宣言の果て




「私は神聖ブリタニア帝国エリア11副総督ユーフェミアです。
 今日は私から皆さまにお伝えしたいことがあります。
 私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、フジサン周辺に“行政特区日本”を設立することを宣言いたします」
 その宣言はエリア11の中心、トウキョウ租界にある私立アッシュフォード学園の学園祭において唐突に行われた。
 それに慌てふためいたのは、何の相談も受けていなかった、実姉であり、上司でもある総督のコーネリアだけではない。遠く離れた本国のペンドラゴンの宮殿の中にある、リブラ離宮でも驚愕を持って受け止められた。
 仮にもブリタニアの皇女が、それもエリアの副総督が、皇帝の唱える弱肉強食の国是に真っ向から反対する政策を宣言したのだ、当然の反応だろう。



『コーネリア、此度(こたび)のことは一体どういうことじゃ!?』
「それが、ユフィは私にも一切何の相談もなく、私自身も驚いているところです」
 母皇妃アダレイドからの通信に、コーネリアはそう答えるしかなかった。
『そなたの監督責任ですよ! 上司としても、姉としても』
「それは承知しております」
『それで、そなたはこれからどうするつもりじゃ? まさか認めたりはせぬであろうな!』
「しかし一度マスコミを通して世間に流れてしまった以上、認めぬわけには……」
『何を馬鹿なことを申しておる! 上司たる総督であるそなたが認めぬと言えばそれで済むことじゃ!』
「ですがそれではユフィが……」
 妹の身を思い言葉を濁すコーネリアに、アダレイドが怒りを見せた。
『ユーフェミアのしたことは国是に反することじゃ! それをどうして認められようか! そのようなことをすれば、ユーフェミアのみならず、そなたも、このリ家も、いいや、そればかりではない、親族や後見貴族たちをも巻き込んでの大惨事を招くは必定!
 元をただせばそなたがユーフェミアを甘やかしすぎたツケじゃ。そなたが責任を取りや』
「母上、それではユフィはどうなります!?」
『国に逆らった者のことなぞ知らぬ! そのような者はこのリ家には不要じゃ』
「母上、ユフィも母上のお子ではありませんか。それをこのようなことで」
『このようなこと、じゃと? 国是に、皇帝陛下に逆らうことが「このようなこと」で済むと思うてか! それでのうてもナンバーズ上がりの名誉を騎士と任命したことで多くの非難をあびておるというに!
 全ては総督であり姉であるそなたの責任じゃ。それをよくよく考えて行動しやれ!』
「母上!」
 言いたいことだけを言って、アダレイドは通信を切ってしまった。後に残されたコーネリアは途方に暮れるしかない。
 一体何故ユーフェミアは自分に一切の相談もなく、国是に反した特区などという馬鹿げたものを考えたりしたのか。
 国是に従うのを当然と考えてきたコーネリアには、ユーフェミアの考えは、彼女の考えのおよぶところではなかった。
 しかしいたずらに時を費やせばそれだけ傷は深くなる。その前に何とかしなければ、とコーネリアはアダレイドの言葉を思い返しながら頭を悩ませた。



 エリア11政庁の総督執務室で、コーネリアは己の騎士であり、また参謀役でもあるギルフォード、そしてユーフェミアに教育係りとしてつけたダールトンを交えて話をしていた。もちろん議題はユーフェミアがアッシュフォード学園で宣言した“行政特区日本”の取り扱いについてである。
「母上、アダレイド皇妃は何としても特区を認めぬと言われた。そしてことは単にユフィだけではなく、リ家はもちろん、親族や後見貴族たちをも巻き込むことだと」
「確かにそれは皇妃殿下の仰られる通りでしょう。このままユーフェミア皇女殿下の特区宣言を認めてしまえば、ここぞとばかりに他の皇族方、その後見貴族たちが国是に逆らったとして姫様方を追い落とそうと動くことは必定」
「ダールトン、ユフィはおまえにも何も相談してこなかったのか」
「はい、姫様。私も何一つ聞いておりませんでした。ただ、神根島より戻られてから何やら考え込まれていることが多いようにはお見受けいたしましたが、それがこのようなこととは……」
 ダールトンが汗を拭きながらコーネリアに答えた。
「それでなくとも母上が仰られたようにナンバーズ上がりの名誉を選任騎士に任命したことでユフィに対する評価は落ちているというのに」
 そう言って、コーネリアは文字通り頭を抱えた。
「騎士を任命するのは皇族の権利と枢木を騎士とすることを認めたのがそもそもの始まりか。考えてみればあの時も、誰に何の相談もなくマスコミを通してのいきなりの発表だった」
 ユーフェミアが枢木スザクを選任騎士に任命した時のことを思い返して、あれが間違いの元だったといまさらながらにコーネリアは思った。
 ユーフェミアの天真爛漫さは、姉として見るならば微笑ましく愛おしいものだ。しかし人の上に立つ為政者としてはどうかといえば、自然と厳しいものにならざるを得ない。ましてやユーフェミアの方法は、正攻法ではなく、マスコミを通して、自分の考えた、自分だけの政策を突然発表するというもので、政策立案に関与する官僚たちからすれば、自分たちの存在を無視されたとしてよい感情は持たれない。
 しかも今回は騎士の任命という、公とはいえあくまでユーフェミアの個人的なこととは異なる。
 一エリアの政策方針に関することであり、それを誰にも、特に直接の上司である総督たる自分に相談することなく、諮ることなく、いきなりマスコミに発表するなどあってはならないことだ。そして内容が内容であるだけに、このエリア11のみのことでは済まされまい。
 もしこのエリア11でそれが認められれば、他のエリアでも、ということになってくるのは目に見えている。それぞれのエリアの総督が認めずとも、そのエリアに住むナンバーズたちは、エリア11で認められたものが何故自分たちには認められないのかと、暴動の元にもなりかねない。
 そしてまた、ユーフェミアの唱えた特区が極一部の限られたものである以上、そこに入れた者と入れなかった者との間に軋轢も生じる。そして一つのエリアに四つの人種が暮らすこととなる。入植してきたブリタニア人、名誉ブリタニア人となった者、特区に入り元の名── 日本人── を取り戻した者、そして特区に入れず相変わらずナンバーズ── イレブン── として扱われる者。また、特区に入ったブリタニア人たちの特権がなくなる。進んでそのような特区に入ろうとする者はいないだろうが、運営上のことを考えればブリタニア人が一人も入らないということは避けられない。少なくとも管理運営に必要なブリタニア人は好むと好まざるとにかかわらず特区に入り、弱者であるナンバーズと同じ扱いを受けることになるのだ。そのようなことをブリタニア人が認め、そして受け入れるだろうか。
 どう考えてもユーフェミアの宣言した特区を認めることはエリアの総督としては出来なかった。
 そこにはリ家を守るということもある。今回のことを認めれば、他の皇族たちが国是に反したことを行ったとして、間違いなく追い落としを狙ってくるだろう。アダレイドが言っていたのはそういうことだ。アダレイドにとってはリ家を、親族を守ることもまた、皇妃として課せられたことなのだ。
 その後も三人はユーフェミアの特区宣言について、如何に対処すべきか話し合いを続けた。半ば答えは出ていたのだが、問題はそれをどうやって行うか、そしてまた今回の騒動を引き起こしたユーフェミアに対してどのように対処すべきかだった。



