「迎えに来たよ、ルルーシュ」
アッシュフォード学園高等部の生徒会室、その扉の処に立って、生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージにそう声を掛けたのは、誰あろう、神聖ブリタニア帝国の第2皇子であり宰相を務める帝国のNo.2たるシュナイゼル・エル・ブリタニアだった。
シュナイゼルの言葉に、その場にいた者は一斉にルルーシュを振り返った。唯一の例外は生徒会長のミレイ・アッシュフォードであり、彼女は顔色を蒼褪めさせていた。そしてそれはシュナイゼルに名を呼ばれた本人であるルルーシュも同様である。
副官のカノンと共に生徒会室の中に足を踏み入れ、ルルーシュに近付いたシュナイゼルは、彼の手を取って立ち上がらせると愛おしそうに抱き締めた。
「こうして君の温もりを感じられることが、これ程嬉しいことだとは思わなかった」
「シュ、シュナイゼル殿下、彼は……」
呼び掛けられた声に、シュナイゼルはルルーシュを抱き寄せたまま顔だけをそちらに向けた。シュナイゼルを呼んだのはミレイである。
「ミレイ・アッシュフォード嬢だね?」
知っていながら、シュナイゼルは確認するように名を尋ねた。
「はい、殿下」
「今までアッシュフォードがルルーシュたちを匿ってくれていたのだね、礼を言うよ。お陰でこうして再びルルーシュの手を取ることが出来た」
ルルーシュよりも幾分薄めの紫の瞳を細めながら、微笑みを浮かべてシュナイゼルはミレイに告げた。
「……」
一方、シュナイゼルに抱き締められたままのルルーシュは顔色を変えたまま、言葉が出なかった。ただこの箱庭での生活は終わりを告げたのだと、そうと知って、唇を噛みしめ瞳を閉じた。
そんなルルーシュの様子に気付いたのか、シュナイゼルはその抱擁を解くと、ルルーシュを安心させるかのように言葉を掛けた。
「ルルーシュ、君はもう何も心配することはない。君の母上であるマリアンヌ皇妃を殺害した犯人は私が処分したし、父上にしても、ブリタニアの政は既に私の手にある以上、何もお出来にはならない。そして私が君の後見に就く。そうすれば誰も君に手出しなど出来ないし、させはしないから」
「……異母兄上……」
力なくシュナイゼルを呼ぶその声に、ルルーシュが実は皇族だったのだと知ったミレイを除く生徒会のメンバーは驚いた。そしてシャーリーは己のルルーシュに対する恋にも似た感情が終わったのを知った。
「ミレイ嬢」
「は、はい、殿下」
「これからもナナリーのことを頼んでもいいかい?」
「「えっ?」」
ルルーシュとミレイは、ほぼ同時に疑問を声に出していた。
「異母兄上、どうして……」
「ナナリーは弱い。おまえはあの子と離れたくはないだろうけれど、あの子はあの皇室で生きていける程強くはない。君にとっては負担にしかならない」
「そんなことは……」
ない、とルルーシュは言いたかったが、シュナイゼルの言うことは確かだ。目と足が不自由なナナリーが、あの皇室の中で生きていくのはどうしたって無理がある。どれ程に自分が守ろうとも。そしてシュナイゼルがそう言うということは、シュナイゼルにはルルーシュを守るつもりはあっても、ナナリーまでをも守るつもりはないということだとルルーシュは理解してしまった。
「殿下がそう仰られるのであれば、ご命令のままに」
そしてミレイは、シュナイゼルの言葉にただ頷くしか出来ない。寧ろ今までルルーシュとナナリーの存在を隠していたことを咎められぬだけ、アッシュフォードにとっては良いことなのだろう。ルルーシュとナナリー、二人の気持ちを別にすればの話ではあるが。
その日、政庁近くのホテルにルルーシュと共に宿泊したシュナイゼルは、この地の総督であるクロヴィスに連絡を入れた。
「通信越しですまないね、同じエリアに来ていながら」
『いいえ、そのようなことは』
