神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが死亡した。突然の崩御に宮廷内は右往左往した。
しかしその中でもやるべきことは決まっており、それを為すべき人物は役目を果たした。
枢密院議長シュトライト伯爵を議長とした、次期皇帝を決めるための皇室会議の開催である。
「順当にいけば、皇位継承権第1位のオデュッセウス殿下が次期皇帝となられることとなりますが、異議のある方はいらっしゃいますか?」
「私は異母兄上よりもルルーシュを推すよ」
そう告げたのは第2皇子であり、帝国宰相という地位にもあり、実質上の次期皇帝候補No.1と言われていたシュナイゼルだった。
「そうだね。私はこの大国ブリタニアの皇帝となるような器ではない。シュナイゼルがルルーシュを推すというなら、私も賛成するよ」
「妾もじゃ。ルルーシュなら父上の時とは違うブリタニアを築いていけるであろう」
第2皇子の推薦に続いて、第1皇子が賛成し、さらには第1皇女のギネヴィアまでもが第11皇子であるルルーシュを推すという事態に、彼らより下位の皇位継承権者は言葉が出なかった。ルルーシュを推す三人に対するには、自分たちの力が如何に足りないか、十分に理解していたからだ。
しかし思わぬ所から横やりが入った。ルルーシュの実の妹のナナリーである。
「反対です! お兄さまには皇帝になる資格などありません!」
「何をもってそんなことを言うのかな、ナナリー。私はルルーシュの力量と彼の考えを考慮に入れて、ルルーシュを次期皇帝にと推したのだけれど」
「決まっています! お父さまを弑したお兄さまに皇帝の座に就く権利などありません!」
ナナリーの言葉に会議場内はざわめいた。
「おかしなことを言う。父上の死は急性心不全と奥医師の診断も出ておるに、何処をどうしたらルルーシュが父上を弑したなどという戯言が出てくるのじゃ?」
実の妹が兄を貶めようとするなどと如何なる了見かと、ギネヴィアは眉を寄せながらナナリーに問い掛けた。
「戯言なんかじゃありません。私には記憶があるんです! お兄さまはお父さまを弑して皇位を簒奪し、世界を征服しようとした“悪逆皇帝”です。そんなお兄さまに……」
「記憶があるとはどういうことなのかな? それに“悪逆皇帝”? ルルーシュはまだ皇帝にもなっていないのによくそんな言葉が出てくるね。しかも君はルルーシュの実の妹なのに」
シュナイゼルはナナリーの言葉を途中で遮った。
「それは……。で、でも私は嘘なんか言ってません! お兄さまはゼロというテロリストで黒の騎士団というテロリストグループを創り上げて、その上、ギアスという力を使って人の意思を捻じ曲げて操ってたんです!」
「ゼロというのは、確かにエリア11でクロヴィスを殺したのは自分だと名乗り出た人物だったが、その後は一切出てきていないし、黒の騎士団なんていう組織も聞いたことはない。君は記憶というが、夢でも見ていたんじゃないのか? それを現実と混同するなんて馬鹿な話だ」
エリア11はルルーシュとナナリーがかつて送られた日本であり、無事に見つかった地でもある。故にシュナイゼルはルルーシュたちが見つかった当時のことはよく覚えていた。それ故の発言である。
「そなたは実の兄に無実の罪を着せて一体どうしたいのじゃ? 父上ご存命の折りに出ていた自分の貴族への降嫁を取り下げさせたいのかえ? それ程に皇族の立場に固執するのかえ?」
「ち、違います! 私はただ本当のことを……!」
「だからそれは君の見た夢なのだろう? 実際、ゼロというテロリストは一度しか現れていないし、黒の騎士団とやらも存在しない。夢と現実を混同して、あまつさえ実の兄を父上を弑した犯人だと言うなんて君の神経を疑わざるを得ないよ」
上位皇位継承者から次々と投げられる言葉に、ナナリーはもう何を言っていいのか分からなくなっていた。
ナナリーの発言に、最初は、なら自分にもチャンスが、と思った皇族たちも、シュナイゼルをはじめとする三人から次々に発せられる言葉に、そしてナナリーの具にもつかない話に、己らの皇位継承を諦めた。
「ルルーシュ、そなたはどうじゃ? この愚かな妹の発言に対して、なんぞ言うことはないのかえ?」
「……本国に戻ってからこちら、ナナリーは自分には記憶がある、の一点張りでしたから、いまさらのことです。ですが、私が父上を弑したとまで言われるとは思ってもみませんでした」
「そうじゃの。そなたにはいい迷惑じゃの」
ナナリーはルルーシュの発言に絶望した。兄は自分の発言をこれっぽっちも信用してくれていなかったのだと知れて。自分がその兄を父弑しの犯人だと名指ししたことも忘れ、言葉を失った。