 宣言から数日後、総督府から正式な発表が行われた。
 それはアッシュフォード学園で行われたエリア11副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアの行った特区宣言は、一切会議に諮られておらず、総督が認めたものでもなく、従って無効であること。また、ユーフェミアの副総督解任、およびそれに伴う本国への帰国も含まれていた。



「どうしてです、お姉さま! ブリタニア人もナンバーズも同じ人間です。同じ人間同士が何故差別されなければならないんですか!? それを止めるために、そのきっかけのために考え出した私の特区をどうして認めてくださらないんです?」
「決まっている、そなたの唱える特区とやらが国是に反したものだからだ。加えて、そなたは誰にもこの件に関して相談もしていなければ必要な手続きも何一つとっていない。そのような政策を認める訳にはいかん」
「お姉さま!」
「それに、私には、そして母上にはリ家を守るという役目もある。そなたの特区をごり押ししても待っているのは国是に反したことを行ったとして、他の皇族たちから追い落としを掛けられるだけだ。そのようなことは断じて認められん。
 そなたは私がそなたにつけた教育係りのダールトンにも何も相談しなかった。人の上に立つ者として必要な事柄を身に付けさせるためにダールトンをつけたにもかかわらず、そなたはただそなたのやりたいことをやろうとするだけで、必要なことを何も身に付けようとしなかった。それの何処が副総督か! 人の上に立つということの意味を、自分が皇族、公の存在であるということをもっと考えて行動しろ。今のままではそなたの行いはただの我儘に過ぎぬ」
「言い過ぎです、我儘だなんて! 私はただ差別を()くしたいだけなのに!」
「それがそもそも国是に反していると言っているのが分からんのか! どうしてもそれがやりたいというなら、そなたはもっと努力し研鑽をつみ、弱肉強食を国是とするブリタニアを変えることだ。つまり、そなたが次の皇帝となり、国是を変えるということだ。そうでなければそなたの意思は今のブリタニアでは通じぬ。それだけの覚悟があってのことか!?」
「そ、それは……」
 ユーフェミアはコーネリアの言葉にたじろいだ。そこまでの覚悟が必要だなんて考えなかった。自分は皇族で、このエリアの副総督で、言葉にして発すれば叶うものだと、ユーフェミアはそう簡単に考えていたのだ。そこには異母兄(あに)であり帝国宰相である第2皇子シュナイゼルに相談した際の「いい案だ」と言われたことも起因はしていた。
「でも、シュナイゼルお異母兄(にい)さまは「いい案だ」って仰ってくださいました!」
「シュナイゼル異母兄上(あにうえ)が?」
 コーネリアは眉を寄せた。
「大方、そなたが国是に逆らった方針を示したことをもって私を、そしてリ家を追い落とそうとしてのことだろうよ。我がリ家と異母兄上のエル家とは政敵になるのだからな」
「そんなこと、お異母兄さまに限って……」
「そなたは考えが甘すぎる! 元をただせば母上から指摘された通り、私がそなたを甘やかし、皇室の闇を見せずに過ごさせてしまったことが原因だ。そなたばかりを責めるのは酷かもしれない。だが今回のことがいいきっかけになるだろう。とはいえ、副総督としてあることを失格した落伍者としての烙印が付いてしまったそなたには、今後の皇室は居辛い場所になるだろうがな」
「……お姉さま……」
 今までこれ程までに姉にきつく当たられたことがなかっただけに、ユーフェミアの受けた衝撃は大きい。
 しかしコーネリアはリ家を、そして落伍者となったとはいえ愛しい妹であることに変わりはないユーフェミアを守るためにも、強くあらねばならなかった。たとえ妹との仲が不仲になったとしても、それがユーフェミアを守ることに繋がるのだから。



 そうしてユーフェミアの唱えた特区は幻となり、イレブンに失望だけを与え、ブリタニア人には安堵を齎した。
 本国でユーフェミアの帰国を待っているアダレイドが、彼女に対してどのような態度を取るのか、コーネリアにはそれだけが気がかりだったが、それは私的なことであり、今は総督として一日も早くエリア11の治安を図ることが彼女に与えられた役目だった。

── The End




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