第3皇子でありこのエリア11の総督という地位にあるとはいえ、流石に帝国宰相たる異母兄のシュナイゼルには頭の上がらないクロヴィスである。
「君の研究している少女のことだけどね」
『はっ!?』
「悪いことは言わないから解放しなさい。君がどうこう出来るような存在ではない。無駄なことだから」
何故シュナイゼルがそのことを知っているのかと疑問に思いながら、クロヴィスはシュナイゼルの言葉に逆らってまで己の研究を続けることの是非を考えた。
暫し考え込んで出た答えは、手を引いたほうが良いという結論だった。現在のブリタニアではシュナイゼルに逆らってよいことは何もないのだから。
シュナイゼルはもしかしたら解放されたC.C.はルルーシュに接触して来るかもしれない、とは考えた。だがそれはそれでいい。要はルルーシュが害されなければ良いのだ。ルルーシュを裏切り、死に至らしめた黒の騎士団の母体となった扇グループについても、シュナイゼルはカノンを通してクロヴィスに情報を流し、殲滅するための機会を与え、クロヴィスはシュナイゼルのその課題に応えた。
一方その頃、アッシュフォード学園の大学部に間借りしている特派では、ブリタニア人からめぼしい人材を得ることが出来ず、名誉ブリタニア人からも特派の開発した第7世代KMFランスロットのデヴァイサー、ロイド曰くのパーツを探していた。
そうして彼らが探し出したのは、かつてルルーシュとナナリーが預けられていた先である、日本最後の首相枢木ゲンブの嫡子であり名誉ブリタニア人となっていた枢木スザクであった。そのことに関しては、シュナイゼルは既にロイドからの報告が上がる前に承知していることだった。
エリア11にゼロは、黒の騎士団は現れない。ゼロとなったルルーシュは既に己の手元におり、黒の騎士団の母体となった扇グループというテロ組織は既にクロヴィスが殲滅している。つまりランスロットの出番はないのだ。とはいえ、研究や開発を進めることには意義がある。よって、シュナイゼルは名誉であるスザクには何ら遠慮することなく、彼を使って様々な実験を行い、ランスロットを完成させることと、さらには次の世代の開発を命じた。もちろんKMFだけではなく、それをより効果的に運用出来るような浮遊艦の開発も合わせて命じたのだった。
そうしてエリア11で為すべきことを為し終えたシュナイゼルは、ルルーシュを伴ってブリタニア本国に戻り、帝都ペンドラゴンにある宮殿の中、最も広い面積を持つ大広間、玉座の間で、父シャルルに対して第11皇子ルルーシュを見つけ出して保護したことと、これ以降、自分が彼の後見となる旨を皆の前で公言した。
驚いたのはシャルルだけではない。他の皇族や貴族たちも同様である。単に見つけ出したというだけならそれ程の驚きを持たれることはなかっただろうが、シュナイゼルが庶民出の母をもつ皇子の後見をするというのである、驚くなという方が無理だ。
「以後、ルルーシュに対する暴言は私に対する暴言とみなす」
玉座の間で、己の隣に立たせたルルーシュの肩を抱き寄せてそう宣言するシュナイゼルに、他の者たちは首肯するしかなかった。誰しもシュナイゼルに逆らうだけの力を持たなかったが故に。 そうしてシャルルは、それから数日後、シュナイゼルから彼がシャルルの双子の兄であり、ギアス嚮団の嚮主であるV.V.を既に押さえていることを知らされ、己がその兄と共に描いていた夢が、望みが脆くも崩れ去ったのを知った。それをきっかけに一気に気力を失ったシャルルは、第1皇子であり、皇位継承権第1位であるオデュッセウスに帝位を譲った。
皇帝オデュッセウスの元、シュナイゼルは変わらず帝国宰相として辣腕を振るい、その傍らには以後常に、シュナイゼルが他の誰よりも慈しむルルーシュの姿が見られるようになった。
── The End
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