「面会だ、出なさい」
看守がそう言ってカレンの独房の扉を開けたのは、彼女が戦犯としてこの軍事刑務所に収監されてから五年後にして初めてのことだった。それまでカレンのことを訪ねて来た者は一人もいなかった。
「面会?」
「そうだ。出なさい」
再度看守に促されて、カレンは一体誰だろうと疑いながら、独房を出た。
看守の後を黙って付いていく。行先は今まで一度として訪れたことのない面会室。
母親はまだリフレインの中毒でエリア11で治療刑務所に入所中のはずで、おそらく娘である自分がブリタニアの軍事刑務所に入っているなんて、思っても、考えてもいないはず。だとしたら既に刑期を終えて出所した元団員の誰かだろうか。といっても誰の顔も浮かんではこないのだが。
そんなことを思いながら、カレンは面会室の扉を潜った。
面会室のガラスに仕切られた向こう、そこにいたのは、面差しは多少変わっていて、少女から、少年から、確実に大人になっていたが懐かしい顔ぶれの二人だった。
アッシュフォード学園に通っていた頃、生徒会で一緒だった会長のミレイ・アッシュフォードと、役員の一人だったリヴァル・カルデモンド。
「会長! リヴァル!」
カレンは思わず二人を呼んで面会用に設けられている椅子に腰を降ろして二人と向かいあった。部屋の片隅には看守が一人立ったまま様子を観ているのだが、そのことは今のカレンの頭にはなかった。
「よお、カレン」
「久し振りね、カレン」
二人共、以前と変わらないようにカレンに声を掛けてきた。
「よく来れましたね、二人とも身内でもないのに」
家族や親族でもない限り、全くとは言わないが、それ以外の赤の他人が簡単に面会に訪れることが出来るような場所ではない。
「まあ、そこは色々とコネがあってね」
ミレイが言ったコネとは、他ならぬ皇帝であるルルーシュのことなのだが、カレンはそんなことは知る由もなく、また思いもよらず、ただ、アッシュフォード家の関係か、それともミレイの仕事上の関係のことだろうと思った。
「少し痩せたか?」
収監されたばかりの頃に比べれば、カレンは明らかに痩せていた。頬も少しこけている。
「何もやることないしね。朝起きて、点呼を取られて、朝食を摂って、少し表に出て陽を浴びて体操したりして、昼食を摂って、午後も同じような感じで、早めの夕食を摂って、後は寝るだけ。入浴は一日おきだし。何をやることもなく、毎日それだけの生活を送っていれば、痩せもするわ」
「外からの情報が入ってくるってこと、ないの?」
カレンは力なく首を横に振った。
「夕食前に自由時間があって、集会室でTVを見たり、図書室で本を読んだりすることは出来るけど、たまに本を読むくらいで、TVは観てないから」
「じゃあ、外がどんなふうになっているか、全く知らないのか?」
「知ったって、終身刑で出られない身じゃ関係ないもの。それに、どうせ世界はルルーシュの支配下にあるんでしょ?」
半ば投げ遣りのようにカレンは答えた。その様子にミレイとリヴァルは顔を見合わせた。
「カレンのルルーシュに対する認識、フジ決戦の頃から、いや、その前からか、全く変わってないんだな」
溜息混じりにリヴァルが呟くように告げた。
「どういうこと?」
「確かに世界の3分の1はまだブリタニアだけど、エリアはもうナンバーで呼ばれることもなく、元の国名を取り戻してるわ。例えばエリア11はエリア日本州、とかね」
「それぞれのエリアが独立に向けて復興されてる」
「いずれは全てのエリアが独立出来るように、ルルーシュはそういう政策を執っているわ」
「まさか! あのルルーシュがそんなことするはずないわ。彼は世界を牛耳ろうとしていたのよ」
カレンのそのルルーシュを否定する言葉に、二人とも眉を寄せ、ミレイはあからさまな溜息を吐いた。
