つの記憶とも呼べるものは一体何なのかと、ルルーシュは二人に問うた。
 それにはジェレミアが答えた。自分とC.C.にも同じ記憶があるのだと。それ故に二人は日本がブリタニアと開戦する前にルルーシュを助け出し、EUに連れ出したことを。そしてその記憶の中、ルルーシュを責め、敵対し、遂には死に至らしめた存在の一人であるナナリーまでを救うこと、つまり日本からルルーシュと共に連れ出すまでのことは積極的には考えなかった。ただルルーシュを彼の地から救い出し、記憶の中にあるような死に方を選ばせずに済ませたかったのだと。
 これからどうするかは、ルルーシュの判断に任せるとC.C.は告げた。
 その言葉を受けて、ルルーシュは少し考えたいと再び部屋に閉じ籠った。
 ルルーシュがいなくなった後、たった一人残されて、誰の庇護、世話を受けることも出来ずに一人寂しく、おそらく何も分からぬままに死んでいったであろうナナリーが憐れでならなかった。
 そしてそんなナナリーに反して、記憶を失くしていたとはいえ、何も知らぬままにジェレミアとC.C.に守られて今日まで過ごしてきた自分。
 自分を守り育ててくれたジェレミアとC.C.には感謝している、ありがたいと思う。その一方で、どうしてナナリーも連れて来てくれなかったのかとも思う。例えその意思があっても物理的に難しかっただろうと思いもするが。
 これから自分は一体どうしたらいいのだろうとルルーシュは考える。自分は何をしたいのかと。
 ジェレミアもC.C.も、死ではなく、ルルーシュがルルーシュとして生き続けてくれるのを望んでいると言っていた。ならば少なくとも自分が何をしたいのか、その答えが出るまではこれまで通り、ただのルルーシュとして生きてみようかと、長い時間を掛けてルルーシュはそう考えた。
 ただ、父と母が為そうとしているという“ラグナレクの接続”とやらだけは、どうにかしなければならないだろう、とは思ったが。

── The End




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