「それでは、次期皇帝には第11皇子ルルーシュ殿下ということで、他にご意見はありませんか?」
それまで黙って皇族たちの遣り取りを見聞していたシュトライトが発言した。
シュトライトが一同を見渡すが、反する意見は無かった。
「それではルルーシュ殿下を次期皇帝陛下として、マスコミを通して、公式発表するよう手配いたします」
「待ちゃれ」
「何でしょう、ギネヴィア皇女殿下?」
「ナナリーのことじゃ。このような場で、ありもしないことを放言するような皇女をこのまま放っておくことは許されぬ。皇室の、皇族たる者の品位にも関わる。なんぞ処罰を考えるべきであろう?」
「お、お異母姉さま……」
「その内容は枢密院に任せていいんじゃないかな。元々枢密院は皇帝の諮問機関としての役割の他に、そのためにあるんだし」
「そうですね、ここであれこれ言い合っても時間の無駄でしょう。シュトライト議長、貴方に一任したく思いますが」
ギネヴィアの発言から始まる一連の発言に、ナナリーは顔色を変えた。
「皆さまがよろしければそのように」
反対の声は上がらなかった。
「それでは先程も述べましたように次期皇帝にはルルーシュ殿下を。そしてナナリー皇女殿下に対してはこれまでの慣例から枢密院において討議の上、結論を下したく思います」
「ああ、それでいいだろう」
シュナイゼルのその一言を最後に、会議は散会となった。
次々と皇族たちが退席していく中、ナナリー一人が取り残された。兄のルルーシュすらも既にナナリーを顧みることはなかった。自分を父を殺害した犯人だなどという夢想を本気になって告げるナナリーを、それでなくても戻りたいと思っていなかった皇室に連れ戻したのがナナリーだったということ、また皇室に戻ってからのナナリーの皇族としての何の努力も払わない態度もあり、既に見放していた。結局のところ、ナナリーには兄のルルーシュではなくても、自分の世話をしてくれる存在がいればいいだけなのだと思って。
やがてシャルルの国葬が行われ、翌日にはルルーシュの戴冠式が執り行われた。
一方、ナナリーは枢密院の協議の結果、皇籍奉還、というよりも、剥奪が決定され、ほんの僅かな一時金を持ってペンドラゴンの中にある障害児収容施設に入った。後見だったアッシュフォード家をはじめとして、兄であるルルーシュはもちろん、ナナリーを保護しようとする者はいなかったため、他にナナリーがとれる手段はなかったのだ。
「で、あれはその後どうしているのじゃ?」
ギネヴィアの離宮での茶会において、話題になったのは皇室を追い出されたナナリーのその後のことである。
「施設に入ったはいいものの、世話をされるのが当然という在り様で、他の入所者や職員から顰蹙を買っているそうですよ」
「私があの子を甘やかしすぎた結果ですね」
シュナイゼルの言葉に、ルルーシュは深い溜息を吐きながらそう応えた。
「何もそなたの責任ではなかろう。夢と現実を混同し、公の場で実の兄であるそなたを父上を弑した殺害犯などという愚かな娘じゃ」
「そうね。それに世話をされるのが当然と思っているなんて、他の障害を持っていても自分でも何かをしようと努力をしている身体障害者から見たら、自分たちまで同じように見られるっていい迷惑なんじゃないかしら」
カリーヌの発言にオデュッセウスは頷いた。
「そうだね。父上の時代は弱肉強食が国是で、身体障害者は弱者でしかなかったけれど、これからのルルーシュの時代、そうした者たちにも努力次第でなんとかなるのだと、手を差し伸べることにもなるのだから、そんな中で何の努力も払おうとしないのは感心出来ないね」
「そうよね、お異母兄さま。結局、ナナリーは自分が皇女だっていうことに甘えていただけなのよ。そしてその身分を失った今でも現実を認識しないままでいる。とてもルルーシュお異母兄さまの妹とは思えないわ」
カリーヌの言葉に、ルルーシュは苦笑を禁じ得ない。
八年前の母マリアンヌの死からこちら、人質として日本に送られ、戦後はブリタニア皇室に見つからぬようにアッシュフォードに匿われて息を顰めて生きてきたというのに、今ではそんな自分がこのブリタニアの皇帝だ。そして進んで皇室に戻ることを望んだナナリーは、己の失言と失態により皇室を追い出され市井に生きることとなった。
同じ母を持つ兄妹でありながら何という差であることか、と兄として、ナナリーが現実を認め、たとえ身体障害を負っていても一人の人間としてその人生を送ってくれることを願うのみだ。
── The End
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