「貴方、本当にルルちゃんのことを何も理解していなかったのね。生徒会で一緒だった貴方だったらもう少しルルちゃんのことを理解してるって思ってたのは、私たちの勘違いだったのね」
「騙されてるのは会長たちです。ルルーシュはギアスという異能の力で世界を我が物にしようとしていたんですから。いえ、今もきっと……」
「カレン!」 いささか大きな声で名を呼んで、リヴァルはカレンの言葉を遮った。
「どうしてルルーシュの奴を信用出来なかったんだよ! あいつは世界のために、世界をフレイヤという恐怖から救うために戦ってたんだぞ。そのためのフジ決戦だったんだ。そもそもあのフジ決戦は、第99代皇帝の座を巡るブリタニアのいわば内戦だった。それに何故か黒の騎士団は、といっても主に日本人を主体とした一部だけだったけど参戦した。どうしてだ? ルルーシュがゼロだったから信じられなかったのか? いいや、ゼロであったことを知っていたなら、寧ろルルーシュの側に立っていたはずだよな。あいつがゼロをやっていた頃、どんな思いでブリタニアと対立していたか、本当に気付いていなかったのか?」
「リヴァル、あんた、ルルーシュがゼロだって知って……?」
「ああ、知ってる。ルルーシュは全部俺たちに話してくれた。その上で、今日の面会を取り計らってくれたのもルルーシュだ」
「そ、そんなはずないわ。だってルルーシュは……」
「だから、たとえ終身刑で外に出ることはないから関係ないなんて言ってないで、TVをご覧なさいよ。そして今、世界がどんなふうになっているか知ることだわ。そうすればルルーシュに対する見方だって変わってくるはずよ」
「超合集国連合はもうないけど、それを基盤に、ブリタニアはもちろん、EUや、連合に加盟していなかった国々も含めて全世界的な規模での話し合いの場が作られてる。民族間や宗教問題、それ以外の問題でも色々と紛争や小競り合いなんかはまだ残ってるけど、でも少なくとも以前のような戦争はなくなってる。それも全てルルーシュのお蔭だ。ルルーシュが中心になって世界を纏めてる」
「嘘よ! ルルーシュは自分一人が世界の覇者になって、世界を支配するつもりでいるのよ!」
「どうしてそこまでルルーシュを信じられないんだよ! おまえは以前はゼロだったルルーシュの親衛隊長だったんだろう!? それに学園では同じ生徒会の仲間としてのあいつを見てたはずだ。なのにどうして信じてやれないんだよ!」
「カレン、もっと世界に、現実に目を向けなさい。終身刑だから関係ないなんて言ってないで。学園にいた頃のルルちゃんは確かにルルーシュ・ランペルージっていう嘘を、仮面を被っていたけど、本質は変わっていなかったのよ」
「そろそろ時間です」
ふいに、面会室の片隅に立っていた看守から声がかかった。
「もう一度ルルーシュのことをよく考えてくれよな、あいつはおまえが思い込んでるような奴じゃない」
「現実を見て認識を改めなさい。今のままでは貴方は何も変わらないわ」
最後に二人はそう告げて面会室を出ていった。
「嘘よ、ルルーシュは……」
そう呟くカレンの顔は歪んでいた。
ルルーシュを信じたい思いが全くないわけではない。だがルルーシュに冷たく突き放された時のことを思い出せば、自然と、ルルーシュは扇たちが告げていたように自分たちをただの駒として見ていただけで、世界を自分の意のままに操ることを望んでいたのだとしか思えない自分もいて、どちらが正しいのか分からなくなる。そして答えの出せぬまま、カレンは現実を知ることを拒否した日々を送っている。
そして今日もまた、ミレイとリヴァルの面会を受け、話を聞いてもなお、カレンは現実から目を背けることしか出来ない。現実を見れば自分がルルーシュを裏切ったことを受け入れなければならないから。
── The End
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